第9話 真実を試す国
「盗むのはダメだからね」
王立カード保管庫を見上げながら、私はもう一度念を押した。
隣ではオラクルが腕を組み、見るからに不満そうな顔をしている。
「じゃあ聞くけどよ。正面から行って『☆3の秘宝ください』って言ったら、くれると思うか?」
「……思わない」
「だろ?」
「でも盗むのもダメ」
「面倒くせぇ奴だな、お前」
「普通です!」
私たちの目の前には、巨大な建物がそびえていた。
白と黒の石を交互に積み上げた外壁。窓はすべてカードの形をしていて、屋根の四隅にはハート、ダイヤ、クラブ、スペードの像が立っている。
そして正面には、さっき遠くから見えた巨大な《JOKER》のカード。
門の前には何十人もの兵士が立っていた。
どう考えても、盗みに入る場所ではない。
「まず話を聞こうよ」
「誰に?」
「受付とか」
「秘宝の保管庫に受付嬢がいると思ってんのか?」
いた。
「いらっしゃいませ」
建物の横にある小さな窓口で、女性がにこやかに頭を下げた。
オラクルが無言になる。
私は勝ち誇った顔で横を見る。
「いたね」
「……カードの国、意味分かんねぇ」
受付の女性は慣れた様子で尋ねた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
私は聖なるマップを見せないよう気をつけながら答える。
「《真実のカード》について知りたいんです」
女性の笑顔が消えた。
周囲の空気まで変わった気がした。
「……真実のカードを?」
「はい」
「どこでその名前を?」
「それは――」
言いかけて止まる。
聖なるマップのことを簡単に話していいか分からない。
するとオラクルが横から口を挟んだ。
「旅の途中で噂を聞いたんですよ」
女性はオラクルを見る。
「噂、ですか?」
「ああ。どんな嘘も見破るすげぇカードがあるって」
受付の女性は、しばらくオラクルを見つめた。
そして机の下から一枚の白いカードを取り出した。
「では、確認させていただきます」
「何を?」
「今の言葉が真実かどうかを」
オラクルの尻尾がぴたりと止まった。
「……え?」
白いカードが光った。
次の瞬間。
【FALSE】
赤い文字が浮かぶ。
私はオラクルを見る。
オラクルは目を逸らした。
「噂じゃないんじゃん!」
「細かい!」
「細かくない!」
受付の女性が、少しも笑わずに言う。
「この国で《真実のカード》を求めるのであれば、嘘はおすすめしません」
「最初から試された……」
オラクルが頭を抱えた。
さすがカードの国。
入口から厳しい。
私は一歩前へ出た。
「私が探してるんです」
女性がこちらを見る。
「理由を伺っても?」
「お父さんとお母さんを探すためです」
白いカードが光る。
【TRUE】
「二人がどこにいるのか、私は知りません。名前も顔も分かりません。でも、この世界のどこかにいるって、おばあちゃんから聞きました」
【TRUE】
文字が一つずつ浮かぶ。
何だか妙な気分だった。
自分では分かっていることなのに、「真実だ」と目の前で示される。
「それで……《真実のカード》なら、何か手掛かりが見つかるかもしれないと思って」
カードがまた光った。
【TRUE】
受付の女性の表情が少し変わった。
「なるほど」
オラクルが小声で耳打ちしてくる。
「お前、本当に嘘つかねぇんだな」
「つく必要ないもん」
「人生しんどそうだな」
「泥棒に言われたくない」
女性は席を立った。
「少々お待ちください」
奥へ消えていく。
数分後。
戻ってきた彼女の後ろには、白いローブを着た老人がいた。
長い銀髪。
胸元には、ハート、ダイヤ、クラブ、スペード――四つの紋章が重なった徽章。
「この少女か」
老人が私を見る。
「はい」
「名は?」
「フールです」
「フール……」
老人は何か考えるように目を細めた。
ほんの一瞬だった。
でも、確かに。
私の名前に反応した。
「私のこと、知ってるんですか?」
「いや」
老人はすぐに首を振る。
「珍しい名前だと思っただけだ」
白いカード。
反応しない。
さっきのカードは受付の女性が持っている。
今の言葉が本当なのか、確かめることはできなかった。
なぜだろう。
胸の奥に、小さな違和感が残った。
老人は杖をつき、私たちに背を向けた。
「ついて来なさい」
「入っていいんですか?」
「《真実のカード》を欲する者には、挑戦する権利がある」
オラクルの耳が立つ。
「挑戦?」
老人が振り返った。
「真実のカードは、盗めぬ」
オラクルが固まった。
「別に盗もうなんて――」
受付の白いカードが光る。
【FALSE】
「もう喋らない方がいいよ」
「そうする……」
王立カード保管庫の内部は、想像していた場所とまるで違った。
宝箱や金庫が並んでいると思っていたのに、長い廊下の左右に浮かんでいるのは無数のカード。
炎を封じたカード。
剣が描かれたカード。
小さな竜がカードの中を動き回っているものまである。
「全部、秘宝なんですか?」
「いや」
老人が歩きながら答える。
「この国では、魔法、契約、記録、財産。あらゆるものをカードという形で管理する」
「すごい……」
緑の子がいたら、絶対に目を輝かせただろう。
分厚い本を抱えて、「全部読みたいでぷ!」なんて言ったかもしれない。
胸が少し痛む。
でも、私は前を向いた。
長い階段を下りる。
一階。
地下二階。
地下三階。
どんどん深くなっていく。
オラクルが周囲を観察していた。
「兵士がいねぇな」
「必要ない」
老人が答える。
「ここから先は、嘘をつく者には進めぬ」
階段の先に、一枚の巨大な扉が現れた。
扉には文字が刻まれている。
【真実を望む者よ】
【まず己を偽るな】
老人が扉の前で止まった。
「ここより先へ行けるのは、挑戦者のみだ」
「俺も行く」
オラクルが一歩前へ出る。
老人は首を振った。
「一人だ」
「でも――」
私はオラクルを見る。
少し怖い。
何があるのか全く分からない。
それでも。
「行くよ」
三匹のゴブリンが守ってくれた命だ。
怖いからって止まっていられない。
オラクルはしばらく私を見ていたが、やがてため息をついた。
「分かった」
「うん」
「危なくなったら逃げろよ」
「オラクルがまともなこと言ってる」
「お前なぁ……」
少し笑った。
それだけで緊張が軽くなった。
老人が扉へ手を置く。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な石扉が開いた。
その向こうは、真っ暗だった。
一歩入った瞬間。
背後の扉が閉じた。
「えっ!?」
完全な暗闇。
「ちょっと!?」
返事はない。
次の瞬間。
パッ。
床に光が灯った。
円形の部屋。
中央には椅子が一つ。
そして正面に――巨大な鏡があった。
鏡に映っているのは私。
「これが試練……?」
どこからともなく声が響いた。
『座れ』
私は辺りを見回す。
誰もいない。
仕方なく椅子へ座った。
鏡の中の私は、不安そうな顔をしていた。
『これより三つの問いを行う』
『嘘をつけば、失格』
『己すら欺く嘘であれば――代償を支払う』
「代償?」
答えはない。
鏡の表面が揺れた。
最初の文字が現れる。
【第一問】
【お前は、なぜ両親を探す?】
「そんなの……」
簡単だと思った。
「会いたいから」
鏡が光る。
【不十分】
「え?」
不正解ではない。
でも、十分でもない。
『真実を答えよ』
「会いたいからだよ!」
【不十分】
「じゃあ何なの!?」
私は苛立った。
でも。
鏡に映っている自分の顔を見た。
泣きそうだった。
ずっと、心の奥にあったもの。
お父さんとお母さんに会いたい。
それは本当。
でも、それだけじゃない。
私は膝の上で拳を握った。
「……聞きたいから」
鏡が静まる。
「どうして私を置いていったのか」
胸が痛い。
今まで誰にも言わなかった。
おばあちゃんにも。
三匹にも。
「私のこと、いらなかったのかなって……ずっと思ってた」
声が震える。
「もし会って、『お前なんか知らない』って言われたらって考えると……怖い」
涙が一粒落ちた。
「でも、それでも知りたい」
私は鏡の中の自分を見た。
「私が愛されてたのか。それとも……本当に捨てられたのか」
長い沈黙。
そして。
【TRUE】
文字が金色に変わった。
胸が締め付けられる。
でも不思議と、少しだけ軽くなった。
第二の問いが現れる。
【第二問】
【三匹のゴブリンが死んだのは、お前のせいか?】
息が止まった。
「……」
頭の中に、三匹の最後が蘇る。
私を守るために。
逃げろと言って。
三人でNo.1へ向かっていった。
「私の……」
言葉が出ない。
「私のせいだよ」
鏡が光る。
【FALSE】
「……え?」
私は目を見開いた。
「だって、私がいなかったら三人は――」
【FALSE】
「でも!」
声が響く。
『真実を答えよ』
涙が溢れた。
「分かんないよ!」
私は立ち上がった。
「じゃあ誰のせいなの!?」
鏡の中の私が揺れる。
赤い子。
緑の子。
黄色い子。
三匹の姿が鏡に映った。
『フールちゃんは、パパとママに会うでぷ』
『絶対に一人じゃないでぷ』
『ちゃんと幸せになるでぷよ』
「……」
私は口元を押さえた。
三匹は自分で選んだ。
私を守ると。
戦うと。
命を懸けると。
それを「私のせい」と言うことは。
三匹の選択まで否定することなのかもしれない。
「……私のせいじゃない」
震える声で言った。
「でも……私のために死んだ」
鏡は静かだった。
「だから忘れない」
私は涙を拭った。
「私が悪かったことにして終わらせない。三人が守ってくれた理由を、無駄にしない」
光が広がる。
【TRUE】
鏡の三匹が笑った。
そして消えた。
私は目を閉じた。
「ありがとう……」
最後の問いが現れる。
【第三問】
文字を見た瞬間。
背筋が冷たくなった。
【真実を知れば】
【今まで信じていたものを失うとしても】
【それでも、お前は真実を望むか?】
長い間。
答えられなかった。
おばあちゃん。
お父さん。
お母さん。
もしかしたら。
知りたくなかったことまで知るかもしれない。
両親が私を捨てたのかもしれない。
悪い人なのかもしれない。
もう会いたいと思えなくなるような真実かもしれない。
「怖いよ」
私は正直に言った。
鏡は何も示さない。
「すごく怖い」
それでも。
私は顔を上げた。
「でも、知らないまま勝手に決めつける方が嫌だ」
おばあちゃんにも秘密がある。
両親にも。
TIMEにも。
この世界にも。
何かが隠されている。
「私は――」
胸へ手を当てる。
「真実を知りたい」
鏡が眩しいほど輝いた。
【TRUE】
その瞬間。
鏡が砕けた。
「えっ!?」
無数の破片が宙へ浮かぶ。
その中心。
一枚のカードが現れた。
純白の縁。
中央に描かれた、開いた瞳。
その下に刻まれている。
【☆3】
私はゆっくり手を伸ばした。
カードへ触れる。
聖なるマップが強く光った。
【秘宝を確認】
【☆3 真実のカード】
「これが……」
手に取った瞬間。
カードの瞳が開いた。
そして。
私を見た。
ぞくり。
頭の中へ直接、知らない声が流れ込む。
『フール』
「……え?」
『お前には――』
カード全体が激しく震えた。
『すでに一度』
その瞬間。
バキンッ!
何かがカードの力を遮った。
真実のカードから光が消える。
「一度……何?」
返事はない。
聖なるマップには、赤い文字だけが浮かんでいた。
【ERROR】
【対象の過去に、強力な干渉を確認】
私は動けなかった。
「私の過去……?」
なぜ。
生まれた時のことすら覚えていない私の過去に。
《真実のカード》さえ読み取れない何かがあるのか。
そして――。
カードが最後に言おうとした。
『すでに一度』
その続きは。
何だったのだろう。
最後までありがとうございます!
今回は《真実のカード》を手に入れるための試練でした。
「真実を知る」ということは、必ずしも良いことばかりではありません。
それでもフールは、自分の両親を探すために前へ進みます。
そして最後、カードがフールに伝えようとした言葉。
「すでに一度――」
その続きは、まだ秘密です。




