大人までのカウントダウン
「・・・ただの妹だとはもう、思ってないよ」
俺がそう返事をすると、朱莉の目が意外そうに開いた。
やはり俺はどこまでも奥手な男だと思われているのだろう。
しかしここまでされて無反応でいられるわけもない。
「・・・そんなこと言ってたら、俺だって我慢できなくなるよ?」
「・・・へえ、やっとなのね」
緊張だろうか、それとも興奮だろうか、いやそのどちらでもあるかもしれないが、俺の心臓はもう破裂しそうなくらいに高鳴っていた。
ベッドに手を着き、じっと朱莉の目を見つめる。
しかしその時だった。
一階からドタドタと足音が聞こえてきたのである。
「へっ、だ、誰か来る・・・?」
俺がリビングにいたときは誰もいなかったはずなのに、と顔に急激に血が集まる。
もしこんなところを見られでもしたら・・・。
しかし朱莉は落ち着き払っていて、まだ俺の首から手を離そうとはしない。
「ちょ、ちょっと朱莉、やばいって・・・!」
「ヤバくないわよ。だって、この部屋に入る時、あたし鍵かけたもん」
「鍵かけたって言ったって・・・!」
確かに思い返せば朱莉は鍵をかけていたが、だからといって誰かが扉の向こうにいる状態でこれはさすがに・・・!
そして部屋の扉がノックされる音がする。
ハキハキとした声が響く。
「姉ちゃん、兄ちゃん、見て見てー! クレーンゲームでこんなの取れたよー!」
声からするに、扉の向こうまでやって来たのは陸斗であるようだった。
おそらくはゲームセンターから帰ってきたのだろう。
「陸斗か・・・」
親族だったことにほっとしつつも、同時にとんでもない緊張を感じた。
もし陸斗にこの光景を見られたら、どう言い訳していいんだ・・・!
そしてさらに響いてくるドタドタとした足音。
あきらかに焦っているだろうその足音は、どうもスグルのものであるようだった。
「り、陸斗すとーっぷ! さあ、こっちに来てボクと遊ぼうよ! せっかくプラモ手に入れたんだから、一緒に組み立てたくない⁈」
スグルは必死だった。
扉に隔てられているので光景は見えないが、何とか陸斗を抱え込んで連れて行こうとしているようである。
ドタドタ・・・と足音が遠ざかる音。
「ふーん、スグルさん、やるじゃない」
朱莉は足音が去って行ったことに満足したのか、また俺の顔をぐっと寄せる。
「ほら、勇気出しなさいよ、凛斗」
どこか自信ありげな目で見つめられ、俺はベッドに着いたままの手に力をこめる。
しかし、俺は一つだけ決めていたことがあるのだ。
俺は朱莉の額に顔を寄せると、そのまま軽くキスを落とした。
朱莉はてっきり唇にキスをされると思っていたからか、きょとんとしたような表情を浮かべる。
それから首の後ろに手を回し、さらに強く引き寄せてきた。
「なによ、焦らしてるつもりなの? そんなの通用しないわよ?」
完全に煽り文句だ。
俺としても我慢できなくなりそうなところを必死に抑え込む。
「あのな、朱莉」
「・・・なあに」
「これより先のことは、朱莉がちゃんと大人になってからだ」
「・・・っ!」
朱莉の顔が赤くなった。
俺がちゃんとこの先を見据えているということを理解したのだろう。
さらに〈これより先〉という言葉の具体性にも、鈍感ではない彼女には理解が及ぶのだろう。
俺だって緊張から顔があり得ないくらい暑いんだ。
朱莉も顔中を真っ赤にしている。
しかしそれから得意になったように笑い、ぐっと俺の顔を引き寄せた。
耳元に口を添え、とあることを呟いてくる。
「じゃあ、十八歳になるまで毎日カウントダウンするから」
「な、なんだよそれ・・・」
「当たり前じゃない。逃がしてもらえるとでも思ってるのかしら?」
そ、そもそも逃げる気はないのだが・・・。
しかし何にせよ、朱莉から逃がしてもらえる気などしないのも事実だ。
そして朱莉は気を取り直したように咳払いをしてから、しっかりと俺の目を見据えてとあることを尋ねてきた。
「分かったわ、じゃあ、今この場ではこれ以上のことは求めないわ。だけど、返事はしてちょうだい。私と付き合ってくれる? その・・・、彼女として、扱ってくれる?」
少しだけ不安そうに首を傾げられ、俺はごくりとつばを飲んだ。
そんなもの、答えは決まっている。
「・・・もちろんだ。ここまでされて、断るわけがない」
俺が返事をすると、朱莉はガッツポーズを取ってから、再び俺に飛び掛かって来た。
「ちょっと・・・!」
再度バランスを崩し俺がベッドに倒れ込むと、朱莉がその上に飛び込んでくる。
そのまま両腕で抱きしめて来て、何度も頬ずりをしてきた。
・・・俺は犬か何かなのか。
しかし別に悪い気がするわけでもないので、とりあえずはされるがままにしておく。
「でも凛斗、こうやって私に返事をしたってことは、しなきゃいけないことがあるわよね」
ふとそんなことを言われ、俺はきょとんとした顔をしてしまう。
しなきゃいけないことってなんだ・・・?
だが勘の鈍い俺が分からないままでいると、朱莉が顔を寄せて告げて来る。
「ラブレター、返事はしなきゃいけないわよね。ごめんなさい、って」
「あ、そういうことですか・・・」
朱莉に言われて思い出した。
怒涛の展開過ぎて忘れていたが、確かに事の発端はラブレターだ。
「とにかく、もう凛斗は私の彼氏だからね。わかったかしら?」
言い聞かせるように言われ、俺はうなずくしかない。
さて、どう断ればいいものか・・・。




