第14話 黒扉の守護竜
ゴゴゴゴゴゴ――。
黒い扉が、ゆっくりと開いていく。
隙間から吹き出してきたのは、生暖かい風だった。
土や埃とは違う。
獣のような臭いが混じっている。
そして。
暗闇の奥で開いた巨大な目が、私たちを見た。
「……あれ、目だよね?」
「見りゃ分かる」
オラクルが短剣を構えたまま、一歩ずつ後ろへ下がる。
「問題は、目だけで俺よりデカいってことだ」
「それ全然安心できない!」
次の瞬間。
ズンッ!!
地面が揺れた。
暗闇の中から、巨大な前脚が現れる。
黒い鱗。
一本一本が盾みたいに大きな爪。
続いて長い首が伸び、扉の向こうから巨体が姿を現した。
「ドラゴン……!」
天井近くまである巨大な身体。
頭から伸びた二本の角は途中で折れ、全身には何本もの太い鎖が巻きついている。
胸元には、大きなカード型の金属板が埋め込まれていた。
そこに刻まれている文字。
【王家守護獣 グランガルド】
レオニス王子の顔が強張った。
「そんな……実在したのか」
「知ってるんですか!?」
「王家に伝わる古い記録にだけ登場する。初代国王が従えたとされる古代竜――グランガルド」
オラクルが叫んだ。
「そんなもん地下に隠してたのかよ!」
「私も初めて見た!」
「王子だろ!?」
「王子なら何でも知っていると思うな!」
こんな状況なのに、二人が言い争い始める。
その時。
グランガルドが口を大きく開いた。
喉の奥が赤く輝く。
「二人とも!」
私は叫んだ。
「今それどころじゃ――」
ドオオオオオッ!!
灼熱の炎が吐き出された。
「うわあああっ!」
三人同時に床へ飛び込む。
炎は頭上を通り抜け、後ろに並んでいた古い記録棚へ迫った。
「燃える!」
そう思った瞬間。
パァン!
棚の前に透明な膜が現れた。
炎が左右へ弾かれる。
中の記録には、火の粉一つ届いていない。
オラクルが顔を上げた。
「自分で守ってる物は燃やさねぇのか」
レオニス王子が剣を構える。
「ならば、倒す必要はないかもしれない」
「え?」
「こいつは守護獣だ。役目はこの場所を守ること」
王子がグランガルドの胸を見る。
「敵ではないと認めさせれば、戦わずに済む可能性がある」
「どうやって?」
「分からない」
「そこ一番大事!」
その時だった。
ブオンッ!!
巨大な尻尾が横薙ぎに迫ってくる。
「伏せろ!」
オラクルに頭を押さえられ、私は床へ倒れ込んだ。
尻尾が頭上を通過する。
直後。
ズガンッ!!
石柱が一本、真っ二つになった。
私はゆっくり顔を上げる。
「……あれ当たったらどうなる?」
「たぶん二度と腹減らなくなる」
「死ぬって言ってよ!」
「同じことだ!」
そんな中。
黒扉を開けた白い仮面の人物は逃げていなかった。
グランガルドをじっと観察している。
「おい仮面!」
オラクルが怒鳴った。
「お前が開けたんだろ! 何とかしろ!」
「想定外だ」
「その一言で済ますな!」
グランガルドの巨大な爪が、仮面の人物へ振り下ろされる。
ズドンッ!
仮面の人物は寸前で横へ跳んだ。
衝撃で仮面がずれる。
一瞬だけ。
長い銀髪と、女性の横顔が見えた。
「女の人……?」
私が呟く。
相手はすぐに仮面を押さえ直した。
「今は関係ない」
「気になるけど!」
「生き残ってから気にしろ!」
オラクルの言う通りだった。
私は《真実のカード》を取り出した。
力で戦えば勝てない。
なら。
何を守っているのか。
なぜ襲うのか。
それが分かれば――。
「試してみる」
「何を?」
「このカード!」
私は真実のカードを掲げた。
「グランガルドは、私たち全員を殺そうとしている!」
カードの瞳が開く。
【FALSE】
「……え?」
オラクルも目を丸くする。
「殺す気じゃない?」
レオニス王子がすぐに言った。
「なら排除すること自体が目的なのかもしれない」
私は続けた。
「グランガルドは、この部屋を守ってる!」
【TRUE】
「それは見れば分かるだろ!」
「確認大事でしょ!」
次。
「《王家の鍵》を持っていれば、攻撃されない!」
【FALSE】
「違う……」
私は歯を食いしばる。
じゃあ何が必要なの?
その時。
レオニス王子が壁に刻まれた古い文字を見つけた。
「待て」
「何か分かった!?」
王子が埃を払いながら読む。
「『守護者は、王の血ではなく――王の資格を問う』」
「資格?」
「続きがない」
「え?」
文字の先は、崩れた壁ごと失われていた。
オラクルが頭を抱える。
「なんで一番大事なところだけ壊れてんだよ!」
グランガルドが再び口を開く。
赤い光。
「来る!」
三人が散る。
ドオオオオオッ!!
炎が床を舐める。
走りながら、私は必死に考えた。
王の血ではない。
王の資格。
この部屋には、王家が隠してきた記録がある。
秘密。
証拠。
国の歴史。
守るべきものは――。
「……盗まないこと?」
足を止める。
オラクルが振り返った。
「何?」
私はカードを構える。
「この部屋にあるものを盗もうとした人を、グランガルドは敵だと判断する!」
一瞬の沈黙。
【TRUE】
「当たり!」
オラクルが叫んだ。
次の瞬間。
自分を指差す。
「待て! じゃあ俺が一番危険じゃねぇか!」
「盗賊だからね!」
「職業差別だ!」
「日頃の行い!」
グランガルドの視線が、オラクルへ移る。
「ほら見ろ! 俺見てる!」
「盗むつもりないって言って!」
「言わなくても分かれ!」
「ドラゴンにそれ求めないで!」
レオニス王子が白い仮面の人物へ剣を向けた。
「お前は?」
「何がだ」
「この場所から何かを持ち出すつもりか?」
仮面の人物は黙った。
私は真実のカードを向ける。
「何か盗むために来たの?」
「違う」
【TRUE】
グランガルドの唸り声が、少し弱くなる。
「じゃあ何が目的?」
しばらくして。
仮面の人物が答えた。
「記録だ」
「記録?」
「三年前に消された、一つの記録を探している」
【TRUE】
レオニス王子が眉をひそめる。
「何の記録だ」
初めて。
仮面の人物の声が震えた。
「私の父が、国家反逆罪で処刑された事件だ」
誰も言葉を挟まなかった。
「父は死ぬ直前まで言っていた」
仮面の奥から、低い声が続く。
「『王家の秘室に、自分の無実を証明する記録が残っている』と」
【TRUE】
私はグランガルドを見た。
攻撃が止まっている。
「あなたはそれを確認しに来たの?」
「そうだ」
【TRUE】
「盗むためじゃなくて?」
「真実を知るためだ」
【TRUE】
グランガルドの瞳から、赤い光がさらに薄れる。
私はオラクルを見る。
「オラクル」
「嫌な予感がする」
「この部屋から何か盗む?」
「盗まねぇ!」
【TRUE】
「本当に?」
「カードが本当って言ってるだろ!」
「成長したね」
「俺を何だと思ってんだ!」
「盗賊」
「そうだった!」
自分で納得しないでほしい。
次に王子へ向ける。
「レオニス王子は、この部屋の秘密を自分のために利用する?」
王子が驚いた。
「私まで試すのか?」
「全員って感じだから」
「……しない」
【TRUE】
グランガルドが頭を低くする。
あと一人。
私。
私は胸に手を当てた。
もしかしたら。
この部屋に、お父さんやお母さんにつながる情報があるかもしれない。
そう思うと、全部持って帰りたいくらいだった。
でも。
それは違う。
「私は、この部屋から何かを奪うために来たんじゃない」
真実のカードが眩しく輝いた。
【TRUE】
その瞬間。
グランガルドの胸に埋め込まれたカード型の板が光る。
【資格確認】
【侵入者四名】
【略奪意思――無し】
【敵性解除】
巨大な古代竜が。
ゆっくりと頭を下げた。
ドスン。
床へ伏せる。
「……止まった?」
誰もすぐには動かなかった。
オラクルが恐る恐るグランガルドへ近づく。
「もう噛まない?」
グランガルドの片目が開く。
「うおっ!」
オラクルが私の後ろへ隠れた。
「私を盾にしないで!」
「反射だ!」
「自分より小さい女の子を盾にする盗賊初めて見た!」
「ドラゴンの前じゃ男女平等だ!」
「使い方絶対違う!」
レオニス王子が額を押さえる。
「……君たちといると、命の危険を忘れそうになるな」
グランガルドが守っていた奥の空間。
そこには金銀財宝など一つもなかった。
古い記録カード。
封筒。
書類。
歴代国王しか閲覧を許されなかった、王国の裏側の記録。
白い仮面の人物は、その中を必死に調べ始めた。
一枚。
また一枚。
そして。
手が止まった。
「……あった」
震える声。
彼女が持っていたのは、古い一枚の記録カード。
レオニス王子が内容を確認する。
「王宮記録官……エルガ・セイン」
仮面の人物の肩が震えた。
「私の父だ」
記録には。
エルガが王家を裏切ったという事実は書かれていなかった。
むしろ逆だった。
前国王の密命を受け。
王家の機密情報を外部へ売っていた宮廷高官を、秘密裏に調査していた。
そして。
その捜査の途中で反逆者に仕立て上げられ、処刑された。
「……父は」
仮面の人物が呟く。
「裏切ってなかった」
《真実のカード》が静かに光る。
【TRUE】
彼女はその場に膝をついた。
しばらく。
誰も声をかけなかった。
やがて彼女は、自分の手で仮面を外した。
長い銀髪。
頬には一本の古い傷。
年齢は若い。
「……セイル」
「え?」
「私の名前だ」
セイルはレオニス王子を見る。
「父の名誉を戻してほしい」
王子は記録カードを受け取った。
「約束する」
セイルの視線がオラクルへ移る。
「そこの盗賊もだ」
「そこのって何だ」
「オラクル」
「名前知ってたのかよ!」
レオニス王子が苦笑する。
「もちろん、三年前の《王家の鍵》窃盗事件についても正式に再調査し、君の無実を公表する」
オラクルは一瞬だけ動きを止めた。
「……そりゃどうも」
軽い声。
いつも通り。
でも。
尻尾だけが、嬉しそうに揺れている。
私はすぐに気づいた。
「嬉しいんでしょ?」
「別に」
真実のカード。
【FALSE】
「嬉しいんじゃん!」
「お前、本当にそのカードしまえ!」
「だって勝手に反応するんだもん!」
セイルが小さく吹き出した。
翌日。
アデュー王国から正式な発表が出された。
三年前の《王家の鍵》事件。
王家の鍵は盗まれてなどおらず、前国王の意思によって王家の秘室へ封印されていた。
よって――。
オラクルにかけられていた《王家の鍵》窃盗の容疑は完全に撤回された。
ただし。
王宮の一室。
レオニス王子が書類を読み上げる。
「窃盗十一件。不法侵入三件。衛兵への暴行一件」
「……」
「以上については、《王家の鍵》事件とは一切関係がないため、別途処分する」
オラクルが机を叩いた。
「そこも一緒に消してくれよ!」
「なぜだ!」
「王家のミスで三年逃亡したんだぞ! 慰謝料代わりに!」
「君が実際にやった犯罪まで消せるわけがないだろ!」
「王子の力で何とか!」
「そんな使い方をするか!」
私は隣で笑っていた。
「ちゃんと罪は償おうね」
「フールまで王子側につくのか!」
「だって盗んだんでしょ?」
「……盗んだ」
【TRUE】
「はい終わり」
「カードいらねぇだろ今の!」
結局。
オラクルには牢獄ではなく、罰金と一定期間の奉仕活動が命じられた。
「金ないんだけど」
「働けば?」
「もっと俺向きの解決方法ない?」
「ない」
「盗んで払うとか」
「刑期増やしたいの?」
「冗談です」
真実のカードは――。
光らない。
「今の本気だった?」
「危ねぇ! 喋るたびに自白になる!」
そんなやり取りをしていると。
レオニス王子が、私の聖なるマップを見ながら尋ねた。
「フール。これからどうするつもりだ?」
「もちろん、お父さんとお母さんを探します」
アデューでは《真実のカード》を手に入れた。
でも。
肝心の両親については、まだほとんど何も分かっていない。
「できれば、人の集まる場所で情報を――」
そこまで言った時だった。
オラクルが急に口を挟んだ。
「だったら北はやめよう」
「え?」
「南もダメだ」
「なんで?」
「西もおすすめしねぇ」
「じゃあ東?」
「東はもっとダメだ」
「全部ダメじゃん!」
何かがおかしい。
私はオラクルをじっと見る。
「……何か隠してる?」
「隠してねぇ」
【FALSE】
「隠してる!」
「だからすぐカード出すなって!」
レオニス王子が不思議そうに言った。
「そういえば、君はまだフールに話していなかったのか?」
オラクルの耳がピンと立った。
「王子」
「何だ?」
「今すぐ黙れ」
「オラクルの故郷のことだ」
「王子ぃぃぃぃっ!!」
「故郷!?」
私は食いついた。
「オラクル、この近くの出身なの?」
「……まあ」
「どこ?」
「別に行かなくていい」
「どこ?」
「大したところじゃねぇ」
【FALSE】
私はカードを見た。
「大したところなんじゃん」
「このカード嫌いだ!」
レオニス王子が地図を広げる。
そこには。
アデューからそう遠くない位置に、一つの街が記されていた。
アルセウス。
「ここだ」
オラクルが頭を抱える。
「言いやがった……」
「アルセウスって、どんな街?」
王子が答えようとする。
オラクルが慌てて止める。
「俺が言う!」
「じゃあ教えて」
オラクルは深いため息をついた。
「……盗人の街だ」
「え?」
「スリ、盗賊、詐欺師、闇商人、鍵師、偽造屋。そういう連中が集まってる」
「何その街!?」
「一応、普通の住民もいる」
「一応なんだ!」
オラクルは指を一本立てた。
「アルセウスでは、財布を腰につけるな」
「なんで?」
「三分でなくなる」
二本目。
「知らない奴から『いい儲け話がある』って言われても聞くな」
「なんで?」
「聞いた時点で半分騙されてる」
三本目。
「無料って書いてある物には近づくな」
「なんで!?」
「無料なのは最初だけだ」
「嫌な街!」
王子が笑いを堪えている。
私はオラクルを見る。
「そんなところで育ったの?」
「悪いか」
「なんか納得した」
「何が!?」
「盗賊になった理由」
「街のせいにすんな!」
真実のカードが。
【TRUE】
オラクルが固まった。
「……街のせいもちょっとある」
「あるんじゃん!」
聖なるマップが淡く光った。
新しい道が描かれていく。
【NEW AREA】
【盗人の街 アルセウス】
「出た!」
しかし。
その直後。
追加の文字が表示された。
【WARNING】
【現在の所持品を確認してください】
「え?」
私は慌てて鞄を確認した。
黄色い子から受け取った袋。
真実のカード。
回復薬。
全部ある。
「まだアルセウスに着いてないよ?」
オラクルが遠い目をした。
「甘いな」
「何が?」
「アルセウスの連中は、街の外まで仕事に来る」
「怖すぎるよ!」
オラクルは大きくため息をつく。
「はぁ……帰りたくねぇ」
「私はちょっと楽しみ」
「なんで!?」
「オラクルの子供の頃とか知れそうだし」
「やめろ」
「知り合いいっぱい居る?」
「やめろ」
「昔の友達とか?」
「本当にやめろ」
「もしかして女の子とか――」
「出発するぞ!!」
「絶対何かある!」
オラクルは私を置いて、ものすごい速度で歩き始めた。
こうして。
次の目的地は――。
オラクルが生まれ育った、
盗人の街アルセウス。
この時の私は、まだ知らなかった。
街へ入って十分もしないうちに。
自分の財布ではなく――。
オラクル本人が盗まれることになるなんて。
お読みいただきありがとうございます!
ついにドラゴン登場です。
今回は「強い敵だから倒す」のではなく、グランガルドが何を守っているのかを考える戦いにしました。
アデューでの事件もひとまず一区切り。
そして次の目的地は――
オラクルの故郷、《盗人の街アルセウス》。
本人はものすごく帰りたくなさそうですが




