第12話 オラクルの収賄失敗
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カード王国アデューの中心に建つ王宮は、町のどこから見ても分かるほど巨大だった。
真っ白な城壁の向こうには何本もの塔がそびえ、その最も高い場所では、アデュー王家の紋章が描かれた旗が風にはためいている。
私は《聖なるマップ》と王宮を何度も見比べた。
【SPECIAL QUEST】
『真実を手にせよ』
【対象:☆3《真実のカード》】
【現在位置:アデュー王宮内部】
「やっぱり、この中だね」
「まあ、そう簡単にゃ入れねぇだろうけどな」
オラクルが煙草を咥えながら答えた。
王宮の正門には屈強な兵士が何人も立ち、入っていく人は一人ずつ身分証まで確認されている。
どう見ても、気軽に入れる場所ではない。
それでも私は、まだ諦めていなかった。
「普通にお願いしたら、入れてくれるかもしれないよ?」
「お前は時々、信じられねぇくらい世の中を信用するよな」
「やってみないと分からないでしょ」
私はそのまま正門へ向かった。
◇ ◇ ◇
「こんにちは!」
門の前に立つ兵士へ元気よく挨拶すると、鎧姿の男が怪訝そうに私を見下ろした。
「何の用だ?」
「《真実のカード》を見せてください!」
「帰れ」
即答だった。
「早い!」
まだ一秒くらいしか経っていない。
「お願いします。見るだけでいいんです!」
「駄目だ」
「ちょっとだけ!」
「駄目だ」
「触らないから!」
「駄目だ」
何を言っても駄目だった。
私は肩を落とし、少し離れたところで待っていたオラクルの元へ戻る。
「駄目だって」
「そりゃそうだろ。王宮にある秘宝を『見たいです』で見せてもらえるなら、俺の仕事はもっと楽だ」
「じゃあ、どうするの?」
その瞬間――。
オラクルの口元が、にやりと吊り上がった。
「ここは俺に任せろ」
嫌な予感がした。
かなり。
「オラクル?」
「世界一の泥棒になる男の交渉術を見せてやる」
「その肩書き、交渉する時は隠した方がいいと思う」
私の忠告を無視して、オラクルは正門の兵士へ近づいていった。
◇ ◇ ◇
「旦那」
「何だ」
さっき私を追い返した兵士が振り向く。
オラクルは周囲を確認すると、少しだけ声を落とした。
「ちょいと頼みがあるんだが」
その手には――一枚の金貨。
私は目を細めた。
「オラクル」
「黙って見てろ」
さらに金貨が一枚増えた。
「俺たちは王宮の中へちょっと入りてぇだけだ。別に悪さしようってわけじゃねぇ」
兵士は、オラクルの手の中にある金貨をじっと見つめた。
「…………」
オラクルが笑う。
「な? 話くらい分かるだろ?」
すると、兵士も笑った。
「そうか」
「おっ、話が分か――」
ガシッ。
兵士の大きな手が、オラクルの肩を掴んだ。
「贈賄未遂だ」
「……え?」
「おい。こいつを連れていけ」
「待て待て待て待て!」
すぐに別の兵士たちが集まってくる。
オラクルは慌てて金貨を引っ込めた。
「誤解だ! 俺はただ、人と人との円滑な交流を――」
「金を渡そうとしただろう」
「これは……あれだ!」
「何だ?」
オラクルの目が泳ぐ。
「……寄付?」
「連れていけ」
「今考えたでしょ!」
「フール! 助けろ!」
「知らないよ!」
結局――。
私まで事情を聞かれるため、王宮横の兵士詰所へ連れていかれることになった。
王宮へ入るどころか、その隣にある詰所へ入ることになるなんて。
誰が予想しただろう。
◇ ◇ ◇
「まったく……」
私は椅子に座り、向かいにいるオラクルを睨んだ。
「ごめんなさいは?」
「悪かったよ」
「ちゃんと」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
「なんで俺がガキに説教されてんだ……」
横にいた兵士が、堪えきれないように小さく笑った。
事情を確認した結果、私はすぐに帰っていいことになったらしい。
ただし――。
「その猫は、もう少しここに残ってもらう」
「俺だけ!?」
「当然だ」
「いや待て、こいつも一緒に――」
「巻き込まないでよ!」
オラクルはそのまま、詰所の奥にある鉄格子へ押し込まれた。
「フール!」
「何?」
「助けろ!」
「反省して!」
「もうしてる!」
私は鉄格子を見る。
オラクル。
煙草。
――吸ってる。
「全然反省してないじゃん!」
「これは反省する時に吸う煙草だ!」
「そんな煙草ないよ!」
とうとう兵士たちまで肩を震わせ始めた。
私は大きくため息をつき、《聖なるマップ》を開く。
【SPECIAL QUEST】
『真実を手にせよ』
【進行状況:停滞】
「……ほら。地図にも呆れられてる」
「地図が余計なこと言うな!」
当然、王宮へ近づく計画は完全に止まってしまった。
今日はもう諦めるしかないかな。
そう思った――その時だった。
◇ ◇ ◇
「だから、俺のだって言ってるだろ!」
詰所の奥から、少年の怒鳴り声が聞こえた。
見ると、私より少し年上くらいの少年が、一人の兵士と言い争っている。
「拾得物は一度こちらで確認する決まりだ」
「だから、ただの☆1カードだって!」
「危険な効果がないとは限らない」
二人の間にある机。
その上に、一枚のカードが置かれていた。
「……何あれ?」
透明だった。
正確には、カードの輪郭だけがうっすらと見えていて、中央部分は向こう側が透けている。
少年が言った通りなら☆1。
それほど珍しい物には思えなかった。
なのに――。
ピカッ。
私の手の中で、《聖なるマップ》が光った。
「え?」
新しい文字が浮かび上がる。
【SIDE QUEST】
『透明なカード』
【重要度:???】
「……重要度?」
☆1なのに。
《聖なるマップ》が、わざわざ反応した。
私は透明なカードから目を離せなくなった。
すると、鉄格子の奥からオラクルが低い声を出す。
「フール」
「何?」
「あのカード、もうちょいよく見ろ」
さっきまでのふざけた声とは違う。
真剣だった。
「知ってるの?」
「たぶんな。あれは潜入用の魔法カードだ」
「潜入?」
「使った人間の姿を、一時的に見えなくする」
私は数秒、固まった。
そして――ゆっくりと王宮の方向を見る。
鉄格子の中にいるオラクルも、同じ方向を見た。
「……もしかして」
「ああ」
オラクルが悪そうに笑う。
「正面から入れねぇなら、見えなくなって入ればいい」
「それ、不法侵入って言うんじゃない?」
「真実を知るためだ」
「犯罪者がよく使いそうな言い訳!」
「俺、犯罪者だからな」
「開き直った!」
だけど――。
私はもう一度、《聖なるマップ》を見る。
【SIDE QUEST】
『透明なカード』
何も聞いていないのに、聖なるマップ自身があのカードを示した。
以前、この地図は私へ教えてくれた。
――星の多さは、万能を意味しない。
私たちが求めているのは、王宮にある☆3《真実のカード》。
そして今、目の前に現れたのは――小さな☆1。
もしかしたら。
今の私に本当に必要なのは、強そうな☆3を追いかけることではなく――。
「あのカードを手に入れること……?」
《聖なるマップ》が一度だけ、淡く光った。
私は顔を上げる。
少年はまだ兵士と言い争っている。
次にやることは決まった。
王宮へ入る前に――まずは、あの《透明なカード》について調べよう。




