23話 気になる話
昼下がり。
午前の作業を終えて、北大路さんとあぜ道に腰を下ろしていた。
風が抜けていく。
遠くでカエルの声が重なる。
「今日はだいぶ進んだな」
「ですね」
水の張られた田んぼを眺める。
等間隔に並んだ苗が、風に揺れていた。
そのとき、軽トラの音が近づいてきた。
「おー、やってますね」
顔を上げると、以前ハウスに来ていた農協の職員だった。
「お疲れ様です」
「どうも」
軽く挨拶を交わす。
職員は田んぼを一通り見て、頷いた。
「今年はいい感じですね」
「まぁな」
北大路さんは短く答える。
「苗の揃いもいいですし、水の張りも安定してる」
「そりゃどうも」
いつも通りのやり取り。
何気ない会話のはずだった。
だが......
職員の視線が、ふとこちらに向く。
「この前、ハウスにいた方ですよね」
確認するような口調。
「ああ、そうだ」
北大路さんが答える。
「あれからずっと手伝ってもらってるんですか?」
続けてくる。
軽い調子だが、わずかに間があった。
「ああ、まあな」
「そうですか」
それだけ言って、職員は小さく頷いた。
だが視線は、一瞬だけこちらに残る。
測るような、そんな目だった。
ほんの少しの沈黙。
風の音だけが通り抜ける。
「まぁ、頑張ってください」
軽く言って、職員は踵を返した。
軽トラに乗り込み、エンジンをかける。
そのまま、ゆっくりと去っていった。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「なんだあいつ」
北大路さんがぽつりと呟く。
「さあ……」
曖昧に返す。
ただの世間話。
そう言ってしまえば、それまでだ。
だが。
(なんか、引っかかるな)
胸の奥に、わずかな違和感が残る。
あの視線。
あの間。
何かを測るような、そんな空気だった。
「気にしすぎだろ」
北大路さんは気にした様子もなく立ち上がる。
「午後もやるぞ」
「はい」
立ち上がり、田んぼに戻る。
泥の感触。
水の冷たさ。
さっきと何も変わらない。
それなのに......
さっきまでの穏やかさが、少しだけ遠く感じた。
作業を続けながら、ふとあぜ道の方を見る。
もう誰もいない。
ただ風が、草を揺らしているだけだった。
その向こう側で、
何かが、静かに動き始めていることに。
まだ気づいていなかった。




