スグル、家族になろうよ
「家族・・・」
陸斗を家族だと呼称されたことに、スグルはあからさまに動揺しているようだった。
もはや動揺を隠そうとする努力も意味をなさないような焦り様で。
「あなたがここまで成長していたなんて、私は知らなかったわ。・・・いえ、きっと知る気もなかったんだと思うわ。冷たかった。私はあなたにもっと向き合ってあげるべきだったわ」
「・・・そんなこと言われても、今さらじゃんか・・・」
スグルの声はしぼんでいた。
今まで積み重なって来た寂しさは、今謝られたところですべて解決するわけではない。
だがスグルのお母さんは、もう一段階強くスグルを抱きしめた。
「・・・ええ、そうだと思う。だから許してほしいとも思わないわ。ただ、私はこれからのあなたの人生をあなたの好きなように生きてほしいと思うだけ。今まで不自由な思いをさせてきた分、あなたの人生をあなたの選択で作り上げていってほしいの」
「ボクの、選択・・・?」
「ええ、あなたからのメール、見たわ」
どうもスグルはすでにメールを送っていたようだった。
そしてスグルのお母さんは、そのメールを見たのだとも。
「そこに書かれていたことを見て、私は後悔したわ。あなたがどれだけ家族と言うものを求めていたのか、私はちゃんと理解できていなかった」
「・・・そう」
スグルはうつむいた。
だがそれは怒っているだとかすねているだとかではない。もっとあたたかいものだった。
「あなたは、今の先生のもとで長く暮らしたいと思っているのよね?」
「・・・うん、できるだけそうしたい・・・そう思ってるけど・・・」
だがスグルの懸念は一つだ、母や父がそれを許してくれるのかという事。
しかし次の瞬間、スグルの母は今度は俺の方向へと真っ直ぐに進んできた。
そのすらっとした体に圧倒されてしまうものの、次の瞬間には俺の手が彼女に握られていた。
「あなたが安藤凛斗さんね。スグルから話は聞いているわ。スグルの家庭教師になってくださっているそうね」
「ええ、ああ、まあ、はい・・・」
あまりに事態が急展開して行っているので慌てることしかできずにいると、スグルのお母さんは頭を下げて頼みこんできた。
こんな美人に頭を下げられるなんて、俺は一体何になったと言うんだ!
と内心ではツッコミが出てしまう。
「凛斗さん、どうかスグルをこれからもあなたの家で暮らさせてあげられないかしら。もちろん、大家族で大変だと言うことも聞いているし、スグルも自由奔放で大変なところは多いと思うけれど・・・それでも・・・」
スグルのお母さんは必死だった。
何度も俺に頼み込んできて、ここまでされて断れる人間もいないような気がする。
「わ、分かりました、お母さん、どうぞ頭を上げてください・・・!」
こんなに後頭部ばかりを見ていると落ち着かないものだから、俺はなんとかスグルのお母さんをなだめた。
すると俺の隣にいつの間にか朱莉が立っていて、スグルのお母さんに話しかけた。
「スグルさんのお母さん。スグルさんはとってもいい子ですよ。確かに家事で失敗しちゃったりだとかおっちょこちょいなところはあるけれど、今回だって陸斗を一生懸命に助けてくれました。もしスグルさんがいなかったら、今回どうなっていたか分かりません・・・」
朱莉は心の底からの本音を話しているようだった。
彼女がスグルに感謝をしているという事、そしてこれからも共に居たいという事。
その両方がひしひしと伝わってくる。
「・・・そう・・・」
そしてその言葉は、ちゃんとスグルのお母さんにも響いたようだった。
「スグル、あなたはこんなにもいい家族に恵まれたのね」
「・・・か、家族・・・」
「もちろん私はあなたのお母さんだから家族よ。だけど、この子たちももう十分にあなたの家族なんじゃないかしら。ずっと一緒に居たいって思える、そんな相手でしょ?」
スグルのお母さんの語り掛けはとても優しかった。
スグルはその言葉を受けて、しっかりと大きくうなずいた。
「うん、ボク、凛斗たちも家族だって思ってる。時に揉めたりすることもあるけど、最後には笑って過ごしてこれた・・・!」
今までの日々を振り返っているのか、スグルの目じりには薄っすらと涙が浮かんでいた。
「じゃあ、これからも凛斗たちのところで過ごしていいの・・・?」
スグルは慎重に、探りを入れるようにそう尋ねた。
「ええ、もちろんよ」
そして帰ってきた返事に、飛び上がるようにして喜んだ。
「や、やったー! じゃあこれからもいっぱい陸斗とゲームしたり、凛斗と朱莉ちゃんに家事を教えてもらったりできるんだね!」
今スグルが口にしたことが、きっとスグルがこれからも続けていきたいことなのだろう。
失敗を重ねることも多い家事だが、スグルにとっては俺たちとのコミュニケーションの一つの形として捉えてくれているのかもしれない。
「ええ、凛斗さん。これからもスグルをよろしくお願いできるかしら」
スグルのお母さんはすっとこちらに寄って来て、またにこやかに微笑んだ。
しかしこうしてみると、スグルがそのまま大きくなった姿のようにも見えるほどのそっくりさだ。
スグルも成長したらこのようになるのだろうか?
とんでもない美貌を持った親子だと感嘆せずにはいられない。
「じゃあ、凛斗、朱莉ちゃん、陸斗、ボクたちこれからも一緒に過ごせるね!」
スグルは勢いよく俺たち三人の方を交互に見ると、はじけるような笑みをこぼした。
相当にうれしかったのだろう、今にも踊り出してしまいそうな勢いにすら見える。
「朱莉ちゃん! ボクのこと褒めてくれるなんて優しいじゃないか! ツンツンしてるところもあるかと思ってたけど、結構優しい部分もあるんだねぇ!」
スグルはぴょんぴょん飛び跳ねながら朱莉の方へ近づき、そのまま喜びを表明して抱き着いた。
「ちょっと! ハグは有料よ! たとえスグルさんでもね!」
「えー! 有料なんて!」
「乙女はそんなに簡単じゃないんだから」
朱莉はハグをするりと脱してしまったが、それからすぐにまた微笑んだ。
「だけど、あたしからのハグはトクベツに無料にしておいてあげる」
そう言うと朱莉はスグルの方を振り向き、ぎゅっと優しく抱きしめ返した。
「うう~朱莉ちゃんが一枚上手だったか・・・」
これはやられた、とでも言わんばかりにスグルは照れくさそうに笑った。




