フレンチトースト大臣
翌朝になってリビングに向かうと、そこからは何やら随分と言い争う声が聞こえた。
「ベーグルは作れないの⁈」
「そんな時間のかかるもの作れるわけないでしょ! フレンチトーストだって美味しいんだから、それで我慢してくれないかしら?」
どうも言い争っているのはスグルと朱莉のようだ。
見てみればキッチンの中に立っている朱莉に対して、スグルが何かを頼みこんでいるようだ。
「だ、だって、フレンチトーストと言えば、焦げ焦げでバターが少なくて、冷めてるやつしか食べたことないんだもん・・・!」
おそらくは今日の朝ごはんがフレンチトーストなのだろう。
しかしスグルは毎朝ベーグルを食べて過ごしてきたわけだから、他の料理に対して不安を抱いているようだ。
しかも家で過ごしていた時の様子を考えると、スグルが一人で作ってきた料理は壊滅的な出来になっていたはずだ。
「スグル、フレンチトーストがどんなものか知ってる?」
俺はもしやスグルはフレンチトーストそのものをよく理解していないのではないかと思い、尋ねてみた。
「えっと、硬いでしょ、焦げてるでしょ、黒いでしょ、苦いでしょ・・・」
「そんなもんじゃないわよ!」
一つもフレンチトーストの要素ではないものをあげていくスグルに、朱莉は軽い手刀を入れてツッコんだ。
「いいかしら、私の作るフレンチトーストを食べたら最後、もう他のフレンチトーストなんて食べられなくなるわよ?」
朱莉はスグルがフレンチトーストに対して誤認を抱いていることに不満を持ったのか、かなり自信にあふれたことを言った。
「本当かなあ?」
今まで散々料理で苦い思いをしてきたらしいスグルは懐疑的だったが、そこに陸斗と光莉が口を挟んだ。
「安心して、スグルちゃん。お姉ちゃんの作るフレンチトーストは本当にびっくりするくらい美味しいよ。一回食べてみて」
「ほんとうだよ! あまくてやわらかくて、とってもおいしいんだ。もしもたべられなかったら、僕が食べてあげるからいいよ!」
「あんたはいっぱい食べたいだけでしょ」
朱莉は陸斗にツッコミを入れたが、とりあえず、と言ってフライパンを取り出した。
「大人しく待ってたら、今回は特別に作ってあげるわよ。どうかしら?」
誘うような目つきで見つめられ、スグルは陥落したらしい。
「わーっ、そんなにみんなが言うなら気になるなぁ。分かった、じゃあ待ってるから、ぜひお願いします!」
スグルは手を打ってから急いで食卓の方へ向かい、キッチンにいる朱莉のことをそわそわと見つめだした。
「そ、そんなに見られたら気まずいんだけど・・・」
そうは言いつつも、朱莉は慣れた手つきでフレンチトーストを作っていく。
卵を割り、フライパンで食パンをひたし、砂糖などをちょうどいい分量混ぜ込んでいく。
「お皿を用意しておくよ」
スムーズに朝食が取れるように俺は皿を用意し、朱莉と一緒にフレンチトーストを配膳していく。
「わああ・・・!」
目の前に出てきたフレンチトーストを見て、スグルはキラキラと目を輝かせた。
「美味しそうだね、陸斗!」
「ね!」
どうもこの二人は気が合うらしい。
純粋さが似ているからなのだろうか。どちらにせよ微笑ましい。
「さあ、みんなそろったことだし食べようか」
俺は食卓に着き、みんなと一緒に手を合わせる。
「いただきまーす」
みんなが一斉にフレンチトーストに口を付けたが、もっとも最初に大きな声を出したのはスグルだった。
「うーん! おいしい! こんなに美味しいフレンチトースト初めて食べた! やわらかくて、甘くて、あったかくて・・・!」
スグルの言っていることを聞く限り、今までは真逆のものを食べていたのだろうかとちょっとゾッとはするものの、喜んでくれている事には嬉しい。
朱莉もまんざらではない顔をしているが、喜びを顔には出さないようにしているかのようだ。
「ふーん、それならよかったわ」
まるで当たり前のことをしただけだと言いたげな顔だ。
「おいしいよ、おねえちゃん!」
「うん、今日も上手にできてるね!」
しかし四方八方から褒められて、朱莉は焦ったように言い訳のようなものを始める。
「べ、別に、いつも通り作っただけよ。でも、ありがとう・・・褒めてくれるのは嬉しいわ」
照れくさそうな顔をして、朱莉はフレンチトーストを口に運んだ。
「そう、じゃあもっと褒めよう! 朱莉ちゃん、君は天才だ! フレンチトーストの天才だ! この安藤家のフレンチトースト大臣、いや、総理大臣は君に任せるとしよう!」
スグルがそんなめちゃくちゃなことを言って褒めたたえると、朱莉は牛乳を吹き出しかけた。
急いで我慢したらしいが、顔を紅潮させて困惑している。
「何よその役職!」
「そりゃ、この家のフレンチトーストを担う専門家という事さ!」
「そんな仕事ないのよ!」
言い争っている二人を見ていると、俺は思わず笑い声を漏らしてしまった。
くだらない言い争いだが、平和の象徴と言われたらそうだろう。
「まあまあ、いいじゃないか、フレンチトースト大臣になっても」
俺がそう言うと、朱莉はちょっと驚いたような顔をした後、しずかにうなずいた。
「ま、まあお兄ちゃんが言うならいいけど・・・」
すんなりと飲み込んだ朱莉に、光莉はにやにやと笑った。
「出た、デレ・・・」
くすっと笑った光莉に、俺はぽかんとしたままだった。
朝食を終えてからは、家族それぞれが学校に向かう時間だ。
悠斗はすでに母さんが保育園に連れて行ってくれている。
「じゃあ、学校に・・・」
そこまで言ったが、俺はとあることを思いだした。
そういや、朱莉とスグルの学校って同じだよな?
つまり、同じ学校に今から行くのか?
二人を振り返ると、ちょうど二人も同じ問題に気が付いたようだった。
「ス、スグルさん、約束だから、あたしたちが一緒に暮らしてることは内緒よ?」
朱莉は言い聞かせるようにしてスグルの肩を掴んでいる。
「さ、さあ、どうしようかな・・・」
スグルははぐらかそうとしたようだったが、すぐに朱莉のとんでもない剣幕によってかき消された。
「言っちゃダメって言ってるでしょ⁈」
「は、はいっ、わかりましたぁっ!」
芯のあるスグルではあるが、朱莉の強さには敵わないらしい。
うん、どこの家でも長女は強いものなのだろう・・・。
次回から文化祭編に突入します。
スグルvs朱莉・・・?
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