スグルとこれから
「も、もちろん怒る気持ちはわかるよ、凛斗! だけど本当にシャンプーの替えの場所が分からなくって!」
スグルはあたふたとそう告げて来るが、そもそもスグルの方向を向くことなどできない。
「シャ、シャンプーなら洗濯機の上の棚に詰め替え用の袋があるから!」
俺は顔を隠したまま必死に叫ぶ。
絶対見てたまるものか! とこれはもはや意地だ。
「わ、分かった、ありがとー!」
スグルはドタドタと半ば逃げるようにして廊下を去って行った。
留まっていたら俺に怒られるのが分かっているからだろう。
「あいつ、ほんと懲りないな・・・」
俺が唖然と口にすると、同じように口を開けたままの朱莉が顔を上げた。
「あ、あれほぼ裸よね・・・よくあんな格好でリビングに来れるものだわ・・・」
朱莉からしても信じられない事らしい。
俺たちは兄妹そろってあっけにとられたままソファに座っていた。
「スグルは恥ずかしさとかないんだろうかな・・・」
「わ、分からないわ。私だったら絶対無理ってだけだけど・・・」
スグルが慌ただしく去って行った後の廊下を見つめていた俺たちだったが、だんだんとお互いに笑いがこみ上げてきた。
「ふふふ、でもなんか、スグルはスグルで自由でいいよな」
「・・・ふふ、私もそれ分かるかも。スグルさんって突拍子もないところがあるけど、それはそれで元気をくれるのよね」
スグルがこの家に来てから、そりゃ騒がしさこそ増したものの、楽しさはそれの比じゃないくらいに増えているように思える。
「ねえお兄ちゃん?」
「なんだ?」
「スグルさんはいつか元の家に帰っちゃうの?」
そう問われ、俺はぴたりと笑うのを止めた。
・・・そうか、そもそもスグルがこの家に転がり込んできた理由は洗濯機が壊れたからだ。
家の補修が終われば、ここに残る理由はあまりないと言える。
だから帰ってしまうというのも筋の通らない話ではないだろう。
「どうなんだろう・・・俺との契約は続くかもしれなくても、スグルがずっとここに居てくれるかは分からないな・・・」
「そうなの・・・。いつか帰っちゃうのかもと思ったら、寂しいわ」
ここしばらくをスグルと過ごしてきたからだろう、だんだんと家になじみ始めたスグルがいなくなることを想像するのは辛いはずだ。
「・・・そうだなあ」
しかしスグルがここに留まるかは本人の意向によるのであって、俺らがどうこう言うことではない。
「私、最初にスグルさんがここに来た時は戸惑いの方が大きかったけど、今は一緒に過ごしていて楽しいなって思うの」
「うん」
「でも、ずっと一緒にってのは強欲よね・・・」
困ったように笑った朱莉に、俺も胸がチクリと痛んだ。
これからもずっとスグルと一緒にいると言うことは、それこそ同居どころの話ではない。
本当の家族として過ごすようなもので、今よりハードルはぐんと上がるだろう。
すると風呂場の方から、今度こそちゃんとパジャマを着たスグルがやって来た。
「先程は失礼いたしました・・・というわけで、朱莉ちゃんお風呂どうぞ」
「もう、スグル・・・頼むから出てくるときは服を着て出て来い・・・」
「いやあ、焦っていたものだから・・・ごめんね」
スグルはあははと後頭部を掻くふりをしたが、本当にタオルが外れていたら笑いごとにできないのだから気を付けてほしい。
「じゃ、じゃあ、私お風呂行ってくるわね・・・」
朱莉はそう言って立ち上がると、そのまま風呂場の方向へ消えて行った。
そして先程まで朱莉が座っていたところにスグルが座り、スグルは俺の方を見てから口を開いた。
「あのさ、凛斗。ボクがいつかここを出ていくかもしれないって心配してる?」
「えっ、なんでそのことを・・・」
「ごめんね、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、廊下を歩いてきてるときに聞こえちゃったんだ」
おそらくは嘘ではないだろう。
スグルはきっと陰湿なことを嫌う性格だ。
そしてスグルはしばらく悩みこむようにしてから、ゆっくりと話し出した。
スグルのこんなにも真剣な表情を今までに見た覚えがないので、思わずどきりとしてしまう。
「ボクのお父さんとお母さんはさ、両方お医者さんなんだ」
「うん」
「それですっごく頭も良くて、ボクのことも小さいころから英才教育で育ててくれた」
スグルが語ってくれているのは、生い立ちのことであるようだった。
「でもね、お父さんとお母さんは忙しくて、ボクにまったく構ってくれなかったんだ。だからボク、小さいころからずっと寂しかった。一人ぼっちな気がしてた」
「・・・うん」
「だけどね、この家に来てその気持ちがすっかり晴れて、ボクはびっくりしたんだ。いつもみんなが気にかけてくれるし、美味しい料理もあったかいお風呂も用意されているし」
スグルはこちらを向いて微笑んだ。
「だから、僕はもしみんなが許してくれるならずっとここに居たいと思ってる。家族になりたいんだ。凛斗たちと」
そう言われて、俺ははっと息をのんだ。
スグルの目は真面目だ。心の底から願うような瞳だ。
どれだけスグルが本気で訴えているのか、それがひしひしと伝わってくるような目立った。
「スグルは、それでいいのか」
「もちろん。ここにいられたら、それほど嬉しいこともないと思ってる」
「・・・そうか」
そしてスグルはパジャマのポケットに手を伸ばすと、スマホを取り出してとある画面を俺に見せてきた。
メールの画面・・・。
「お父さんとお母さんに、言おうと思ってるんだ。これから、凛斗の家で暮らしたいってこと。許可してもらえるかは、流石にまだ分からないけど・・・頼んでみる価値はあると思ってる」
スグルはすでに覚悟を決めているようだった。
俺はその真剣な眼差しに圧倒されていたが、うなずいてから返事をする。
「わかった。応援するよ。ただお父さんとお母さんがすぐに許可してくれるかは分からない。だから、まずは様子を窺ってみるところから始めよう」
俺はそう提案した。
「・・・わかった」
スグルは納得してくれたようで、スマホをゆっくりとポケットにしまった。
スグルがまさかそこまでこの家を気に入ってくれていたとは。
嬉しい反面、スグルが両親にどう言われるだろうかと不安な部分もあった。




