「好き」ってどの「好き」?
それから髪を乾かしたらしい朱莉が風呂から戻って来た。
パジャマ姿になっており、髪もラフに降ろされている。
「お先・・・。スグルさんもお風呂入る?」
「あ、じゃあもらおうかな」
スグルは陸斗のもとから立ち上がり、風呂に向かって行った。
朱莉はその後ろ姿を見送ってから、俺の方を振り向く。
「お兄ちゃん。二階の布団用意したいから、一緒に来てくれる?」
「ああ、スグルの部屋か。もちろんいいぞ」
朱莉の力だけでは大変だからだろう。
当然手伝いに行く。
二階に上って行ってから、スグルの部屋として整理した物置部屋の中に布団を敷く。
「本当にこんな部屋でいいのかしらね」
朱莉は部屋をぐるりと見まわしてから、不安そうに呟いた。
まあもともとは物置部屋だったわけだから、急造感が否めないのは仕方ないだろう。
「まあ、突然の事だったし、今日はこれでいいよ。これからスグルと一緒に部屋を作り上げていけばいいさ」
「そうね・・・」
二人で会話をしながら布団の準備をしていたが、俺は思い切って例のことを尋ねてみることにした。
「なあ朱莉、さっきスグルと何の話をしてたんだ?」
しかしそれを尋ねたとたん、朱莉はまるでゆでだこのように顔を赤くした。
さらにはとんでもない距離を飛んで後退した。
なんか、似たような光景を動画で見たことがある気がする。
猫がきゅうりを背後に置かれたら、それにびびって飛び上がるっていう動画。
「わ、忘れてって言ったじゃない!」
どうもものすごい慌てようだ。
それほどに聞かれたくない事だったのだろうか。
しかし兄として心配なものは心配なのだ。
「でも、心配なんだよ」
「し、心配?」
心配だと言うことを伝えると、今度は少し朱莉も落ち着いたようだった。
「心配って、何が?」
「・・・朱莉は、俺と血が繋がってないってことを気にしてるのか?」
朱莉の中に、一つでもわだかまりがあってほしくないと思った。
俺はできるだけ朱莉が気にしないように、気を遣った口調で尋ねた。
すると彼女は顔をまた赤くしてから、しかしすぐに困ったように目を泳がせる。
「そ、それは、その・・・っ!」
どうもかなり困っているのか、両頬を手で包んだままうつむいてしまう朱莉。
目はどこか潤んでいるように見えるし、耳まで赤くなっている。
「お、お兄ちゃんは、お兄ちゃんだって思ってるんだもん・・・!」
どこか追い詰められたような顔だ。
必死にこちらを見つめては、今にもしぼんでしまいそうなほど震えている。
「どうしたんだ、朱莉?」
何かを言いたそうな顔だ。
俺がそっと尋ねてみると、朱莉は恥ずかしそうにしたまま顔を上げた。
「お兄ちゃんって、好きって言われたら嬉しい?」
好きって、言われたら・・・?
俺は思わず布団を広げていた手を止めた。
そりゃ、好きって言われたら嬉しいものだろう。
相手に好意を持ってもらえるなんて、それほど喜ばしいこともないような気がする。
「嬉しいよ、そりゃ」
だから俺は思いをそのままに答えたのだが、朱莉はその答えにまた首を振った。
「もーっ! 絶対分かってないわよ! お兄ちゃんの言ってる好きって、その、友達とかきょうだいとかとしての好きでしょ・・・?」
朱莉は唇を尖らせて、まるですねたかのように目線を逸らした。
こういう仕草を見ると、やっぱり小さい頃の朱莉を思い出すなと思う。
朱莉は小さいころから張り切った性格で、負けん気が強かった。
俺が何かをすると、かならず競争しようとして着いてくるような子だった。
「そうだよ、だから、俺は朱莉のこと大好きだよ」
何だかいじらしい朱莉が可愛らしく思えて、俺は気持ちを伝えた。
きょうだいのなかでもいつも長女としてしっかり者で、朱莉には感謝してもしきれない。
しかし朱莉は大きく目を見開くと、俺の胸元に飛び込んできた。
「うおっ、朱莉?」
俺はてっきり抱きしめられるものかと思ったが、実際は胸板を拳で軽く何度も殴られた。
力加減こそしているようだが、感情がこもっているのか普通にちょっと痛い。
「ちょ、ちょっと朱莉っ、痛いって! どうしたの!」
朱莉を止めようとすると、彼女は潤んだ目のままこちらを見上げてきた。
「どうしたも何もないわよ! 鈍感ってレベルじゃ済まないわよ!」
「ど、鈍感?」
「・・・私も好き、って言ったらどうするの?」
朱莉は俺の胸元に拳を添えたまま、うつむき気味にそう呟いた。
部屋の中に、しばらく沈黙があふれる。
しかし俺はすぐに笑顔を作って、当然だと言わんばかりに答えた。
「嬉しいよ、そりゃ」
当然のことだ。
大事な妹に好きだと言われて、喜ばないやつがいるわけがない。
しかし朱莉は今度こそ本気でへそを曲げたような顔をした。
「もーっ! 何なのよ! 全然通じないじゃない!」
彼女は腕を組んで、それから嘆くように顔を手で覆った。
「・・・でも、そういうとこも好き・・・。私のほうが馬鹿だわ・・・」
そして恥ずかしげに何かを呟いて、そのままふらふらと部屋を出て行こうとした。
「あ、ちょっと、朱莉。行っちゃうの?」
「・・・だって、もう寝る時間でしょ?」
「そりゃそうだけど・・・」
ずいぶんと騒がしいな、と朱莉の背中を見送ることしかできない。
それにしても、突然好きと言いだすなんて、言われなくても伝わっているけれど。
「朱莉、心配しなくても俺はずっとお兄ちゃんだからな」
朱莉に微笑みかけると、彼女はどこか遠くを見た。
「・・・絶対に振り向かせて見せるから」
彼女の瞳の中に何か闘志のようなものが燃えている気がして、俺は思わず驚いた。
「ふ、振り向かせる?」
「・・・ん、何でもないわよ。じゃあおやすみ」
しかし朱莉はさらっと話を切りあげると、そのまま階段を降りて行ってしまった。
「光莉たちー、寝るわよー」
きょうだいたちに声を掛けているようだ。
彼女はまだ小さなきょうだいを寝かしつけてから寝る仕事がある。
毎日えらいなあ、と思うと同時に、振り向かせるとは何なんだ?という疑問が浮かんだ。




