第13話 透明なカード
「そのカード、どうしたの?」
私は、兵士と言い争っていた少年へ声をかけた。
少年は警戒するようにこちらを見ると、机の上に置かれていた透明なカードを持ち上げる。輪郭だけが薄く光り、中央から向こう側が透けて見える、不思議なカードだった。
「これか? 市場の裏で拾ったんだよ」
「売ってくれない?」
「……は?」
少年が目を丸くする。
「お願い。私、それが必要なの」
すると、鉄格子の向こうからオラクルの声が飛んできた。
「フール! 何に使うかまで全部喋るなよ!」
「分かってるよ!」
危ない。
もう少しで「王宮へ忍び込むため」と言うところだった。
少年は私とオラクルを交互に見比べる。
「お前ら、何なんだ?」
「えっと……探し物をしてるの」
嘘ではない。
王宮にある《真実のカード》を探しているのだから。
「それで、そのカードが必要なの」
少年はしばらく私を観察したあと、透明なカードを指先でくるりと回した。
「いくら出す?」
「え?」
「カードが欲しいんだろ。だったら値段の話だ」
「あ、そっか」
私は財布を取り出した。
残っているお金は、それほど多くない。
「3銀B!」
「安い」
「じゃあ5銀B!」
「まだ安い」
「7銀B!」
「もっと」
「高いよ!」
鉄格子の向こうから、オラクルが呆れた声を出す。
「お前、交渉下手すぎんだろ」
「だったらオラクルがやってよ!」
「俺は牢屋だ!」
「自分のせいでしょ!」
「ぐっ……!」
少年が吹き出した。
「何なんだよ、お前ら」
「私もよく分かんなくなってきた」
◇ ◇ ◇
しばらくして、少年は笑うのをやめた。
そして透明なカードを見つめながら、小さく息を吐く。
「……金はいらない」
「え?」
「代わりに頼みがある」
その瞬間、《聖なるマップ》が淡く光った。
【QUEST】
『透明なカード』
【依頼人:???】
【目的:少年の妹へ薬を届ける】
【報酬:☆1《透明なカード》】
「クエストになった……」
「何?」
「ううん、こっちの話」
少年によると、妹が数日前から高い熱を出しているらしい。
両親はいない。
少年が一人で面倒を見ているものの、薬を買うお金が足りない。そこで市場の裏で拾った透明なカードを売り、そのお金で薬を買おうとしていたという。
「だったら最初から言ってくれればいいのに」
「知らない奴に、いきなりそんな話できるかよ」
「あ……それもそうか」
私は少し反省した。
生意気そうに見えたけれど、この子は自分のためにお金が欲しかったわけじゃない。
妹を助けたかったんだ。
「分かった。薬、買ってくる」
「本当に?」
「うん。その代わり、妹さんのところまで案内してね」
少年は少し迷ったあと、頷いた。
◇ ◇ ◇
薬屋まではすぐだった。
問題は――値段だった。
「……足りない」
財布の中を何度数えても、ほんの少し届かない。
アデューへ来てから宿代や食事代も使ったし、昨日は家族を養っている女性からカードを買う時にも、少し多めにお金を渡している。
目の前に薬があるのに、買えない。
「どうしよう……」
その時。
鞄の奥に入れていた小さな袋へ、指先が触れた。
黄色いゴブリンが最後に残してくれた――金貨袋。
私はしばらく、その袋を握ったまま動けなかった。
できれば使いたくない。
大切なものだから。
あの子が、ずっと大事そうに抱えていたものだから。
でも――。
もし、あの子がここにいたら。
熱を出して苦しんでいる女の子を前にして、それでも金貨を抱え込むだろうか。
頭の中に浮かんだ黄色い子が、いつもの顔で笑った気がした。
――でぷ!
「……そうだよね」
私は金貨を一枚取り出した。
「これも使います」
薬屋の主人へ差し出す。
大切だから使わないんじゃない。
大切な子が残してくれたものだからこそ――その子ならどう使うかを考えたい。
「ありがとう」
誰もいないのに、小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
少年について行くと、町外れにある古い家へ辿り着いた。
小さな部屋のベッドで、幼い女の子が眠っている。頬は赤く、苦しそうな呼吸を繰り返していた。
「お兄ちゃん……?」
女の子が薄く目を開ける。
「薬、持ってきたぞ」
少年は、さっきまでとは別人のような優しい顔になり、妹の頭を撫でた。
「もう大丈夫だからな」
私は水を用意し、少年と一緒に薬を飲ませる。
しばらくすると、女の子の呼吸が少しずつ穏やかになっていった。
「……よかった」
少年も大きく息を吐いた。
そして妹が眠ったのを確認すると、ポケットから透明なカードを取り出す。
「約束だからな」
「いいの?」
「妹を助けてくれた。俺が嘘ついたら格好悪いだろ」
私はカードを受け取った。
その瞬間――《聖なるマップ》が光る。
【QUEST COMPLETE】
『透明なカード』
【報酬】
☆1《透明なカード》
【効果】
使用者、および使用者に接触している対象を一定時間、視認不能にする。
【制限】
使用時間には限界があります。
高位の魔力感知には発見される可能性があります。
再使用には一定時間を要します。
「なるほど……完全に無敵ってわけじゃないんだ」
☆1だから弱い。
そんな単純な話でもない。
今の私たちに必要なのは、敵を倒す力じゃない。
見つからずに王宮へ入る力。
だったら――このカードには十分な価値がある。
さらに《聖なるマップ》へ、新しい記録が浮かんだ。
【RECORD】
『金より大切なもの』
私はその文字を見てから、鞄の奥にある金貨袋へそっと触れた。
「……うん」
黄色い子。
今日、また一人助かったよ。
◇ ◇ ◇
詰所へ戻ると、オラクルはまだ鉄格子の中にいた。
「遅ぇ!」
「取ってきたよ」
透明なカードを見せると、オラクルの目が輝く。
「おおっ、本当に手に入れたのか!」
「でも、オラクルには貸さない」
「なんでだよ!」
「絶対、悪いことに使うから」
「使わねぇよ!」
私はじっと見る。
「本当に?」
「…………」
「今、黙った!」
近くにいた兵士が、呆れたようにため息をついた。
「その猫なら、もう釈放していい」
「本当!?」
オラクルが鉄格子へしがみつく。
「ただし条件がある。二度と兵士に金を握らせようとするな」
「分かった」
兵士が睨む。
「本当に?」
「……分かったって」
今、ちょっと間があった。
大丈夫かな、この猫。
◇ ◇ ◇
ようやく詰所から解放されたオラクルは、外へ出るなり大きく伸びをした。
「自由だぁ!」
「半日くらいしか入ってないよ」
「牢屋は一分でも長ぇんだよ」
すぐに煙草へ火をつけようとしたので、私は手を伸ばして止める。
「せめて反省が終わってから吸って」
「いつ終わるんだよ、その反省」
「明日くらい?」
「長ぇ!」
少し笑ってから、オラクルは私が持っている透明なカードへ目を落とした。
「☆1か」
「うん」
「けど、今の俺たちには☆3より価値がある」
私も頷いた。
《聖なるマップ》が教えてくれた。
星の数だけで、価値は決まらない。
必要な時に、必要な力を使う。
その意味が、ようやく少し分かった気がする。
「で、どうするの?」
私が尋ねると、オラクルは王宮を見上げた。
太陽はすでに傾き始め、白い城壁が夕焼けに染まっている。
「今夜だ」
「今夜?」
「ああ」
オラクルが悪そうに笑った。
「王宮へ忍び込む」
胸が大きく鳴った。
怖い。
悪いことをしている気もする。
でも、《真実のカード》を盗むつもりじゃない。
私が欲しいのは、お父さんとお母さんへ繋がる手掛かりだ。
「……見るだけだからね」
「分かってる」
「絶対盗まないでね」
「分かってるって」
「本当に?」
「しつけぇ!」
その瞬間――。
《聖なるマップ》へ新しい表示が浮かんだ。
【SPECIAL QUEST UPDATE】
『真実を手にせよ』
【NEXT OBJECTIVE】
アデュー王宮へ侵入せよ。
私は思わず息を呑んだ。
初めての王宮潜入。
そして――。
初めて《真実のカード》そのものへ近づく夜が、始まろうとしていた。
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