第15話 王子との取引
「殿下!」
扉の向こうから兵士の声が響いた。
私とオラクルは、王子に言われるまま大きなカーテンの裏へ飛び込んでいる。厚い布の向こう側では、王子が何事もなかったように椅子へ座り直す気配がした。
「狭い……!」
「声出すな。見つかったら今度こそ牢屋だぞ」
「誰のせいで牢屋が怖くなったと思ってるの?」
「今それ蒸し返すな!」
小声で言い争っていると、扉が叩かれた。
コンコン。
「殿下。失礼いたします」
王子は落ち着いた声で答える。
「何だ」
「王宮内へ侵入者が入り込みました。高位魔導士が透明化を解除した後、この階へ逃げ込んだとの報告があります」
心臓が跳ねた。
完全に私たちだ。
「この部屋へ入った可能性もあります。中を確認させていただいても――」
「ここには誰も来ていない」
王子が言葉を遮った。
静かな声だった。
それなのに、不思議なくらい強い。
「しかし、殿下」
「私の言葉が信用できないのか?」
「い、いえ! そのようなことは!」
兵士の声が明らかに慌てる。
「失礼いたしました!」
やがて、複数の足音が遠ざかっていった。
私はしばらく息を殺したまま待ち、隣にいるオラクルへ囁く。
「……行った?」
「たぶんな」
すると、カーテンの向こうから王子の声がした。
「もう出てきていい」
◇ ◇ ◇
私たちは恐る恐るカーテンの裏から出た。
「た、助かったぁ……」
胸を押さえながら、大きく息を吐く。
オラクルも床へ座り込み、額の汗を拭っていた。
「まさか泥棒やってて、王族本人に匿われる日が来るとはな」
「自分で泥棒って言うんだ」
「職業に誇りを持ってんだよ」
「誇らなくていいところだと思う」
王子が呆れた顔で私たちを見る。
「それはこちらの台詞だ。お前たちは一体何者だ? 夜中に王宮へ透明になって侵入しておいて、よくそこまで普通に会話できるな」
「……ごめんなさい」
私は素直に頭を下げた。
オラクルも続く。
「悪かった」
「お前は昼にも捕まっていた猫だろう」
「なんで知ってんだよ!?」
「王宮で兵士へ賄賂を渡そうとする者など滅多にいない。報告が上がっている」
私はオラクルを見る。
「有名人になってる」
「嬉しくねぇ!」
王子の口元が、一瞬だけ緩んだ。
しかし、すぐに真剣な表情へ戻る。
「それで、目的は何だ?」
私はテーブルを見た。
そこに置かれている銀縁のカードへ、《聖なるマップ》が強く反応している。
【TARGET】
【☆3《真実のカード》】
間違いない。
私たちが探していたものだ。
王子も私の視線に気づいたらしい。
「これが目的か」
「うん。でも盗むつもりじゃないよ!」
「俺は少しある」
「オラクル!」
「冗談だ!」
……絶対、半分くらい本気だった。
王子がまた僅かに笑う。
「本当に妙な二人だな」
「最近よく言われます」
◇ ◇ ◇
私は改めて王子の前へ立った。
「その《真実のカード》について知りたいの」
「なぜだ?」
「私、お父さんとお母さんを探してるから」
王子の表情が変わった。
「両親?」
「うん」
どこまで話すべきか少し迷った。
それでも、ここまで来て何も話さないわけにはいかない。
私は、本の外の世界でおばあちゃんと暮らしていたこと、両親がこの世界にいると聞いて旅へ出たことを説明した。
さらに、世界中の秘宝を探しているTIME。
私に手を出すなと命じた謎のNo.12。
《真実のカード》が両親へ繋がるかもしれないと思い、アデューまで来たことも話す。
ただし、《聖なるマップ》そのものは王子に渡さなかった。
オラクルから、珍しい宝を知らない人間へ簡単に見せるなと何度も言われているからだ。
王子は最後まで黙って聞いていた。
「なるほど。それで国宝へ辿り着いたというわけか」
「一回だけでいいの。そのカードを調べさせてもらえない?」
「駄目だ」
「早い!」
「国宝だぞ」
「見るだけでも?」
「駄目だ」
「触るだけ!」
「もっと駄目だ」
私はがっくりと肩を落とした。
ここまで忍び込んだのに。
すると、王子が続ける。
「ただし、取引ならできる」
オラクルの耳がぴくりと動いた。
「取引?」
「ああ」
王子は《真実のカード》へ視線を落とした。
「私にも、解決しなければならない問題がある」
◇ ◇ ◇
「その前に、一つ教えて」
私はカードを指した。
「《真実のカード》って、具体的には何ができるの?」
王子は少し黙ったあと、カードを収納している銀色の枠へ指を置いた。
「このカードは、問いに対する『真実』を固定する」
「固定?」
「対象へ問いを投げ、その答えにカードを介在させれば、隠された事実を暴き出すことができる。だが、ただ便利なだけのカードではない」
王子の声が低くなる。
「対象が真実を拒絶し、意図的に嘘で塗り替えようとすれば、カードとの間に強い反発が起きる」
「反発って……どうなるの?」
「分からない」
「分からないの?」
「抵抗の強さや、問いの内容によって違う。古い記録には、魔力を失った者や、記憶へ障害が出た者もいる」
そこで王子の言葉が一度止まった。
「中には、身体へ消えない呪いを残した例もある」
「……呪い」
なぜだろう。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
理由なんてない。
私は、まだ何も知らないはずなのに。
「そんなに危ないなら、使わなければいいんじゃない?」
私が尋ねると、王子は苦い顔をした。
「そう簡単ではないんだ」
◇ ◇ ◇
王子の父親は、数年前に亡くなったという。
事故ではない。
何者かによって命を奪われた可能性が高い。
けれど、犯人も理由も分からないままだった。
当時、王家に仕えていた一人の男が何かを知っているらしい。しかし、何度尋ねても口を閉ざしているという。
「だから、その男に《真実のカード》を使おうとしていたの?」
「ああ」
王子は即答した。
でも――。
「……怖くない?」
今度は、少しだけ間があった。
「怖い」
その答えは、意外なくらい素直だった。
「もしあの男が真実を拒み、大きな反動を受ければ、それを背負わせたのは私だ」
握られた王子の拳が震えている。
「それでも、父に何があったのか知りたい。誰が何を隠しているのか、このまま分からないまま生きていくのも耐えられない」
私は何も言えなかった。
おばあちゃんの言葉が、また頭へ浮かぶ。
――真実っていうのはね。
――知れば幸せになれるものばかりじゃない。
この王子も、私と同じなのかもしれない。
知りたい。
でも――知った先に何が待っているのか分からない。
「……取引って、それに関係あるの?」
オラクルが尋ねた。
王子は頷く。
「直接ではない。王宮から盗まれた物を取り返してほしい」
「盗まれた?」
オラクルの目が、急に生き生きし始めた。
「盗まれた王家の品を泥棒が取り返すのか。面白そうだな」
「オラクル、遊びじゃないからね」
「分かってるって」
たぶん、分かってない。
◇ ◇ ◇
王子は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。
そこには――黒いフードを深く被った人物の絵が描かれている。
私は思わず身を乗り出した。
「この人……!」
「知っているのか?」
「今日、市場で見た!」
王子の顔色が変わる。
「どこで?」
私は、家族を養うためカードを売っていた女性の露店で見たことを説明した。
黒いフードの人物は少し離れた場所から女性を見ていて、私たちが気づいた後には姿を消していた。
「間違いないと思う」
「……そうか」
王子は紙を強く握った。
「この人物が盗んだ可能性が高い」
「何を盗んだの?」
王子は少し迷ったあと、答えた。
「《王家の秘密の場所に入るカード》だ」
「秘密の場所?」
「詳しい場所までは話せない。王族でも限られた者しか知らない区画へ入るための、特殊な鍵だと思ってくれ」
オラクルの顔から笑みが消えた。
「それ、盗まれたらかなりまずくねぇか?」
「ああ。だから公にはできない」
「☆付きアイテムなの?」
「違う」
王子は首を振る。
「戦闘能力も、派手な魔法もない。ただ、王家にとっては下手な☆付きアイテムより重要だ」
私は以前、《聖なるマップ》から教えてもらったことを思い出した。
星の数は万能じゃない。
それどころか、星が付いていなくても――誰かにとって、とても大切な物はある。
「それを取り戻したら」
私は王子を見る。
「《真実のカード》を調べさせてくれる?」
「ああ。《王家の秘密の場所に入るカード》を取り戻してくれれば、一度だけ《真実のカード》へ触れることを許可する」
その瞬間――。
鞄の中で《聖なるマップ》が光った。
私は少しだけ開く。
【SPECIAL QUEST UPDATE】
『真実を手にせよ』
【新規条件】
《王家の秘密の場所に入るカード》を取り戻せ。
【報酬】
☆3《真実のカード》への接触許可。
「……出た」
「何が?」
「ううん」
私はすぐに地図を閉じ、王子を見る。
「やる」
「即答だな」
「だって、私も真実を知りたいから」
それに――。
さっきの黒いフードの人物が、ただの泥棒じゃない気がする。
カードを盗んだ目的も。
王家の秘密の場所に何があるのかも。
きっと何かある。
王子が私へ手を差し出した。
「なら、取引成立だ」
私はその手を握る。
「うん。絶対取り戻す」
その時――。
テーブルの上にある《真実のカード》が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
まるで。
これから私が知るものを――静かに待っているように。
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