ツンデレデレデレ
「まずはボクがどう生活させていただくかを計画しなければなりません」
着々と話を進めていくスグルに、俺は唖然としたまま。
普段は相手を遮って話すことのできる朱莉でさえも、勢いに飲まれている。
スグルはテレビの前に腰かけると、どこからともなくホワイトボードを取り出した。
「いや、ホワイトボードどこから出した⁈」
思わずツッコむと、スグルはくすくす笑った。
「それは野暮なツッコミですな」
「野暮も何もないでしょ!」
まったくどこから取り出されたのだか分からないホワイトボードに、同じくどこから持ってきたのか分からないマーカーを走らせるスグル。
そしてそこには図が完成した。
「まずは生活計画です」
「はあ」
「まずは寝る場所がなければいけませんね。このお家で空いている場所を貸してもらえると聞いていますので、睡眠場所は確保できたと考えていいでしょう」
スグルがスムーズに話を進めたので、朱莉の視線がこちらに向いた。
「・・・お兄ちゃん、貸し出すって言ったんでしょ」
「ご、ごめん。だってあてもなく招くのは・・・」
「まあいいんだけど・・・」
朱莉もいちいち指摘していられなくなったのか、とりあえずは大人しくスグルの話を聞いておくことにしたらしかった。
「そして食事や水道代などのお金、こちらが懸念点ですね」
生々しい話だっただけに、朱莉は少し気の引ける顔になった。
しかしスグルは淡々と続ける。
「こちらに関しては、ボクが学習料としてお支払することにします」
「ん⁈」
スグルが生活費を肩代わりすると言う言葉に、朱莉の目が輝いた。
これは先程までの女子高生の気弱な目ではない。
一家を支える大黒柱の目つきだった。
「スグルさんが払ってくれるの?」
「うん、もちろん。そりゃあボクはここに〈生活の練習〉に来させてもらってるんだから、その分の代金を払うのは当然でしょ」
風の吹いていないときの海のような、穏やかな顔つきのスグル。
そしてそれを見つめる朱莉は、だんだんと口元がほころんでいった。
我慢しようとしているらしいが、お金には弱いらしい。
どうもお金に弱いのは、俺たち兄妹に共通の部分だったようだ。
「あーっ、もう特別なんだからね! 今回は特別! これ以上人数が増えたら大変だから、スグルさんで定員ねっ。お兄ちゃんのお仕事のこともあるし、仕方なくってことね」
朱莉はようやく納得がいったように頷いて、スグルの方を見た。
もらえる金額のことも考えての了承だったとは思うが、朱莉も割とすんなり折れてしまったものである。
これはスグルの交渉術もあってのことなのだろうか。
前にベーグルをもらっていたスグルの姿が蘇った。
「ともかく、寝る場所とかを準備するから着いてきてちょうだい」
朱莉はそう言ってスグルを連れ出した。
おそらくは寝る場所などを紹介しに行ったのだろう。
その様子を背後から見送っていたが、そのうちにリビングに残っていた光莉が笑い出した。
「どうした?光莉」
「いや、やっぱりお姉ちゃんってツンデレどころじゃないよねって」
「ツンデレ?」
光莉に言われてみて思ったが、まあ確かに朱莉はツンデレっぽいと思うこともある。
しかしツンデレどころじゃないとは、どういうことか。
「ツンデレどころじゃないって、どういうこと?」
「えっとさ、なんていうんだろ。デレの部分が大きくない?」
「うーん、そうかな」
光莉はどこかニヤニヤとしながらそう言っていたが、俺にはあまり思い当たるところがない。
まあ朱莉は優しいけれど、デレているだろうか。
「えっ、お兄ちゃん自覚なし?」
「え、自覚なしっていうか・・・」
「やば・・・あれはもはやツンデレデレデレデレと言ってもいいくらいなのに・・・」
光莉はどこか遠い目をした。
スケッチブックを抱きしめたまま、俺を引いたような目で見てくる。
「朱莉に勝手に変な名前を付けてやるなよ」
「お兄ちゃんって鈍い・・・鈍いどころじゃない・・・麻痺してるかも・・・」
こりゃ重症だ、とでも言いたげな顔だ。
そう言われるほどなのだろうか・・・。
それからしばらくすると、二階から何やら言い合いをしながらスグルと朱莉が降りてきた。
「だっ、だから、秘密って言ってるでしょ! 言う事なんてないわよ!」
「その態度がなおのこと怪しいですな。実際、義理のきょうだいなんでしょう?」
「そ、それはそうでも、お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんだし・・・!」
何を言い合っているのやら。
スグルはやけにニヤニヤしているし、朱莉は顔が真っ赤だ。
階段を言い争いながら降りて来て、朱莉は俺と目が合うとさらに耳まで赤くなった。
「スグルさん! その話、お兄ちゃんの前では絶対に禁止だからね? わかった?」
朱莉はどうもかなり必死だ。
何かの話をスグルに禁止している。
「なんだよ、俺が関係することなのか?」
俺の前では話すなと言われると、余計に気になってしまうのだけれど・・・。
しかし声を掛けてみると、朱莉はさらに声を張り上げてしまった。
「もーっ! お兄ちゃん興味持っちゃダメ! 聞かなかったことにして!」
「そ、そうは言われてもな・・・」
朱莉は聞かなかったことにしろと言うが、聞いてしまったものは聞いてしまったものだ。
「もうっ、スグルさん意地悪しないで」
朱莉はそのまますねた様子で廊下に向かって行く。
「・・・あたし、一番風呂もらうわね」
そしてそのまま廊下を曲がって行ってしまった。




