ドタバタを終えて、眠りにつく
「さあ、まずは袖をまくって手を洗おう。スグルはぶかぶかした服だから、ゴムを巻いて袖が下がってこないようにしようか」
料理の際は衛生が大事。
俺もスーツを脱いでシャツになり、袖をまくる。
スグルはぶかぶかとしたパーカーに短パンだったから、パーカーの方に気を付けないと。
「こうかな?」
スグルは大人しく袖をまくってくれたが、すぐにずり下がってくる。
「えっと、まあそうなんだけど・・・」
このままでは袖が汚れてしまうので、部屋の隅に置いてあった輪ゴムで袖を抑えてやった。
「ほら、こうすると袖が下がってこないだろ?」
「確かに」
賢いのだからこんなことスグルもすぐに思いつくだろうに、目を輝かせている。
「なんかこのファッションいいかも、気に入った。明日はこれで学校に行こうかな」
「いやいや、どこに腕に輪ゴムを付けて学校に行くやつがいるんだよ」
「えっ、おしゃれじゃない?」
「いやまあそれは人の感性によるけども」
スグルはなぜか輪ゴムで腕まくりをしたファッションが気に入ったらしく、それで学校に行くだとか言い出した。
というか、私服でもいい学校なのだろうか。
「スグルの高校は私服でもいいのか?」
「うん、制服でも私服でもいいんだ。ボクは気分に合わせて変えてる」
やはりそれなりに頭のいい学校となると、私服が許可されているところも多いようだ。
さあ、それはさておきオムライスを作らなければならない。
「よし、じゃあさっそく作って行こうか。まずは卵に包むライスの部分だ」
「うん」
「ここには玉ねぎだとかウインナーだとか、具材を混ぜていくぞ。だからまず包丁とまな板を出してもらっていいか?」
「わかった」
俺の指示にそって、スグルは包丁とまな板を取り出した。
しかしその包丁の先が見事に俺を向いており、思わずひっくり返った声を出す。
「ちょ、ちょっと、刺さったらどうするんだよ!」
「あ、ごめん。取り出したよーって見せたくて」
これはなかなか思った以上に目が離せないかもしれない・・・。
放っておいたら、俺の腹に包丁がいつの間にか刺さっていてもおかしくない。
「よし、わかった・・・じゃあまず玉ねぎを切ろうか。皮をむいて洗って、半分に切ってから、平たい部分をまな板に乗せるんだ」
「おっけー・・・」
スグルは言われたとおりに皮を向き、玉ねぎをまな板に乗せた。
しかしそれからの危なっかしいこと。
玉ねぎをまな板に乗せたはいいものの、それに手を添えることなく包丁をおろした。
「ちょ、ちょっと待てってスグル!そんなことしたら玉ねぎが転がっていくだろ?」
「だ、だって手を添えるの怖いんだもん。手まで切っちゃいそう!」
「こうやって手を添えない方が危ないって。包丁の力が分散されて、変な方向にいっちゃうかもしれないだろ?」
これでは本当に料理の方法を知らなさそうだ。
「まずは一緒にやってみよう」
スグルの後ろに回り込み、腕に手を添えてやって力加減を教える。
「こうやって、玉ねぎがずれないようにしっかり押さえて・・・」
「なるほどね」
こうやって後ろに立って見ると分かるが、スグルとほぼ同い年である妹の朱莉より、スグルは随分と背が高いように思える。
何センチくらいだろうか、百六十半ばはありそうだけれど・・・。
「おーい、手が止まってるけど?」
「あっ、ごめん」
スグルに腹をつつかれ、慌てて玉ねぎを切っていった。
玉ねぎを切り終えてからは、今度はウインナーを切った。
「こうやって火が通りやすいように、少し細目に切るのがおすすめだな。玉ねぎは、米に混ぜる前に一回炒めておくとおいしい」
「へえ~。きょうだいにご飯作ってあげるから、こんなに詳しいんだ?」
「まあ、そうなるだろうな。できるだけみんなに喜んで欲しくて」
ふーん、とスグルは微笑んだ。
どういう感情なんだか。
ひとまずそうやって調理を終え、あとは卵を割って米を覆う部分を作るだけになった。
「さあ、スグル。卵割れるか?」
「もちろん」
計量カップの上のスグルの手。
片手で卵を持っており、しかもそっちを見てすらいない。
「おいっ、ノールックな上に片手で割る奴がいるかっ!」
思わず卵を回収し、正しい割り方を教える。
「いいか、卵を割る時はこうやって、まずどこかに数回ぶつけるんだ。それからひびが入ったら、それを親指で挟むようにして、半分にする」
「はあ~、なるほどね。力を均等にするのがコツなわけか」
それっぽいことを言って納得しているようだったが、さっき卵片手で割ろうとしてたよな。
まさか卵の割り方も知らないとは、これからのことが思いやられる。
「じゃあまあとりあえず、これをフライパンに広げて・・・ああ、で焦げ付かないように、こうやって先に油を敷いておくんだ」
「なるほど、なるほど」
特にメモを取る様子もないスグル。
「メモ取りたかったら、取ってもいいぞ」
「ああ、ボク一回見たものは忘れないんだ」
さらっと超能力じみたものを暴露された。
やはりとんでもない天才だと言うのは本当なのだろう。
それから俺はオムライスを完成させ、リビングの机に食事の準備をした。
「さあ、完成だ。食べようか」
「やった。この家に来てから数えるほどしかないまともな食事っ」
まさかの言葉に耳を疑う。
数えるほどしかないまともな食事って何⁈
「どういうことだよ、スグル。逆に今まで何を食べてきたんだ」
「まあ外食してたり、カップ麺だったり、あとは焦げたパン食べてたりとか・・・」
思った以上に恐ろしかった。
「そうか・・・それならこれはじっくり味わって食べてくれ」
なんだか少し気の毒になって、ゆっくり食事をするように勧めた。
「いただきまーす」
スグルは嬉しそうに手を合わせてから、完成したオムライスに口を付けた。
俺も置いていかれまいとオムライスを口に含む。
うん、よくできている。
自画自賛をするわけではないが、上手にできた方だろう。
「うーん! おいしい! 家でこんなのが作れるなんてっ・・・すごいなぁ、凛斗は」
スグルは包み隠すこともなく正直に感想を述べて来て、俺も少し照れてしまう。
「そうか、喜んでもらえてよかったよ」
「ボクもこういうちゃんとした料理が作れるようになりたいな~」
「まあ一日で劇的に上手くなるなんてことはないからさ。ちょっとずつ上達させていけばいいよ」
料理はすぐに腕前の上がるものでもない。
焦りを感じることだけは禁物だ。
オムライスを食べながら、スグルがふと口を開いた。
「そういや凛斗は、大学どこなんだっけ」
「ああ、俺は東大だよ。といっても、別に生まれつき頭がいいわけじゃないけどね。死に物狂いで勉強したんだ」
「なるほどね」
スグルはスプーンについたケチャップをぺろりと舐めた。
「でもそっちの方がかっこいいと思うな。努力家ってことじゃん」
「うーん、まあ、そう言われればそう言うこともできるのかなとは思うけれど」
俺的にはスグルの方がよっぽどかっこよく思えるのだが。
「そっか~東大か~」
「でもスグルは頭がいいなら、自分の学びたいことがある大学に行った方がいいと思うよ」
大学は名前で選ぶものではない。
私立だろうと国立だろうと、学びたいことがなければ意味がない。
「そっか・・・」
会話はぼんやりとほどけていった。
それから二人で皿を洗い、交代で風呂に入って眠ることにした。
いざ寝室に行ってみると、ずいぶん前からあったかのように俺用のベッドが用意されていた。
ホントにここで寝るのか。
「おーい、スグル?」
スグルはすでに布団の中に入っているようで、銀色の長い髪の毛が見えているだけ。
寝てしまったのか?
「スグル、寝ちゃった?」
「寝てないよ。凛斗全然来ないなって思ってただけ」
どこか寝ぼけているような顔だ。
実際は眠たくなっていたのだろうか。
「ごめんごめん、ちょっとゆっくり風呂に浸かってたからさ」
「まあいいけどね。明日は朝から行きたい場所があるから、ちょっと早起きしてもらわないと困るんだ」
早起き?
行きたい場所?
なんだか不穏な二要素に眉をひそめる。
「えっ、スグル。行きたい場所ってなんだ。朝からどこかに行くのか?」
朝からどこかに行くなんて、俺はそんなに朝に強いわけじゃない。
だが尋ねて見ても、スグルから返事は返ってこない。
「すー・・・」
「えっ、スグル、寝ちゃった⁈」
なんとこの一瞬で寝てしまったらしく、スグルはすでに寝息を立てていた。
「・・・はあ、まあ起こすわけにもいかなしな・・・」
寝てしまった相手を起こすのはさすがに気が引ける。
にしてもどこに行くんだろうか。
気になる要素だけを残して、スグルはさっさと眠りについてしまった。




