陸斗を救え
「陸斗、それじゃあ、七の段を言ってごらん」
スグルに促され、陸斗は七の段を唱え始めた。
最初はたどたどしかった陸斗も、今じゃすっかり九九が言えるようになっている。
「へえ・・・やっぱりスグルさんの方法って効果あったのね」
「みたいだな、やっぱり英才教育を受けて来てると違うもんなのかねえ」
スグルの教育方法はかなり効果があったらしいのだ。
おかげで今ではゆかりも陸斗も学校のテストで良い点を取れるようになっている。
「よし、全部言えたね! じゃあ今からご褒美にゲーム大会だ!」
スグルがそう言ってゲーム機を取り出すと、陸斗もはしゃいだように反応する。
「やったー! 今日こそは負けないからね!」
二人は意気揚々と画面の前に並び、お互いにコントローラーを構える。
これも最近ではよく見るようになった光景だ。
「なんだかこの光景も馴染んできたな」
「ふふ、そうね。二人が一緒にいるのも定番になって来たかも」
微笑ましい光景に、朱莉と目を見合わせる。
こんな日々が毎日続けばいいのに、とそんなことばかりを最近は思うようになった。
しかしスグルが両親に同居のことを尋ねてみると言ってからそれっきり、特に進展を耳にはしていなかった。
単純に聞いていないのか、それとも芳しい返事が来ていないのかは分からないのだが。
「そうだ、スグルくん! 僕学校で友達にお土産貰って来たんだ! 一緒に食べない?」
「いいね、食べる、食べる!」
二人は仲睦まじい様子で背を並べ、一緒に何かを食べているようだった。
仲が良さそうで本当によかった。
スグルがこの家に打ち解けられているのは、かなり陸斗のおかげもあるんじゃないだろうか。
しかしそんなことをぼんやりと思っていたせいで、俺はとある重大なことを忘れていた。
「待って、陸斗。アレルギーのところ確認した?」
そう、陸斗にはそばアレルギーがある。
しかし俺が聞いたころにはすでに陸斗はお菓子を口にしていた。
「え?」ときょとんとした様子で振り返ってくる。
「スグル! お菓子のアレルギー品目のところにソバが載ってないか確認してくれない?」
俺が焦って声を掛けると、スグルはすぐに頷いてくれた。
「了解! ・・・! 載ってる!」
なんと、陸斗が口にしていたのはアレルギー品目の含まれるお菓子だった。
「り、陸斗、すぐに食べるのやめて!」
俺が指示を出すと、陸斗はおののいたようにクッキーを手から離した。
「大丈夫? 陸斗、かゆいとか、息がしづらいとかない?」
スグルが目線を合わせて尋ねると、陸斗は喉や口の周りを掻き始めた。
・・・おそらくは、アレルギー反応。
「・・・凛斗、エピペンってある? あるなら今すぐに持って来て!」
スグルから迅速な指示が飛んだ。
スグルの目はもはや先程とは色合いが違う。
その目は医者の目になっていた。
「わかった! すぐに持ってくる!」
俺は固定電話が置いてあるチェストの下の棚を開き、そこからエピペンを取り出した。
エピペンは強いアレルギー反応であるアナフィラキシーショックに対応するための緊急薬だ。
陸斗にはそれが病院から処方されている。
「ど、どうしよう、スグルくん・・・ぼく、そばをたべちゃいけないんだ・・!」
陸斗は自分がアレルギー食品を食べてしまったことにショックを受けたのか、半ばパニックになり始める。
しかしスグルは驚くほど冷静だった。
「大丈夫、ボクが側にいるから安心して。まずは胸元のボタンを開けようか。息が苦しくなると良くないからね。口とか首はかゆくなってきた? 朱莉ちゃん、救急車呼んで!」
スグルの判断には一つの迷いもなかった。
まるでこれからするべきことをすべて把握しているかのようだ。
「きゅ、救急車、呼んだわ・・・!」
「ありがとう。それならまず救急車が到着するまでは応急処置を施そう」
スグルは俺からエピペンを受け取ると、慣れた手つきでそれを陸斗の内ももに刺した。
「これでいったんは時間稼ぎができる・・・でも症状は・・・。大丈夫、息苦しい?」
苦しそうにうなずく陸斗を見て、スグルはその上体だけを起こしてやった。
息がしやすいようにするためだ。
「大丈夫だからね、ボクたちがかならず助けてあげるからね!」
こんなにも凛とした瞳のスグルは、今までに見たことがなかった。
いつもはゲームが大好きでとにかくのらりくらりとしているスグルなのに、今はただ目の前の相手を救うために命を懸けている。
「大丈夫、大丈夫だよ・・・」
スグルはそう言いながら陸斗の手をさすっていた。
「だ、大丈夫なのかしら・・・!」
誰よりも不安そうだったのは朱莉だった。
この家では基本的に母が不在なので、朱莉は母と同じくらいきょうだいたちに思い入れがある。
だからこそ、きょうだいが傷ついている姿に耐えられないのだろう。
「大丈夫だよ、みんなついてる」
俺は朱莉をなだめた。
すると遠くの方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
どうも救急車がこちらに向かってきているようだ。
玄関のベルが鳴り、救急隊が現れる。
「こっちです!」
俺は玄関を開けて救急隊を迎え入れ、陸斗を搬送してもらう。
「ご家族の方は、病院まで同伴してくださいますか?」
「・・・俺が一緒に行きます」
ここは長男として、俺が一緒に病院まで向かうのが筋だと思った。
俺は救急車に陸斗と一緒に乗り込んだ。
するとスグルと朱莉が声を掛けてくる。
「私たちもすぐにそっちに向かうから!」
「まずは病院まで陸斗を頼むよ、凛斗!」
二人にげきを飛ばされ、俺も強くうなずいてみせた。
俺はこの家の長男だ。弟一人安心させられずにどうする。
救急車の扉が閉まり、そこから向かうべき病院を探し始める。
俺は陸斗の手を握り、何度も大丈夫だからなと語り掛けた。
「陸斗、大丈夫だからな。みんな一緒に病院に行くからな・・・。お兄ちゃんたちがかならず助けるからな、安心しろ・・・」
陸斗はまだ苦しそうに呼吸をしていたが、俺の言葉に少しだけ安心を覚えたようだった。
弱々しいながらに首を縦に振ってくれた。
「それでは出発します」
救急隊員の声に合わせて、救急車が家の前から出発した。
ここからはもう時間との戦いになる。
しかしスグルが驚くほど迅速な対応を取ってくれたおかげで、陸斗はまだぎりぎり喋る余力を残せているようだった。




