私、もう我慢できないの
先手とは・・・。
オセロでもないのだし、チェスでもないのだし・・・。
風呂場に消えて行ってしまった朱莉だったが、しかし俺の手元には例の紙が残されていた。
(この紙には確か、お互いにとっての秘密を書いたんだったよな・・・)
スグルの脱出ゲームで書かされたこの紙。
俺は朱莉にあげる紙に、彼女がまだ覚えていないくらいだろう昔の思い出を書いた。
だから秘密と言ってもただの思い出話になってしまったのだが、朱莉がこの紙に書いたこととは・・・。
俺はまだ誰もいないリビングのソファに腰かけ、スマホのカバーから例の紙を取り出した。
「秘密・・・」
二つ折りにされたままの紙。
俺は何の気なしにその紙を開こうとしたが、少し開いたところで手が止まる。
〈好き〉
前後の文脈こそ見逃したものの、確かにそこにはそう書いてあるのが見えた。
・・・す、好き?
一日に二度も書面での〈好き〉を見ることになるとは思わなかったため、俺の体は完全にフリーズしてしまう。
というか、朱莉から俺に対して書く〈好き〉って、それはどの意味になるんだ?
俺が混乱したのは、とにもかくにもその部分だった。
朱莉は義理とはいえ、俺にとっては大切な妹だ。
だから妹として大好きだし、とても大切に思っている。
好きと言われて嬉しくないわけもないし、むしろ喜ぶくらいだ。
「けど、この好きって・・・」
俺が見る限り、いや、もちろん、俺が見る限りの話ではあるが・・・。
この好きはただの好きではないように思えた。
兄妹愛だとか家族愛だとか、そういうものを飛び越えた何かのような感じがするのだ。
「・・・そういえば・・・」
ある程度前のことだが、スグルがこの家に初めてやって来た時のことを思い出した。
二階のスグルの寝室を整えるため、朱莉と共に布団を用意していた時のことだ。
『好きって言ったら、どうする?』
朱莉はあの時も、俺に対して好きかどうかを聞くようなことをしていた。
あの時俺はてっきり兄弟愛的なものかと思っていたのだが、しかし。
この手紙を見る限り、その予想は揺らぎつつあった。
というか、揺らがずにいられるか⁈
俺は緊張したままの手で再度手紙を開き、中をのぞき込む。
今度こそすべて読み切ってしまわなければならない。
〈お兄ちゃんへ、私、お兄ちゃんが好き。隠しててごめんね〉
短い文章だったが、俺にとっては背後から殴られたような衝撃だった。
しかし痛みがあるというわけではなく、それはむしろ自分自身への失望のようなものに似ていた。
そう、朱莉はこれまで散々アピールをしてくれていたというのに、俺はそれに対してどれだけ無自覚を貫いてしまったことだろうか。
「あ、朱莉・・・」
すぐに彼女を呼び戻して話をしようと思ったが、彼女はすでにお風呂に行ってしまっている。
「ス、スグル・・・」
賢いスグルならば対処法が分かるだろうかと思ったものの、スグルはまだ学校から帰って来ていないようだ。
そもそもリビングには誰もいない。
それこそ仕組まれたかのようにがらんどうとしている。
「・・・そういえば」
今朝のことを思いだした。
光莉がゆかりや陸斗を連れてゲームセンターに行ってくると話していたのだ。
「・・・このタイミングで・・・?」
疑うのは良くないとは思うものの、あまりにもタイミングが完璧すぎやしないだろうかとドキドキしてくる。
というかそもそも、文化祭での出来事だって妙だった。
スグルが脱出ゲームを企画したと言っていたが、あの時用意されていたゲームもそれぞれやけにおかしくなかっただろうか。
脱出ゲームにしては俺たちの塩梅によるものが多かったし、何より頭脳を使った脱出ゲームではなかった。
頭の片隅でスグルがにやけるのが見える。
幻覚だろうが、スグルが何かをしゃべっているような気がした。
『いいおぜん立てでしょ?』
そうとでも言っている気がしてならなかった。
もしかして、スグルは最初からこの告白の機会を作るために動いていたのか?
途中で思い立っての行動だったのかもしれないが、だとしても策士だ。
しかし俺がそんなことを考えこんでいる間に、背後の扉が開いていた。
「お兄ちゃん」
そこには朱莉が立っていた。
風呂から上がったのか、部屋着になっている。
「・・・あ、朱莉?」
これから一体何が起こるのかと俺が動けないでいると、朱莉はさっと俺の手を取った。
そしてまっすぐに階段の方へと向かって行く。
二階に行くつもりなのだろう。
二階にあるのはそれぞれの部屋だが・・・。
「あ、朱莉、ちょっと待って・・・」
「待たない。すぐ来て」
朱莉は俺の手を離さなかった。
そのまま、ぐんぐんと階段を進んでいった。




