家事の天才・勉強の天才
文化祭の日に向かって行く中で、朱莉とスグルの間には何か火花のようなものが散っているようだった。
といってもスグルは何か余裕のあるような様子で、対する朱莉はかなり必死に見えた。
そこまで勝負に本気になる何かがあるのだろうか。
だが家に帰ってくれば普通に家族として生活する時間は確保されていて、スグルは少しずつだが家事を覚えていくようになった。
「まずは、洗濯をするときのコツね? 柔軟剤と洗剤の両方を忘れない事。とくに柔軟剤を忘れると布がごわごわになっちゃうから、気を付けるのよ?」
朱莉はスグルに丁寧に選択の方法を解説していた。
前に失敗をしたことを覚えているからだろうか、スグルもちゃんと朱莉に耳を貸している。
「じゃあ、洗剤は汚れを取るためで、柔軟剤は服を柔らかくするためなんだね?」
「ええ、そうよ。物覚えは良いのね」
すんなりと解説を覚えたらしいスグルに、朱莉は驚いたような顔をした。
「まあスグルはかなり頭がいいんだろう。だからすぐにいろいろ覚えるんだよな」
「・・・ふーん、頭がいいっていいわね」
朱莉はなんだかどこかうらやましそうにスグルを見た。
しかしスグルは後頭部に手を当て、困ったようにへこたれた。
「まあ、だけどそもそも説明を聞かずに行動したりするから、じゃんじゃん失敗もするんだけどもね・・・」
スグルの言う失敗とは、元の家で洗濯機を破壊したことだろう。
あの時ばかりは確かに俺も腰を抜かしそうになるほど驚いたものだ。
「まあ、失敗しても次に活かせばいいのよ。凹まなくてもいいの」
どこか頼もしいことを言う朱莉は、やっぱり長女だなと思う。
きょうだいの世話を見てきただけあって、大人びている部分が大きい。
「朱莉は優しいな」
俺が微笑むと、彼女は腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「あ、ありがとう」
しかしちゃんと感謝を述べては来る。
ここで否定しないのが朱莉らしいなと思って、またなんだか微笑ましい。
洗濯の練習が終わってからは、リビングに戻って来た。
するとそこでは陸斗とゆかりが宿題を解いており、ずいぶんと苦労しているようだった。
「うう~わかんないよ~」
「りくちゃん、どうしてとけないの?」
ゆかりに容赦ないことを言われ、陸斗はショックを受けたような顔になった。
「だ、だって、ぼくゆかりとちがってあたまよくないもん!」
妹にまさかのことを言われたのが衝撃だったのだろう、陸斗は泣きまねをした。
それからリビングにやってきた俺たちのことを見つけて、しょんぼりと肩を落とした。
「あ、お姉ちゃんたち・・・」
「どうしたのよ、陸斗」
朱莉に尋ねられて、陸斗は小さくなったまま答えた。
「・・・宿題がとけないの・・・」
宿題がとけないことが恥ずかしいのか悔しいのか、彼は指をもじもじと合わせている。
「なあに、お姉ちゃんに見せてごらんなさい」
そんな弟の姿を見て放っておけなかったのだろう、朱莉は陸斗の算数のドリルを見た。
それから鉛筆を持ち、なんとか教えようとしていく。
「ここ、ほら見てごらんなさい。リンゴ三つが九袋あったらどうなるの? 九×三はなんなの?」
もちろん朱莉からすれば簡単な問題だったのだろうが、おそらくは陸斗は掛け算そのものでつまずいているようだった。
「わかんないよ~・・・数字が大きくてけいさんできない・・・ゆびが足りないの!」
「まだ指で計算してるの・・・? そろそろひっ算ができるようにならないと・・・」
朱莉は不安そうな顔をした。
陸斗はもともと勉強が得意な方ではない。
このままでは学校で置いていかれてしまうのではないだろうかと思ったのだろう。
しかし、そんな彼女たちにスグルが声を掛けた。
「まあまあ朱莉ちゃん。最初は指で計算してもいいんだよ。だんだんひっ算に慣れて行けばいいんだ。苦手な時はゆっくりと慣れていくのが大切だよ」
なんだ、頼もしいことを言うじゃないか。
俺は少し驚いて、スグルの背中を見ていた。
スグルは家事になるとまったく一人では何もできないが、勉強を教えるとなるとかなり頼もしいようだ。
その背中もいつもより広く見える。
「スグルさん、教えてくれるの?」
「うん、もちろん。ボクに任せて」
スグルは陸斗の隣に座ると、鉛筆を持って解説を始めた。
「じゃあ陸斗、逆に考えてみない? 今はリンゴ三つが九袋って書いてあるけど、これってリンゴ九個が三袋でもいいよね? 図に書いて考えて見よう。おんなじ数になるかな?」
「絵に描いてみるの?」
「そうそう、やってごらん」
スグルは優しく促して、陸斗が絵を描けるように手伝った。
陸斗がたどたどしく絵をかき終わると、絵の中のリンゴを二人で一緒に数え始める。
「ほらみてみて、こっちは二十七個だね。で、こっちのリンゴは何個?」
「えっと・・・二十七個だ! おんなじ数あるね!」
「てことは、ここにあるリンゴは二十七個だよね」
「わあ! ぼくとけたよ! 問題とけた!」
陸斗は問題に正解できたことが嬉しかったらしく、飛び跳ねるようにして喜んだ。
「陸斗、掛け算って全部覚えてる?」
スグルは首を傾けながら陸斗に尋ねた。
陸斗はハッとしたように目を開いてから、恥じらうように首を振った。
「そ、その・・・一の段と、二の段と、三の段と、あと五の段しか言えない・・・」
陸斗としても覚えておくべきだと思っていたのだろう、顔を赤くしてうつむいてしまう。
しかしスグルはそんな陸斗を咎めることもなく、うんうんとうなずいてみせた。
「大丈夫だよ、恥ずかしがらないで。つまりは覚えたいって思ってるんだよね?」
尋ねられて、陸斗は勢いよく首を縦に振った。
「う、うん、覚えたいと思ってる!」
「そっか! じゃあボクと一緒に暗記カードを作ろう。それを毎日一緒に解いて、九九を覚えて行かない? 一つ段をコンプリートするごとに、ボクと一緒にゲームする権利をあげちゃうよ!」
上々なスグルの口車に、陸斗はすっかりと目を輝かせた。
「やったー! 僕絶対に頑張るね! スグルくんといっぱいゲームしたーい!」
なんとすっかりやる気になった陸斗だったが、朱莉はどこか母のような心配をしていた。
「ス、スグルさん?」
「ん? どうしたの?」
「ゲームをさせて大丈夫なの? 勉強させた方がいいんじゃないかしら?」
「ああ、そこね・・・」
朱莉は陸斗がゲームに気を取られるのではないかと心配したらしい。
「実はね、何かを禁止するより、ご褒美を与えた方が人はやる気が出るんだよ。知ってた?」
しかしスグルはウインクをして、そんなことを伝えてきた。
これは知らなかった豆知識だ。
「そ、そうなの?」
「うん、そうだよ。実際ボクもこうやって勉強してきたんだ。一日勉強した時間と同じ分ゲームやり放題っていうルールだったんだ、ボクの家は」
「まあ、そうなの?」
かなり自由な方針だったらしいスグルの家に、朱莉は驚いて手を口に添えた。
しかし実際スグルのような天才が育っているのだから、その教育方針は効果のあるものなのだろう。
「・・・陸斗、これから九九覚えられそう?」
朱莉がしゃがみ込んで尋ねると、陸斗は頬を赤くしてうなずいた。
「うん! めっちゃがんばる!」
子供らしい宣言だ。
手足を目いっぱいに広げて、うれしそうに言い切っている。
「そ、そう・・・なら頑張るのよ?」
朱莉もその様子を見て安心したのか、微笑ましそうに笑う。
「この家の教育は、ぜひともこの新堂スグルにおまかせあれ!」
スグルは堂々と胸を張り、手を添えてドヤ顔をした。
「頭がいいってすごいわねえ・・・」
朱莉もその姿には感嘆せずにいられなかったようで、スグルを見つめながら納得したように手を腰に当てている。
文化祭のことについてはバトルをしている二人だが、互いに得意分野のことについては認めあっているようだ。
仲がいいのやら、なんなのやら。
だがなんだかまとまりが出てきたなと思い、俺もひそかに笑顔を浮かべたのだった。




