第11話 カードの国と、フードの男
「すごぉぉぉい!」
アデューの門をくぐった瞬間、私は思わず声を上げた。
カード。
右を見てもカード。
左を見てもカード。
店先には色とりどりのカードが並び、建物の壁には巨大なカードの絵が描かれている。頭上を見上げれば、魔法で作られたカードまで鳥のように空を飛び回っていた。
「本当に町中カードだらけ!」
「前見ろ、フール。人にぶつかるぞ」
隣を歩くオラクルに注意されても、目が足りないくらいだった。
ここはカード王国――アデュー。
世界中から珍しいカードが集まり、売買だけではなく、遊戯や魔法、契約にもカードが使われる国らしい。
「ねえオラクル。ここにあるカードって、全部魔法が使えるの?」
「全部じゃねぇよ。ただの遊戯用もあれば、魔法を封じた物もある。召喚、転移、契約、記憶……種類なんて数え切れねぇ」
「面白そう!」
私はさっそく近くの露店へ駆け寄った。
【☆1《一分だけ髪が伸びるカード》】
「……いらない」
次。
【☆1《なくした靴下の片方だけ見つけるカード》】
「これはちょっと欲しい」
「何に使うんだよ」
さらに隣。
【使用すると三秒間だけ声がものすごく低くなるカード】
「オラクル、これ買って!」
「何で俺が使う前提なんだ!」
久しぶりに、声を出して笑った。
三匹を失ってから、旅の途中で笑うこと自体が少なくなっていた。
お父さんとお母さんを探したい。
TIMEについても知りたい。
やらなきゃいけないことは山ほどある。
それでも。
楽しいものを見て、楽しいと思うくらいは許されるよね。
そんなことを考えながら歩いていると、オラクルがふと足を止めた。
「フール。あれ見ろ」
「何?」
通りの端に、小さな露店があった。
周囲の店には何十枚、何百枚とカードが並んでいるのに、その店に置かれているのは一枚だけ。
店番をしているのは若い女性だった。着ている服には何度も縫い直した跡があり、明らかに裕福そうには見えない。
「カード、一枚だけなんですか?」
私が尋ねると、女性は少し恥ずかしそうに笑った。
「家に残っている最後の売り物なの」
「最後?」
「弟と妹がいるんだけど、両親がいなくてね。今は私が二人を育ててるの」
胸の奥が、小さく痛んだ。
「お姉さん一人で?」
「うん。大変だけど……家族だから」
家族。
その一言に、どうしても反応してしまう。
私も、もしお父さんとお母さんに会えたら。
一緒に暮らせるのかな。
三人でご飯を食べたり、喧嘩したり、普通の家族みたいに過ごせるのかな。
視線を落とすと、露店に置かれた一枚のカードが目に入った。
特別豪華な絵でもないし、強そうな魔力も感じない。
「これ、いくらですか?」
女性が値段を口にする。
財布の中身を確認すると、払えない金額ではなかった。
ただ、隣のオラクルが私の耳元へ顔を寄せる。
「相場より高ぇぞ」
「そうなの?」
私が女性を見ると、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ご、ごめんなさい。本当はもう少し安いカードなの。でも今日中に弟たちの食べ物を買わないといけなくて……」
私は財布から金Bを取り出した。
「じゃあ、これでください」
「え?」
女性が目を丸くする。
私は言われた金額より少し多く渡した。
「多いよ!」
「弟さんと妹さんに、美味しいもの買ってあげてください」
「でも、こんなに――」
「いいんです」
私は笑った。
その瞬間。
黄色い布を巻いた、小さなゴブリンの顔が頭に浮かんだ。
いつも大きな金貨袋を抱えていた、お金の子。
きっとあの子なら。
こういう時。
「でぷ!」
って、迷わず渡す気がする。
胸の奥が少しだけ痛んだけれど、不思議と嫌な痛みではなかった。
「ありがとう……本当にありがとう」
女性は目に涙を浮かべ、何度も頭を下げた。
弟と妹の待つ家へ急ぐのか、大切そうにお金を抱えて人混みの中へ消えていく。
オラクルが呆れたように私を見る。
「お前、金持ちには向いてねぇな」
「じゃあオラクルが金持ちになればいいじゃん」
「そのつもりだ」
「じゃあ私の分も稼いで」
「何で急に俺が養う話になってんだ!」
私は笑いながら、買ったカードを鞄へしまおうとした。
その時。
聖なるマップが淡く光った。
【RECORD】
『名もなき買い物』
【価値:???】
「……また記録された」
「何が?」
「今のこと」
私は表示をオラクルへ見せた。
「☆もついてないし、クエストでもないのに」
オラクルは少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「地図にとっちゃ、値段以外の価値があるってことじゃねぇか?」
私は、買ったばかりの何の変哲もないカードを見る。
「値段以外の価値……」
今はまだ。
よく分からない。
それでも私は、そのカードを捨てずに大切に鞄へしまった。
◇ ◇ ◇
「……ん?」
何となく視線を感じて振り返った。
人混みの向こう。
黒いフードを目深に被った人物が立っている。
顔は見えない。
ただ、その視線の先には――さっきカードを売ってくれた女性がいた。
「オラクル」
「あ?」
「あそこ。黒いフードの人」
オラクルもさりげなく視線を向けた。
「……確かに怪しいな」
「追う?」
「待て」
今にも駆け出しそうになった私の肩を、オラクルが掴んだ。
「知らねぇ奴を片っ端から追ってたら、いつまで経っても目的地に着かねぇぞ」
「あ」
忘れていた。
私は慌てて聖なるマップを開く。
【SPECIAL QUEST】
『真実を手にせよ』
【対象:☆3《真実のカード》】
地図上の光は、アデューの中心部を越え、さらに奥にある巨大な建物を指していた。
私はその建物を見上げる。
「……あれ何?」
「王宮だな」
オラクルの目が一気に輝いた。
「王宮!?」
「面白くなってきやがった」
「何で嬉しそうなの?」
「泥棒に王宮を見せる方が悪い」
「絶対盗んじゃ駄目だからね!」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「目が盗む人の目してる!」
言い合いながら、私たちは王宮へ向かって歩き出した。
けれど数歩進んだところで、私はもう一度だけ振り返った。
黒いフードの人物は、もういなかった。
「……気になるなぁ」
「だったら覚えとけ」
オラクルが言う。
「怪しい奴ってのはな。無理に追わなくても、本当に縁があるなら向こうからもう一度現れる」
「泥棒の経験?」
「人生経験だ」
「オラクル何歳なの?」
「そこはどうでもいいだろ!」
私は笑いながら前を向く。
カード王国アデュー。
目的は《☆3 真実のカード》。
けれど。
この時の私はまだ知らなかった。
さっきすれ違った黒いフードの人物が。
これから始まる王宮の事件へ、すでに深く関わっていることを――。
最後までありがとうございます!
読んで良かったらブックマークやレビューお願いします!




