合格とか、そういうんじゃ・・・
「さあ、こっちに来て説明してちょうだい」
ヒビキさんは俺の手を引こうとする。
「ダメです! さすがにダメ!」
「どうして?」
どこか悲しそうですらある顔に問われ、俺は答えに窮することしかできなくなる。
逆にどうしてダメじゃないと思うのか、という話でもあるような気がするけれど。
風呂にはすでにお湯がはってあり、そこから流れて来る湯気でヒビキさんの肌がしっとりとしている。
それがどうしようもなく視界に毒で、俺はどうにか目を逸らそうとする。
「・・・照れてるの?」
「照れてるも何も・・・! 自分の体を大切にしてくださいよ!」
俺がたまらなくなって叫ぶと、ヒビキさんは何かに納得したようにゆっくりうなずいた。
「・・・合格ね」
「・・・合格?」
「こういう風な場面に出くわしても、自分の欲望に動かされずにちゃんと断ることができる・・・。あなたは教師としての自覚もちゃんとあるようね」
「は、はあ・・・」
そうは言われたが、俺は教師としての矜持だとかよりも、もっと浅いところにある正義感のようなもので動いていた気もするけれど・・・。
しかしともかくヒビキさんの中にある何かをクリアすることはできたようで、俺はそのまま介抱してもらえた。
「なんだったんだろ・・・」
俺があっけにとられたままリビングに戻ってくると、スグルがすぐに駆け寄って来た。
「ごめん、お母さんに変なことされなかった?」
そう聞かれ、俺は苦笑いをすることしかできない。
流石に例のことを子供であるスグルの前で口に出すのははばかられた。
「ううん、大丈夫。心配しないでいいよ」
「そう? ならいいけど・・・」
実際は俺も心臓がバクバクだったのだが、何とか危機は脱したからいいだろう。
そしてそれからは弟たちを順番に風呂に入れ、ヒビキさんはリビングでゆったりと過ごしていた。
しかし俺ががんばって選んだ服もヒビキさんにとってはまだ少し小さいサイズだったようで、かなりはち切れんばかり、と言った様子になってしまっている。
「ヒビキさん、すみません・・・小さい服しかなくて」
俺が謝ると、ヒビキさんはくすくすと笑って微笑んだ。
「いいのよ。たまにはいいんじゃないかしら」
器の大きな人だ。
それからヒビキさんは陸斗やゆかりと一通りゲームをしてから帰っていくことになった。
「それじゃあ、今日は急に押し掛けて悪かったわね」
玄関先でヒビキさんを見送りながら、確かにドタバタしていたなあと今日の夕方のことを振り返る。
突然家にやって来たと思ったらカレーを食べさせてくれと言いだし、挙句には風呂にまで入って行ったのだから、自由奔放だと言ったらその言葉がもっとも合っているだろう。
「それじゃ、またの機会に会いましょう」
ヒビキさんはそんなことを言って玄関を出ていく・・・。
と思いきや、最後に振り返ってスグルを抱きしめた。
「ここでしっかり、元気に暮らしていくのよ」
「おかあさん・・・」
スグルもヒビキさんの奔放さには圧倒されていたようだったが、それでもお母さんはお母さんだ。
しっかりと抱きしめ返して、深く頷いた。
そしてそれからヒビキさんはなぜか俺の方にも向かって来た。
受け止められないくらいの勢いで抱きしめられ、押しつぶされるかのような体の圧が加わってくる。
も、もはや苦しい・・・!
「凛斗さんも、スグルをよろしく頼むわ」
「は、はい・・・!」
そう言うなり、ヒビキさんは踵を返して去って行ってしまった。
「なんか、ホント嵐のような人だったな」
「・・・ごめんね、母さん相当変わってるんだ」
スグルから変わっていると言われるほどのヒビキさん。
まあでも、スグルが言っていることも分からないではないと思った。




