デッッかい母さん襲来
陸斗が病院から退院し、久々に家に全員のきょうだいが揃った。
「今日の夜ご飯はカレーらしいよ、陸斗」
「えーたのしみ! 僕ね、カレーは甘口が好きなんだ~!」
他愛もない会話をしながらゲームをしている二人。
その姿を眺める夕時が、ここ最近では定番のものになっていた。
「にしても、スグルのお母さんってスグルにそっくりじゃなかったか?」
俺はそんなことを思い出して、朱莉に尋ねてみた。
すると彼女も同じ感想を抱いていたらしく、首を大きく縦に振って来た。
「思ったわ。本当にそっくりだったわよね。スグルさんも大きくなったらあんな風になるのかしら」
「そうなのかなあ・・・でもなんかそれは想像するのが難しいかも」
比較的おっとりとした性格のスグルのお母さんに比べて、スグルはかなりはきはきとしたタイプだ。
だからいくら見た目が似ているとはいえ、成長した姿まで同じになるのかは不明だった。
「どちらにせよ、めちゃくちゃ美人だったことには変わりないけどね・・・」
朱莉はカレーの味見をしながら、どこか遠い目をした。
やはり女性目線から見ても、スグルのお母さんは美人だったらしい。
と、その時だった。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
「宅急便かな? ちょっと見て来るよ」
お母さんが帰ってくるのは必ず深夜であるため、この時間に来るとすれば宅急便くらいだろう。
俺は印鑑を持って玄関へ向かったのだが、玄関を開けるとそこにはなんとスグルのお母さんがいた。
「えっ、ス、スグルのお母さん⁈」
俺が驚いて声を上げると、スグルのお母さんは一度礼をしてから玄関に入ろうとしてきた。
「ちょ、ちょ、どうしたんですかいきなり」
「いえ、その、これからスグルがお世話になるってことですから、ぜひとも挨拶をしておかないといけないと思って・・・」
「ちょ、ちょっと・・・!」
スグルのお母さんは身長は当然のこととして、とにかくすべてがデカい。
そう、何とは言わずすべてだ。
だから玄関に入ってこられると威圧感がとんでもなかった。
「まずはお土産を渡しましょうか・・・。あ、でもその前に、私の名前を名乗っておかなければなりませんね・・・。私は新堂ヒビキ。スグルの母になります」
「ヒ、ヒビキさん・・・」
名乗ってもらった分にはいいのだが、突然の襲来であることに変わりはない。
しかしヒビキさんはてきぱきと荷物を探って、その中から色々なお土産を取り出した。
「こっちは前にフランスに行った時のもの・・・こっちは前にイギリスに行った時のもの・・・。ごめんなさいね、最近海外に行ってばかりだったから、海外のお土産ばっかりなの」
「い、いえ、謝ることではないですが・・・」
別に謝ることはないが、だとしても海外に頻繁に行くなんてどういう事なのか。
もしかして医者としての仕事が海外であったりするのだろうか?
そう考えると、今目の前にしているヒビキさんが相当にすごい人物なのだと思い知らされ、なんだか足が震えて来そうになる。
「こんな押し掛ける形でごめんなさいね。でもどうしても挨拶しておきたかったから・・・」
ヒビキさんに申し訳なさそうに言われ、俺もまんまとそれに飲まれてしまう。
完全に美貌に飲み込まれているような気がするけど・・・。
「ともかく、スグルがお世話になりますから・・・」
ヒビキさんはニコニコと微笑んでいたが、そのうちにはっと何かに気が付いた顔をした。
「・・・ん? これは何の匂いかしら?」
「え・・・?」
俺もなんだろうかと思い鼻を鳴らしてみると、どうもカレーの匂いが漂ってきているようだった。
「ああ、これは・・・今日の夕ご飯がカレーなんですよ」
「まあ、カレー!」
そして夕ご飯のことを伝えると、ヒビキさんはきらきらと目を輝かせた。
「ヒビキさん、カレーが好きなんですか?」
「え、ええ、そうなんです・・・。ごめんなさいね、こんなあからさまな反応しちゃって・・・。実はね、私、いつも忙しいから・・・カレーが大好きなんだけど、自分では作れなくて・・・」
ヒビキさんはしょぼんとしたように肩を落とした。
しかし落ち込んだ様子でも俺より背が高く、まだまだ圧倒的ではあるが。
「なんてね、暗い話をしてごめんなさい・・・」
と、そんな話をしている時だった。
「お兄ちゃん? だいぶ時間がかかってるみたいだけど大丈夫?」
リビングの方から、俺がなかなか戻ってこないことを案じた朱莉がやって来た。
そしてヒビキさんを目にしてあんぐりと口を開けた。
「ま、まあ、スグルさんのお母さん⁈」
「どうも、お久しぶりね。私は新堂ヒビキ。名乗るのが遅れてごめんなさいね」
朱莉は驚いていたようだったが、ヒビキさんは全く動じない。
それどころか、ヒビキさんは朱莉の恰好を見てさらに目を輝かせ始めた。
「あら、エプロン・・・! もしかして、あなたがカレーを作っているの?」
ヒビキさんは相当にカレーに興味があるのだろう、朱莉のことを見つめながら首を傾げた。
「え、ええ、そうですけど・・・」
「あ、あの、ほとんど初対面のような状態でこんなことをお願いするのは気が引けるんだけど、一個だけお願いしてもいいかしら・・・?」
頼み込んでくるヒビキさんに、朱莉もあっけにとられたままうなずく。
「カレーを、ちょっとだけ味見させてくれないかしら・・・!」
手を合わせて必死にお願いしてくるヒビキさん。
「あ、味見・・・?」
朱莉は面食らったようだったが、ヒビキさんはもはや涙目になりそうになりながら顔を上げた。
「ダメかしら・・・」
「だ、ダメかと言われると・・・」
心の底から懇願するように言われると、流石の朱莉も弱かったようだった。
「分かりました・・・じゃあ、味見だけですけど、いいですか?」
「やったぁ、ありがとう!」
ヒビキさんはその場で飛び上がりそうになりながら、くしゃっと笑顔を作って微笑んだ。
なんか、こう見るとやっぱりヒビキさんとスグルって似ているな・・・。
喜び方とか、好きなものに夢中なところとか・・・。
「じゃあ、さっそく上がらせてもらってもいいかしら」
ヒビキさんはルンルンとした様子で靴を脱ぎ、そのまま家へと上がり込んでくる。
なんだか彼女にはどんどんと流されてしまいそうだ。
しかし許可を出してしまったものだから、彼女はどんどんとリビングの方へ向かって行く。
そして案の定、スグルと鉢合わせたようだった。
「お、お母さん⁉」
リビングの方からひっくり返った叫び声が聞こえてくる。
そりゃ、スグルからすればまさかお母さんが来るだなんて思っていなかっただろう。
俺も慌ててリビングに向かう。
するとスグルとヒビキさんが向かい合うようにして立っていた。
「お母さん、どうしてここまで来たの?」
「ごめんなさいね、ただスグルのために挨拶をしようと思って・・・。でもそしたらカレーの匂いがしたものだからつられてしまって・・・!」
「いや、お母さんカレー好きだけどさ・・・」
ヒビキさんのカレー好きはスグルも知っている事らしい。
スグルはまさかの事態に着いていけていなかったようだったが、とりあえずは母を受け入れることにしたらしい。
「さて、それじゃあここまで来たことだから、カレーの味見をさせてもらおうかしら?」
そしてヒビキさんはくるりと回転して髪をなびかせると、そのままキッチンの方へ突撃した。
台所に並べられている鍋を発見し、子供のように目を輝かせる。
「まあ、すごいわ! こんなにたくさん・・・! ぜひ味見させてくれないかしら・・・!」
「ま、まあ、いいんですけど・・・」
朱莉は小皿を取り出して、そこにカレールーを分け始めた。
「楽しみだわ!」
今にもこの場で飛び跳ねてしまいそうなくらいテンションの上がっているヒビキさん。
はたしてカレーを気に入ってくれるだろうか。




