第10話 真実のカードが暴くもの
砕けた鏡の破片が、ゆっくりと床へ落ちていく。
私はその中心で、一枚のカードを握り締めたまま動けずにいた。
【☆3 真実のカード】
白銀の縁。
中央には、こちらを見つめる一つの瞳。
さっきまで確かに、そのカードは私へ何かを伝えようとしていた。
『お前には――すでに一度』
そこまで。
その先だけが、何かに遮られた。
「すでに一度……何なの?」
もう一度問いかける。
返事はない。
カードに描かれた瞳も、今はただの絵に戻っている。
聖なるマップには、まだ赤い文字が残っていた。
【ERROR】
【対象の過去に、強力な干渉を確認】
「私の過去に……?」
覚えているのは、おばあちゃんと暮らしていた日々だけ。
もっと小さい頃のことなんて、ほとんど記憶にない。
私は本の世界で生まれた。
そして、おばあちゃんと一緒に外の世界へ逃げた。
今知っているのは、それだけだ。
「おばあちゃん……何を隠してるの?」
胸の奥に、小さな不安が生まれる。
でも。
第三の問いで答えたばかりだ。
真実を知りたい、と。
「……行こう」
私は真実のカードを大切にしまい、閉ざされた扉へ向かった。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……。
触れてもいないのに、石扉が左右へ開いた。
向こう側には、銀髪の老人とオラクルが待っていた。
「フール!」
私を見るなり、オラクルが駆け寄ってくる。
「遅ぇよ! 何時間待ったと思ってんだ!」
「何時間?」
「三時間だ!」
「そんなに!?」
私には、せいぜい数十分にしか感じなかった。
老人が静かに言う。
「あの部屋では、外と時間の流れが異なる」
「そんなこと先に言ってよ!」
「試練の前に余計な情報を与えることはできぬ」
「心配したんだぞ!」
オラクルが私の頭を軽く叩く。
「いたっ」
「途中で叫び声もしねぇし、扉は開かねぇし。死んでんじゃねぇかと思った」
「……心配してくれたの?」
「別に」
その瞬間。
私の懐から、真実のカードが勝手に飛び出した。
「え?」
カードが淡く光る。
【FALSE】
沈黙。
私はオラクルを見る。
オラクルはカードを見る。
もう一度、私を見る。
「……このカード嫌いだ」
「心配してくれてたんじゃん!」
「うるせぇ!」
思わず笑ってしまった。
老人はそんな私たちを見ながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「どうやら選ばれたようだな」
「選ばれた?」
老人の視線が、私の手にあるカードへ移る。
「真実のカードは、保管庫に置かれている宝ではない」
「え?」
「挑戦者の中から、自ら所有者を選ぶ」
私はカードを見る。
「じゃあ……これ、持っていっていいんですか?」
「ああ」
「本当に!?」
驚いて声が大きくなった。
☆3。
国同士が争うこともあるほどの秘宝だと、オラクルは言っていた。
そんな物を本当に私が?
「ただし」
老人の声が低くなる。
「勘違いするな」
私は背筋を伸ばした。
「そのカードは万能ではない」
「万能じゃない?」
「真実とは、世界のすべてを知る力ではない」
老人は杖を床へつく。
「何も知らぬ問いから答えを生み出すことはできん。死人の心を好き勝手に覗くこともできん。遥か遠くにいる者の居場所を無条件に示すこともない」
「じゃあ、どう使うんですか?」
「問いと真実が結びついた時、偽りを暴く」
老人が真実のカードを指差した。
「そして時には――所有者自身が目を背けている真実さえもな」
さっきの試練を思い出した。
『三匹のゴブリンが死んだのは、お前のせいか?』
私は、自分のせいだと思い込んでいた。
真実のカードは、それを否定した。
「真実を知ることが、必ずしも人を幸せにするとは限らん」
老人は私をまっすぐ見る。
「それでも持っていくか?」
私は迷わなかった。
「はい」
お父さんとお母さんを探すため。
そして。
私自身に何が起きたのかを知るため。
「私は、知らないまま諦めたくないです」
老人はしばらく黙っていた。
「……そうか」
そして背を向ける。
「ならば、決してそのカードに頼りすぎるな」
歩き出しながら、老人が続ける。
「真実だけでは、人は救えぬ」
その言葉だけが。
なぜか、強く心に残った。
保管庫を出ると、すでに夜になっていた。
アデューの街にはカード型の魔法灯が浮かび、赤や青の光で通りを照らしている。
「やったー!」
私は思いきり両腕を上げた。
「手に入った!」
「おう」
「☆3だよ!」
「分かってる」
「真実のカードだよ!」
「だから分かってるって!」
オラクルは少し呆れていた。
でも私は嬉しかった。
この世界へ来てから、初めて自分の力で手に入れた大きな手掛かりだ。
三匹にも見せたかった。
そう思った瞬間、少しだけ胸が痛くなる。
私は真実のカードを見つめた。
「ねえ、オラクル」
「ん?」
「これで、お父さんとお母さんのことを調べられないかな?」
「さっき爺さんが言ってただろ。何も分からねぇ状態じゃ無理なんじゃねぇか?」
「でも、試してみたい」
私はカードを両手で持った。
「私のお父さんとお母さんは、この世界にいる?」
カードはしばらく沈黙した。
光らない。
「やっぱりダメか……」
その時。
カードの瞳が、ほんの一瞬だけ開いた。
けれど文字は出ない。
代わりに聖なるマップが光った。
【条件不足】
「条件不足……」
「名前も顔も知らねぇからな」
オラクルが言う。
「まずは親につながる何かを探すしかねぇ」
「うん」
がっかりはした。
でも、前とは違う。
少なくとも道具は手に入った。
あとは手掛かりを見つければいい。
「じゃあ次は――」
私は聖なるマップを開く。
その時だった。
ふと。
あることを思い出した。
「そういえばさ」
「何だ?」
「オラクル、最初に『東に用がある』って言ってたよね」
「ああ」
「何の用?」
「大したことじゃねぇよ」
真実のカードが光った。
【FALSE】
「……」
「……」
私はゆっくりオラクルを見る。
オラクルはゆっくり目を逸らした。
「大したことあるんじゃん」
「便利すぎるだろ、そのカード!」
「何隠してるの?」
「何も隠してねぇ」
【FALSE】
「隠してる!」
「いちいち反応すんな!」
「カードに怒らないでよ!」
オラクルは頭を抱えた。
「最悪だ……。盗賊と一番相性悪い秘宝じゃねぇか」
「で、何を隠してるの?」
「言いたくねぇ」
今度はカードが反応しなかった。
私は少し驚いた。
嘘ではない。
ただ、話したくない。
カードはそこまで無理やり暴こうとはしないらしい。
「……分かった」
私はカードをしまった。
オラクルが意外そうに私を見る。
「聞かねぇのか?」
「話したくないならいいよ」
「でもお前、知りたがりだろ」
「自分から話してくれるまで待つ」
私だって。
おばあちゃんに秘密にされていた。
それが苦しかったからといって、今度は私が誰かの心を無理やり開けていいわけじゃない。
オラクルは何も言わなかった。
でも。
少しだけ、困ったような顔をした。
「……お前、変な奴だな」
「泥棒に言われたくない」
「盗賊だ!」
いつものやり取りに戻った。
その時だった。
「動くな!」
大通りの両側から声が響いた。
ガシャッ!
十人以上の兵士が一斉に現れる。
私たちを取り囲んだ。
「え?」
全員、アデュー王国の鎧を着ている。
槍の穂先が――オラクルへ向けられた。
「対象を確認!」
先頭の兵士が紙を広げる。
そこには。
オラクルそっくりの猫の顔が描かれていた。
【指名手配】
「……オラクル?」
私は横を見る。
オラクルは額に汗を浮かべていた。
「あー……」
「何、その反応」
「フール」
「何?」
「走るぞ」
「え?」
「捕らえろ!」
兵士たちが一斉に飛びかかってきた。
「ちょっとおおおおお!?」
オラクルが私の腕を掴み、走り出す。
「どういうこと!?」
「説明は後だ!」
「何したの!?」
「大したことじゃねぇ!」
私の懐から真実のカードが飛び出した。
【FALSE】
「大したことあるじゃん!!」
「今はカードしまええええっ!」
「待て、オラクル!」
「国家宝物窃盗、王宮侵入、衛兵への暴行その他十五件の容疑で逮捕する!」
私は走りながら固まった。
「十五件!?」
「昔の話だ!」
【TRUE】
「本当にやってるじゃん!!」
「そこだけ真実になるな!」
夜のアデューを、私たちは全力で逃げた。
しかし。
角を曲がった瞬間。
前方にも、ずらりと兵士が並んでいた。
後ろも塞がれている。
屋根の上には弓兵。
「……詰んだな」
オラクルが呟く。
「どうするの?」
「一つだけ方法がある」
「本当に?」
「ああ」
オラクルは私の肩へ両手を置いた。
そして、真剣な顔で言った。
「俺を見捨てて逃げろ」
真実のカードは――。
光らなかった。
嘘ではなかった。
「嫌」
「フール」
「嫌ったら嫌!」
オラクルが目を見開く。
私はその隣へ並んだ。
「三匹の時みたいに、また誰か一人だけ置いていくのは嫌なの」
一瞬。
オラクルの表情が変わった。
けれど。
「……馬鹿」
小さく呟いて。
彼は両手を上げた。
「分かった。降参だ」
「え?」
兵士が駆け寄り、オラクルの両腕へ拘束具をつける。
「オラクル!」
「お前まで捕まる必要ねぇ」
「でも!」
「心配すんな」
オラクルは笑った。
いつもの軽い笑顔。
「こういう場所から逃げるのは得意だ」
真実のカードが――。
淡く光った。
【FALSE】
「……」
オラクルの笑顔が引きつった。
私は唇を震わせた。
「逃げられないんじゃん」
「このカード、本当に嫌いだ……」
兵士たちに連れて行かれるオラクル。
私はその背中を追おうとした。
しかし兵士に止められる。
「面会なら明日以降だ」
「どこに連れていくんですか!?」
「アデュー王立刑務所だ」
巨大な鉄の馬車の扉が閉まる。
ガチャン。
オラクルの姿が見えなくなった。
そして――。
馬車は夜の街へ走り去った。
私は一人、道の真ん中に残された。
昨日。
三匹の仲間を失った。
今日。
ようやくできた新しい仲間まで、連れていかれた。
「……もう」
私は拳を握った。
「私の仲間、次から次へといなくなりすぎ!」
聖なるマップを開く。
そこには、今までなかった新しい表示が浮かんでいた。
【SUB QUEST】
【盗賊猫オラクルを救え】
私は即座に地図を丸めた。
「言われなくても行くよ!」
こうして。
せっかく《真実のカード》を手に入れたその日の夜。
次の目的地は――。
世界でも有数の脱獄困難を誇る、
アデュー王立刑務所に決まった。
お読みいただきありがとうございます!
《真実のカード》が仲間入りしました。
便利そうに見えますが、何でも答えてくれる万能アイテムではありません。
そして、さっそくオラクルとの相性が最悪でした。
嘘をつくたびに暴かれる盗賊……。
かなり生きづらそうです。
次話は、オラクルの過去へ。




