第6話 聖なるマップ
どれくらい泣いていたのか、分からなかった。
気づけば、街を包んでいた煙は薄くなり、遠くから兵士たちの声が聞こえていた。けれど私は、三匹のそばから動けなかった。
赤い子の手には、折れた骨付き肉の骨。
緑の子の胸には、表紙だけになった本。
黄色い子のそばには、中身のなくなったお金袋。
昨日までだったら、どれも少し変わった持ち物にしか見えなかった。
今は違う。
全部、三匹が生きていた証だった。
「……返さなきゃ」
私は黄色い子から預かった空の袋を握りしめた。
「お金持ちになったら返すって……約束したもん」
返事はない。
分かっている。
それでも、何か話していないと、本当に三匹がいなくなってしまう気がした。
やがて街の兵士たちが近づいてきた。
「君! 無事か!?」
鎧を着た男が駆け寄ってくる。
私は顔を上げた。
「この子たちを……助けて」
兵士の表情が曇った。
「お願い。回復魔法とかあるんでしょ? 薬でも何でもいいから……」
兵士は三匹の身体を確認した。
そして、ゆっくり首を横に振った。
「……すまない」
たったそれだけだった。
私は唇を噛んだ。
「まだ温かいよ」
「……」
「少し前まで喋ってた。笑ってた。だったら、まだ――」
「すまない」
もう一度言われた。
今度こそ、その意味が分かった。
私は下を向いた。
涙が地面へ落ちた。
その時、別の兵士が声を上げた。
「隊長! こっちを!」
少し離れた場所。
そこに倒れていたはずのNo.1の姿が消えていた。
残っていたのは、砕けた懐中時計と、黒い血の跡だけ。
「転移したのか……?」
「TIMEには回収用の術式があるという噂があります。瀕死になった構成員を、本拠地へ強制的に戻すものだと」
「つまり、生きている可能性があるのか」
私はその会話を聞いていた。
胸の奥に、熱いものが生まれる。
怒りだった。
三匹は死んだ。
なのに、あいつは生きているかもしれない。
「……許さない」
気づけば声に出ていた。
でも、すぐに三匹の顔が頭に浮かんだ。
赤い子は「パパとママに会うでぷ」と言った。
緑の子は「絶対に一人じゃないでぷ」と言った。
黄色い子は「ちゃんと幸せになるでぷよ」と言った。
三匹は、私に復讐してほしくて命を懸けたんじゃない。
「……違うよね」
私は涙を拭った。
「私、やることがあるんだった」
お父さんとお母さんを探す。
それが、私がこの世界へ来た理由。
そして今は、もう一つ増えた。
三匹が守ってくれた命を、無駄にしない。
街の外れに、小さな丘があった。
大きな木が一本だけ立ち、その向こうには海が見える。
私はそこに三つの墓を作った。
兵士たちが手伝うと言ってくれたけれど、断った。
自分でやりたかった。
慣れない手で土を掘った。
何度も手の皮が破れた。
それでも止めなかった。
赤い子の墓には、折れた骨を。
緑の子の墓には、本の表紙を。
黄色い子の墓には、空になった袋を置いた。
「本当は……名前、ちゃんと聞けばよかった」
私は三つ並んだ墓の前に座った。
赤。
緑。
黄色。
ずっとそう呼んでいた。
もっと早く名前を聞いておけばよかった。
好きな食べ物も。
どこで生まれたのかも。
どうして三人で旅をしていたのかも。
何も知らないまま、別れてしまった。
「ごめんね」
風が吹いた。
木の葉がさらさらと揺れる。
「それと……ありがとう」
私は三つの墓へ頭を下げた。
「絶対に、お父さんとお母さんを見つけるから」
泣きそうになった。
でも、今度は堪えた。
「見つけたら、ここに連れてくる」
赤い子なら「お肉も持ってくるでぷ」と言うだろう。
緑の子なら「ちゃんと記録するでぷ」と本を開くだろう。
黄色い子なら「お金も返してもらうでぷ」と笑うかもしれない。
「だから……待ってて」
立ち上がる。
その時だった。
胸元から、淡い光が漏れた。
「……え?」
おばあちゃんから渡された羊皮紙。
慌てて取り出す。
真っ白だったはずの紙に、一本の線が浮かび上がっていた。
次に山。
川。
海。
街。
まるで誰かが目の前で描いているように、世界の姿が次々と現れていく。
「地図……?」
文字が浮かんだ。
【聖なるマップ】
私は息を呑んだ。
【所有者:フール】
【MAIN QUEST:両親を探せ】
その下に、新しい項目が現れる。
【世界に存在する特別な秘宝を確認しました】
星の印が並んだ。
【☆1】
【☆2】
【☆3】
【☆4】
【☆5】
「星……」
緑の子が教えてくれた。
この世界には、普通の道具とは違う特別な品があり、価値や力によって星が付けられている。
さらに地図の上へ、四つの光が灯った。
けれど。
名前がない。
ただ――。
【???】
【???】
【???】
【???】
「……何これ」
四つの光は、世界のまったく違う場所にあった。
北。
東。
南。
そして、遥か遠くの海の向こう。
そのうち一つへ指を触れる。
【情報不足】
別の光。
【情報不足】
どれを押しても同じだった。
「分からないことだらけじゃん……」
思わず苦笑する。
でも。
今までとは違う。
道ができた。
何もなかった白い羊皮紙に、世界が描かれた。
「聖なるマップ……」
私は地図を胸に抱いた。
これがあれば、進める。
お父さんとお母さんへ近づける。
三匹との約束も守れる。
「行くよ」
三つの墓を振り返った。
「私、ちゃんと進むから」
海から強い風が吹いた。
まるで三匹に背中を押されたような気がした。
街へ戻る途中。
私は聖なるマップを見ながら歩いていた。
「まず、どこへ行けばいいんだろう……」
地図には近くの街道や村まで描かれている。
けれど両親の居場所は表示されない。
【MAIN QUEST:両親を探せ】
それだけ。
「せめて矢印くらい出してよ」
ぶつぶつ言いながら歩いていると――。
ドンッ。
「わっ!」
誰かとぶつかった。
私は尻もちをついた。
「いたた……」
「おっと。悪ぃ悪ぃ」
聞こえてきたのは、少し軽い男の声。
顔を上げる。
そこにいたのは――猫だった。
いや。
猫みたいな獣人。
二本足で立ち、黒っぽい毛並みに長い尻尾。腰には小さな短剣を差し、頭には使い古した帽子をかぶっている。
金色の瞳が、細く笑った。
「前見て歩けよ、お嬢ちゃん」
「そっちがぶつかってきたんでしょ!」
「そうだったか?」
猫の男は肩をすくめた。
「まぁ、怪我なくて何よりだ」
そう言って、ひらひらと手を振りながら去っていく。
「変な猫……」
私は立ち上がった。
そして数歩歩いたところで、違和感に気づく。
腰が軽い。
「……あれ?」
さっきまでそこにあったはずのものがない。
黄色い子から預かった――お金袋。
「ない!」
慌てて振り返る。
猫の男も、ちょうど振り返った。
その手には。
見覚えのある袋。
私と目が合う。
猫の男はニヤッと笑った。
「勉強代ってことで」
「返せえええええっ!!」
男は走り出した。
「待てぇぇぇぇっ!!」
こうして。
三匹のゴブリンと別れた、その日のうちに。
私は次の旅の仲間になる男――。
盗賊猫、オラクルと出会った。
お読みいただきありがとうございます!
ついに登場した《聖なるマップ》。
そして地図に浮かんだ、正体不明の四つの【???】。
この四つが何なのかも、これからの冒険で少しずつ明らかになっていきます。
そして最後には、新しい出会いが……。
盗まれたばかりですが。




