耳元ささやき脱出ゲーム・序
脱出ゲーム、スタート!
教室から出ても、朱莉はメイド服のままだった。
それなので目立つったらありゃしなくて、歩くたびに様々な男子・・・というか女子もいるか、男女問わずの視線が刺さった。
しかし朱莉はそれなど意に介さない様子でどんどんと進んでいく。
「脱出ゲーム・・・どんなものなのかしら・・・」
朱莉はかなり意気込んでいるようだ。
ドキドキ系と聞いているだけあって、肩の力が入っているのだろうか。
「そんなに気合を入れなくても・・・」
「いえ、だってこれは勝負だもの、私とスグルさんの・・・!」
朱莉にとっては、やはり自分のクラスの出し物とスグルのクラスの出し物で勝負をしていることになっているらしい。
「そうかあ・・・」
まあ彼女がやる気になっている分には認めてあげようかと思うものの。
あんまり意気込んでいても、あとでホラー要素に腰を抜かしてしまうんじゃなかろうか。
そうしているうちに、スグルのクラスの前にたどり着いていた。
「うお、あのメイドの子なに⁈ めっちゃ可愛くね?」
四方から朱莉に向かって声が飛んでくるが、朱莉はまっすぐにクラスの中だけを見つめている。
そして中からはドヤ顔をしたままのスグルが出てきた。
「やあ、よく来たね。ボクたちの脱出ゲームへようこそ!」
スグルは両手を開き、待っていたと言わんばかりに微笑んだ。
その笑みは何とも余裕そうだ。
対する朱莉は今から勝負をこの場で始めようとするような気迫を持っている。
「おお、朱莉ちゃんすごい気合じゃん・・・。まあ、そうこなくっちゃね。さあ、じゃあさっそく入ってもらおうか。脱出ゲームを始めよう」
スグルは俺たちに手招きをすると、そのまま髪をなびかせて教室の中へ入って行った。
教室へ足を踏み入れてみると、そこには予想だにしない光景が広がっていた。
まるで高校の出し物とは思えないようなクオリティだったのだ。
何か光る液晶パネルのようなものがあるし、教室全体が青みがかったライトで照らされている。
「すごいクオリティね・・・」
あまりの精巧さに、ライバルであるはずの朱莉もあっけにとられている。
すると前方からゲームマスターに扮したスグルが現れ、俺たちに紙とペンを渡してきた。
「さあ、脱出にあたって、二人には特別なルールを適用させてもらうよ?」
「特別なルール?」
俺たちが首をかしげると、スグルはそのとおりだ、と言いながらうなずいてみせた。
「今ボクが渡したその紙、それは今から人質になる。二人が脱出に失敗した場合、その紙を使って罰ゲームが執行されるんだよ」
「罰ゲーム?」
「今から二人にはその紙に、お互いに隠していることを書いてもらうよ。それで、脱出に失敗した場合、それをお互いに見せあうっていうルールだ」
俺はぽけんとしたまま説明を聞いていたが、俺にとってはそれはあまり罰ゲームにならないような気もする。
なぜなら俺はきょうだいには隠し事はしない主義だからだ。
だから、朱莉にも何か秘密を隠していると言うことはない。
そして朱莉だって俺に言っていないこともないだろうに・・・。
しかし朱莉の方を見ると、スグルが何やら彼女に対して耳打ちをしていた。
「・・・、・・・、・・・」
ぼそぼそとした声なので聞き取れないが、スグルはやけに笑っている。
さらに聞いている側の朱莉は顔を青くしたり赤くしたり。
最終的にはスグルの頭を軽く叩いた始末だ。
「おい、一体何を話してるんだよ」
「ん~? アドバイスをしてあげた方がいいのかなぁと思ってさ」
スグルはやけにしらじらしく口笛を吹く真似をした。
こういう仕草を見ると、スグルは本当に飄々としているものだと思う。
「アドバイスって・・・、朱莉、大丈夫か?」
なにやら硬直したまま動かなくなっている朱莉を見て、俺は心配になり声を掛ける。
しかし朱莉は何かを自らに言い聞かせるようにしてから大きくうなずいた。
「え、ええ、大丈夫よ・・・! ひ、秘密って言ったって、ね、脱出すれば晒さないで済むんだから」
彼女はそうとだけ言うと、後ろを向いて机の上に紙を乗せた。
それからペンの蓋を開けて何かを書き始める。
「ほら、お兄ちゃんもさっさと書いちゃって・・・」
朱莉に促され、俺もとりあえず紙にペンを走らせる。
とはいっても、書けた秘密はしょうもないものだ。
これを暴露されても、面白みになるかと言われると微妙だろう。
しかしスグルは俺たちが記入を終えたのを確かめると、そそくさと紙を回収してしまった。
「ふふん、なるほど、なるほど」
そして興味深そうに二人共の紙をじろじろ見つめる。
「ちょっと、スグルだけずるいじゃないかよ、勝手に見るなんて」
「えー、だってこれはゲームマスターとして特権だもん」
スグルは口が達者なので容易に言い返すことはできないが、もう見られてしまったものは仕方ないので諦めるしかない。
「さてさて、二人に記入してもらったからには、さっそくゲームを始めようか」
そう言うとスグルは俺たちを手招き、教室の奥へと案内していく。
そしてスグルはパーテーションの隙間へと消えて行こうとした。
「なんだ、スグル、行っちゃうの?」
俺が尋ねると、スグルは愉快そうに笑いながら返事をしてくる。
「そりゃ、ゲームマスターは別室にいるのが定石でしょう。各ブロックを進むごとに画面に動画が映るから、それに沿って脱出ゲームにトライしてね。それでは、健闘を祈る」
びしっと敬礼を決め、そのままスグルは消えて行った。
「行っちゃったわね・・・」
「な・・・」
まるで嵐のようにやって来て去って行ったものだ。
「でも進むしかないわよね」
「まあ、じゃなきゃ脱出できないもんな・・・」
すっかり取り残されてしまった俺たち二人だったが、その場にとどまっていても仕方がないので進むことにした。
まずは第一のブロックにやってきたようだった。
カーテンとパーテーションで区切られた空間の中は、机とその上に乗ったタブレットが用意されている。
そして俺たちがブロックの中に入ると、タブレットが起動した。
『やあ、第一のブロックへようこそ。ここでは二人で協力してゲームに挑戦してもらうよ』
画面に映し出されたのは、サングラスを付けただけのスグルだった。
「スグルじゃん!」
俺は思わずツッコんだが、画面の向こうなので通じるわけではない。
スグルは俺のことなどさっさとスルーして、ゲームの説明を始めてしまった。
『まず第一のゲームは、耳元ささやき伝言ゲームです』
「・・・耳元ささやき伝言ゲーム?」
「二人しかいないのに伝言ゲームできるの?」
俺たち両方が首をかしげると、まるで見計らったかのように画面内のスグルが喋り出した。
『ルールは簡単。タブレットに表示された文字を片方だけが見て、それをもう片方の耳にささやいて伝言できれば成功! 人数は二人しかいないけど、ささやき声だから伝わりづらいってわけだよ。だから意外と難易度も高いかもね?』
「はあ、なるほど・・・」
俺は説明に納得したが、一方の朱莉は慌てふためいているようだった。
「ま、待って、お互いの耳にささやくの・・・?」
朱莉は俺の顔を見た後、追い詰められたように顔を真っ赤にした。




