第7話 盗賊猫オラクル
「返せえええええっ!」
私は街の大通りを全力で駆けていた。
前を走るのは、二本足で駆ける黒い猫の獣人。さっき私にぶつかった男だ。
「なんだよ! 中身ほとんど入ってねぇじゃねえか!」
走りながら男が黄色い子の袋を逆さにする。
当然、何も落ちてこない。
黄色い子は、最後の戦いで持っていたお金を全部使ったのだから。
「だったら返してよ!」
「空っぽの袋をそんな必死に追いかけてくる奴、初めて見たぞ!」
「大事なものなの!」
男は屋台の間をすり抜けた。
私も追う。
「どいてくださーい!」
「うわっ!」
「何だ!?」
買い物客の間を抜け、積まれていた木箱を飛び越える。
けれど、速い。
猫だからなのか、盗賊だからなのか知らないけれど、とにかく身のこなしが軽い。
男は樽の上へ飛び乗ると、そのまま建物の壁を蹴た。
「よっと!」
「えっ!?」
一瞬で屋根の上へ。
「そんなのあり!?」
男が屋根から顔を出した。
「盗賊なめんな、お嬢ちゃん」
「降りてきなさい!」
「誰が降りるか」
べーっと舌を出してくる。
腹が立つ。
ものすごく腹が立つ。
私は辺りを見回した。
近くに荷車。
その横に積まれた木箱。
そして、店先から伸びている布製の屋根。
「……いける」
「おい。まさか」
木箱へ飛び乗る。
そのまま荷車の縁を蹴り、布屋根へ。
「ちょっ、お前!」
布が大きく沈んだ。
勢いを殺さず跳ぶ。
「うりゃあああ!」
屋根の端へ指が届いた。
「マジかよ!?」
なんとか身体を引き上げる。
膝が擦れて痛かったけれど、そんなことはどうでもいい。
「捕まえた!」
「まだだ!」
男が逃げる。
私は追った。
屋根から屋根へ。
下を見るとかなり高い。
「……怖っ!」
今さら気づいた。
「だったら追ってくんな!」
「袋返したら追わない!」
「それじゃ盗賊の名が廃る!」
「誇るところじゃないでしょ!」
男が笑った。
「面白い奴だな、お前」
「私は全然面白くない!」
屋根の先が途切れた。
男は軽々と向こう側の建物へ飛び移る。
私は一瞬だけ止まった。
距離がある。
落ちたら痛いでは済まない。
でも。
男の手に握られた袋が目に入った。
『いつかいっぱいお金持ちになったら、返しに来るでぷ』
黄色い子の声が蘇る。
「……返してもらうんだから」
私は助走をつけた。
「え?」
男が振り向く。
「うそだろ、お前!」
飛んだ。
「とどけええええっ!」
届かない。
そう思った瞬間。
男が咄嗟に腕を伸ばした。
私の手首を掴む。
「馬鹿かお前は!」
「わっ!」
引っ張り上げられ、二人まとめて屋根の上へ転がった。
「いたた……」
「いってぇ……」
私は身体を起こした。
目の前には、仰向けに倒れている猫の男。
そして。
そのすぐ横に、袋。
「!」
同時に手を伸ばす。
私の方がほんの少し早かった。
袋を掴み、胸へ抱きしめる。
「返してもらった!」
男は起き上がると、呆れたように頭を掻いた。
「命懸けるほどの物かよ、それ」
「命懸けてでも返してほしかったの」
「だから空だろ?」
私は袋を強く握った。
「……友達のだから」
男の耳がぴくりと動いた。
「友達?」
「うん」
さっきまで怒鳴っていたのに、突然声が出なくなった。
黄色い子の顔が浮かぶ。
赤い子。
緑の子。
三人の最後の笑顔まで。
「今日、死んじゃったけど」
男の表情から笑いが消えた。
「……今日?」
私は頷いた。
「私を守ってくれたの」
屋根の上に風が吹いた。
街の喧騒が、少し遠くに感じる。
「この袋、その子が最後にくれたものだから。中に何も入ってなくても、大事なの」
男はしばらく黙っていた。
やがて視線を逸らす。
「……悪かった」
「え?」
「知らなかったとはいえ、そいつは盗むべきじゃなかった」
意外な言葉だった。
「盗賊なのに謝るんだ」
「盗賊にも盗賊なりの線引きがある」
男は立ち上がった。
尻尾についた埃を払いながら、私を見る。
「金持ちから盗む。悪党から盗む。油断した旅人からもちょっと盗む」
「最後はダメじゃない?」
「細かいこと気にすんな」
「気にするよ!」
やっぱり盗賊だった。
男は口元を緩める。
「俺はオラクル」
「オラクル?」
「ああ。見ての通り、天下一品の盗賊様だ」
「泥棒でしょ」
「盗賊」
「泥棒」
「響きが違う!」
どう違うのか分からない。
オラクルは私を指差した。
「で、お前は?」
「フール」
「フールか」
名前を聞いた瞬間、笑われるかと思った。
けれどオラクルは普通に頷いただけだった。
「それでフール。お前、こんなところで何してる?」
「お父さんとお母さんを探してる」
「旅行ついでか?」
「違う。この世界のどこにいるかも分からない」
オラクルの耳がまた動いた。
「顔は?」
「知らない」
「名前」
「知らない」
「住んでる国」
「知らない」
「手掛かりは?」
私は少し考える。
そして聖なるマップを取り出した。
「これ」
オラクルが固まった。
「……おい」
「何?」
「それ、どこで手に入れた」
さっきまでの軽い調子が消えている。
「おばあちゃんにもらった羊皮紙。最初は何も描いてなかったんだけど――」
広げてみせる。
世界地図。
星のついた秘宝。
そして四つの【???】。
オラクルは食い入るように地図を見る。
「こんな地図、見たことねぇ」
「聖なるマップっていうみたい」
「聖なる……」
オラクルは指を伸ばしかけた。
でも途中で止める。
「触っていいか?」
さっき人の物を盗んだ男とは思えない慎重さだった。
「いいよ」
指先が地図へ触れる。
何も起こらない。
オラクルは四つの【???】を見る。
「こいつは?」
「分からない。触っても情報不足って出るだけ」
「じゃあ、こっちは?」
彼が星印の一つを指す。
私はまだ詳しく見ていなかった。
そこへ指を触れる。
文字が浮かぶ。
【☆3】
【詳細情報:未解放】
「やっぱり分からないね」
私がため息をつくと、オラクルは腕を組んだ。
「情報が足りねぇなら、情報を増やせばいい」
「どうやって?」
「聞くんだよ」
「誰に?」
「嘘をつけない奴に」
私は首を傾げた。
「そんな人いるの?」
「人じゃない」
オラクルがニヤリと笑う。
「カードだ」
「カード?」
「ああ」
オラクルは屋根の向こうを指差した。
遥か遠く。
街の先へ続く街道。
さらにその向こうの世界へ。
「ここから東へ行ったところに、国そのものがカードで栄えてる場所がある」
風が吹き、オラクルの帽子が揺れた。
「カードの国――アデュー」
初めて聞く国の名前だった。
「そこには、世界中の奴らが欲しがる特別なカードがある」
「特別なカード……?」
オラクルの金色の瞳が細くなる。
「どんな嘘も見破るって言われてる――」
一拍置いて。
「**☆3《真実のカード》**だ」
胸が大きく鳴った。
真実。
その言葉に、なぜか聖なるマップが微かに光った。
「……反応した」
オラクルも見逃さなかった。
地図の一角に、小さな光が灯る。
そして。
【新規情報を取得しました】
【目的地候補を更新します】
地図上に一本の道が伸びた。
行き先は――東。
オラクルが笑う。
「決まりだな」
「え?」
「アデューへ行くぞ」
「……なんでオラクルまで?」
「俺もちょうど東に用がある」
「本当に?」
「盗賊は嘘つかねぇ」
「一番信用できない言葉なんだけど」
「細けぇな!」
私は思わず笑った。
三匹を失ったばかりなのに。
笑っていいのか、一瞬だけ迷った。
でも。
『ちゃんと幸せになるでぷよ』
黄色い子の言葉を思い出す。
私は袋を大切に鞄へしまった。
「分かった。一緒に行こう」
「交渉成立だ」
オラクルが右手を差し出す。
私も手を伸ばした。
握手する。
――その瞬間。
「あ」
腰が軽くなった。
オラクルがもう片方の手に私の回復薬を持っている。
「旅の同行料ってことで」
「返せえええええっ!」
「冗談だって!」
「信用できない!」
「返す! 返すから爪立てるな!」
こうして。
三匹のゴブリンとの別れのあと。
私の旅に、一匹の盗賊猫が加わった。
目的地はカードの国、アデュー。
そしてそこで待っている《真実のカード》が――。
いつか私自身が知ることになる、最も残酷な「真実」へ繋がっていることを。
この時の私は、まだ知らなかった。
最後までありがとうございます!
新しい仲間候補(?)、盗賊猫オラクルの登場です。
三匹との別れのあとということで、今回は少しテンポを変えて、フールとオラクルの掛け合いを多めにしました。
次の目的地はカードの国。
そして狙うのは――《真実のカード》です。




