耳元ささやき脱出ゲーム・破
「まあでも、これをやらなきゃ脱出できないし・・・」
俺が朱莉をなだめると、彼女はしばらく悩みこむようにもじもじと体を動かした。
そんなに恥ずかしいんだろうか。
兄妹だし、ここはそこまで気にしなくてもいい気がするんだけど・・・。
「ほら、やってみようよ。朱莉」
まだ両頬を抑えたまま固まっている朱莉に、俺は何とか声を掛けてみた。
「お、お兄ちゃんは平気なのねぇ・・・」
朱莉は驚いたような目でこちらを見る。
しかしそれから自分に言い聞かせるように何かを言い出した。
「いや、でも、こんなに至近距離でお兄ちゃんの声を聴くチャンスなんて他にないわよね・・・?」
チャンス・・・?
だが俺がそれを疑問に思うよりも早く、朱莉はこちらを振り向いた。
「や、やりましょう、お兄ちゃん」
「おお、わかった」
朱莉がやる気になったならいいだろう。
俺はさっそくタブレットの方を見て、指示を待った。
『よし、では先攻後攻を決めてね?』
「先攻・・・」
「じゃあ私が先攻をやるわ」
朱莉はすっと手を上げて、俺に目を閉じるように言ってきた。
「じゃあ、任せるよ、朱莉」
「え、ええ・・・」
とりあえずゲームを開始しなければ進まない。
俺は静かに目を閉じて、朱莉が耳にささやいてくれるのを待った。
しかし、それからすぐに朱莉からひっくり返った悲鳴が聞こえた。
「な、何よこれ、これを言わなきゃいけないの?」
そんなに難問なのだろうか。
俺は目をつむりながらも、スグルが作ったと言う脱出ゲームに思いを馳せた。
まあスグルはこの学園でも最も頭が良いと言われるような生徒だ。
だから相当な難易度のものを用意するのは平気なのだろう。
「・・・スグルさん、仕組んだわね・・・?」
朱莉が何かぼそぼそ言っているが、うまく聞き取れない。
「朱莉、いいのか、ささやかなくて」
尋ねてみると、見えないながらに朱莉が動揺するのが感じられた。
彼女はしばらく机付近でうろうろしていたようだったが、そのうちに覚悟を決めたらしい。
そっとこちらに寄って来て、肩に手を乗せてきた。
やはり朱莉もまだ高校二年生、女の子だし背は俺よりも小さい。
だから俺の耳にささやくとなると、少し背伸びをしなくてはならないようだった。
「き、聞こえるかしら? このくらいなら・・・」
朱莉は小さくささやいてきた。
「うん、このくらいなら聞こえそうだよ」
返事をすると、朱莉の喉が上下に動いたのが聞こえる。
緊張しているのだろうか。
俺は彼女の声をしっかりと聞くために、そっと耳を澄ます。
「・・・お、おにいちゃん、が・・・」
お兄ちゃんが?
伝言ゲームにしては妙な言葉だとは思うが。
しかしそっとささやかれると、少しムズムズする感覚があるのは否めない。
朱莉が緊張していることもあってなのか、吐息が混じっているのだ。
「っ・・・」
朱莉が体を密着させてくる。
心臓がどくどくと高鳴っているのも腕へと伝わってくる。
「・・・き・・・なの、よ・・・へん、じ・・・」
何かをささやいてくれているのは分かる。
だが朱莉の声が途切れ途切れなせいでしっかりとは聞き取れない。
困った、これでは伝言ゲームにならない。
「っ・・・」
というか、ここまで至近距離で喋られると耳がそわそわして仕方ない。
吐息がかかるし、朱莉の心臓の音がずっと聞こえてるし。
「こ、これでいいかしら・・・?」
朱莉は我慢ならなくなったという様子で傍を離れ、胸元を抑えていた。
心臓が忙しく動いている自覚があるのだろう。
しかし残念なことにはっきりとセリフを聞き取ることはできなかった。
「うーんと・・・お兄ちゃんが・・・までは聞き取れたんだけど、そこから先が・・・」
俺が頭を下げると、朱莉はがっくりと肩を落とした。
それも単純にがっくりとしているというより、二重の意味でがっかりしているように見える。
「何よ、あたしの努力が水の泡じゃない・・・」
朱莉は恥ずかしそうに震えて、首元まで赤くなっているのが見える。
「ごめんな、頑張ってくれたのに」
俺が誤ると、朱莉は慌てたように首を振った。
「ち、違うわ、お兄ちゃんのせいじゃない、から・・・!」
ここで俺をかばってくれるあたり、朱莉はいつも健気な妹だと思う。
しかしこうなっては、俺が頑張るしかないだろう。
「じゃあ朱莉、次は俺が頑張るから、早くこのブロックを脱出しよう」
「そ、そっか、後攻があるのね・・・!」
朱莉はハッと思いだしたような顔になって、それから恥じるように両耳を撫でた。
「・・・た、耐えられるかしら・・・」
「耐えるも何も、聞き取れば大丈夫だよ。聞き取れるくらいの声量にしておくから」
「・・・え、ええ・・・」
にしてもこのゲーム、だいぶ俺たちの裁量で声を調整できるけれどいいんだろうか。
「・・・スグルさん、ほんとどこまで手回しする気なのかしら・・・」
朱莉はどこかあきれたような顔で、タブレットの方を見つめている。
俺はそんな朱莉の耳元に顔を寄せて、そっとささやいた。
「・・・このくらいの声なら、聞こえる?」
俺としては声量のチェックをしておきたかったのだが、どうも朱莉を驚かせてしまったらしい。
「ひゃっ・・・!」
びくりと朱莉の肩が跳ね、驚いたように彼女は飛び跳ねた。
「あっ、ご、ごめん、びっくりしたよね・・・!」
朱莉がかなり驚いていたようだったので、俺は慌てて謝った。
しかし朱莉はまだドキドキとした様子でこちらを見つめ、ついに顔全体を真っ赤に染めている。
もしかして朱莉は、耳が弱いのだろうか?
「ごめん、もしかして朱莉、耳弱い?」
「な、そ、そんなこと・・・!」
否定するように首を振った朱莉だったが、彼女はまだ動揺したように肩を上下させている。
「だ、大丈夫よ、や、やりましょ・・・」
朱莉は覚悟を決めたような顔をしたが、まだ狼狽を取り除けてはいないようだ。
ほ、本当に大丈夫なんだろうか・・・?
雲行きが怪しくなってきたような気がする。




