スグルの目的
「凛斗、凛斗、起きてっ」
すごい勢いで体を揺さぶられ、衝撃に目を見開く。
ああ、もう朝なのか。
窓からはまばゆい光が差し込んでいて、確かに朝になっているようだった。
「どうした、どうしたんだよスグル」
「どうしたも何もないよ。昨日言ったでしょ、行きたい場所があるって。そこに一緒に行ってくれないと!」
まるで前々から決まっていた約束のように言われたが、俺は昨日寝る寸前にぼそっと聞かされただけだ。
「わかった、わかったけどどこに行くんだ?」
「ベーグル屋さんだよ。ボクは朝、そこのベーグルを食べるって決めてるんだ」
「ええっ、今から店まで行くのか? 高校に間に合うのかよ」
「間に合うかは分からない、間に合わせるのさ!」
「自信満々に危ういことを言うな!」
やけに自信のあるようすで告げてくるスグルは、昨日とは違ってまたサブカル風なファッションに身を包んでいる。
これで学校に行けるのか。
だいぶ自由な校風らしい。
だがともかく外に行くならば、着替えて歯磨きをして、もろもろ準備が必要だ。
「わかった。わかったよスグル。外に行くなら着替えたりするから、ちょっと待ってて」
「三十秒で支度しなっ」
「四十秒じゃなくて?」
「あっ、間違えた」
有名な台詞を間違えるとは、やはりスグルはどこか抜けている。
しかしそれにいちいちツッコんでいる暇もそれほどない。
俺は急いで歯を磨き、大学に行けるような服に着替えた。
「よし、いいよスグル。行く?」
「うんっ、ここからそんなに離れた場所じゃないから」
スグルに連れられるがままマンションを後にし、俺はスグルの後をついて行った。
都内とはいえ、スグルが住んでいる地域に土地勘はない。
だからここで迷子になったら一巻の終わりだ。
ベーグル屋を目がけて、一直線に走っていくスグルをなんとか追いかける。
「さあ、そろそろだよ・・・」
スグルがそう言ったので前方の方を覗いてみた。
しかしそこにあったのは、とんでもない長蛇の列。
「う~ん、今日はいつもに増して混んでるね」
「今からこれに並ぶのか?」
正直言って、こんなのに並んでいたら学校には間に合わないだろう。
「無理だよ、スグル。学校に遅刻しちゃう」
「ぐぬぬ・・・だけどボクは毎朝ここのベーグルを食べると決めていて・・・」
妙なところにこだわりがあるらしいスグル。
どうしてもこの店のベーグルを食べない事には一日を始めたくないらしい。
「じゃあ並ぶのか?」
「うむむ・・・それはそれで学校に間に合わない・・・」
スグルも学校へ遅刻しそうなことは理解しているらしい。
ベーグルを取るか、学校を取るか。
悩みこんだ挙句スグルが出したのは、交渉をするというものだった。
なんと並んでいるお客さんに話かけ、ベーグルを手に入れようと交渉を始めたのだ。
「素敵なお兄さん、ちょっとボクと取引をしませんか?」
店からベーグルを持って出てきた客に話しかけ、スグルは取引を持ち掛けた。
「ボクは今からこのベーグルに三倍の値段を払います。でも冷めちゃったらもったいないから、時間が経つにつれお支払する金額は下がってしまいます・・・どうでしょう、今ならベーグルを買った時より、圧倒的にお金が手にはい・・・」
まさかの交渉術に驚き、俺は焦ってスグルを止めに入った。
「ちょっと、スグル! そんな交渉してどうすんの!」
ベーグルを手に入れようと取引を持ち掛けるなんて前代未聞だ。
しかし相手は金額に心を動かされたらしく、手に持っていたベーグルを二つともスグルに差し出した。
なんと、交渉成立だ。
「やったぁ、お兄さんありがとう!」
スグルはポケットから代金を支払って、ベーグルを受け取った。
満足そうに微笑まれるとお兄さんも悪い気はしなかったらしく、照れたようにうなずいた。
「ほら、凛斗行こう。学校に遅れちゃうよ!」
スグルはそう言って俺の手を引くと、そのまま道を走り出した。
「はいっ、ベーグル!」
ベーグルを手渡され、それを口に頬張る。
水なしのベーグル、結構きついぞ。
「さあ、まずはボクの高校の近くまで見送ってくれればいいから」
スグルに連れられるがままに高校へと走り、大学と分かれ道になっている場所で別れることにした。
その頃にはベーグルを食べきることはできていたが、口の中はぱさぱさ。
「よしっ、間に合いそう。ありがとうね、凛斗。帰りは自分で帰るから、凛斗も好きに家帰ってて。これ、合鍵ね」
軽々と合鍵を渡され、焦ってそれを受け取る。
なんと、合鍵までもらってしまっていいのだろうか。
しかしそれを聞く間もなく、スグルは道を曲がって消えていく。
「・・・本当に慌ただしいな・・・」
スグルといると、時間が一瞬で過ぎていくような感覚だ。
目が離せないと言うか、比喩でなく目まぐるしい。




