第55話 挨拶は赤B、情報は銀B、友達は金B
「……ない」
私は《聖なるマップ》へ顔を近づけ、端から端まで何度も確認した。
グライツ王国の宿屋。大きなテーブルいっぱいに広げた地図には、これまで見つけてきた場所や☆付きアイテムが、いつもと変わらない光を放っている。
カサンドラ。
《???》。
黄金の雲海鯨へ続く、不思議な虹色の足跡。
どれもちゃんと表示されている。
それなのに――。
「やっぱり、どこにもないよ!」
さっき怪しい宣教師から聞いた、《いかなる眠りをも目覚めさせる石》。
黄金の雲海鯨を目覚めさせるための、今のところ唯一の手掛かり。その石らしき反応だけが、世界のどこにも表示されていなかった。
「壊れたんじゃねぇだろうな」
オラクルが煙草をくわえたまま、地図の端を指先で軽く叩いた。
「壊れてないよ!」
「じゃあ、情報がガセだったか」
「でも、あの宣教師……最後、本当に魔法で消えたんだよ?」
「詐欺師が魔法を使えねぇ決まりもねぇだろ」
「それはそうだけど!」
あの人なら普通にやりそうなのが困る。
挨拶は赤B。
情報は銀B。
一生の友達になる権利は金B。
改めて思い返しても、信じていい要素がほとんどない。
「きゅーう……」
肩の上では、メリーまで困ったように地図を覗き込んでいた。
フランアーデルさんは腕を組み、しばらく何も言わずに考えている。
やがて、静かに口を開いた。
「宣教師の話が本当だと仮定してみよう」
「うん」
「黄金の雲海鯨を目覚めさせられるほど特別な石なのに、《聖なるマップ》にも映らない。だったら――地図が見つけられないんじゃなくて、見つけられない状態になっている可能性はないかな」
「見つけられない状態……?」
私はもう一度、地図を見る。
これまで《聖なるマップ》は、何度も私たちを目的の場所へ導いてくれた。
だから、地図に載っていないなら存在しない。
いつの間にか、そう思い込んでいたのかもしれない。
「もしかして……」
私は顔を上げた。
「地図に載ってないんじゃなくて、隠れてる?」
フランアーデルさんが頷く。
「その可能性はあると思う」
黄金の雲海鯨。
天空の国カサンドラへ辿り着くための、今のところ唯一の方法。
どれだけ呼んでも起きないから、ようやく目覚めさせる方法らしき情報を手に入れた。それなのに今度は、その石がどこにあるのか分からない。
「うぅ……」
私は力尽き、テーブルへ突っ伏した。
「一歩進むたびに、次の一歩が遠くなるよぉ……」
オラクルが鼻で笑う。
「冒険なんてそんなもんだ」
「もう少し優しく言ってよ!」
「じゃあ――頑張れ、お嬢」
「雑!」
その時だった。
「カカカッ!」
背後から、妙に楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「地図に映らん物を、地図だけで探そうとは。ずいぶん面白いことをしておるのぅ」
「……え?」
私たちは一斉に振り返った。
そこに立っていたのは、小柄なゴブリンのおじいさんだった。
真っ白な髪。
顔の片側を覆うような古びた装具。
そこから覗く片目だけが、子供みたいな好奇心で輝いている。
身体には何枚もの古びた布を重ね、背中には旅道具らしい大きな荷物。手には、鳥の頭を模した不思議な杖を持っていた。
「誰だ、じいさん」
オラクルがすぐ前へ出る。
「人の話を盗み聞きとは趣味悪ぃな」
「盗み聞きとは人聞きが悪い。ワシの耳へ勝手に聞こえてきただけじゃ」
「それを盗み聞きって言うんだよ」
「カカカッ!」
おじいさんはまったく悪びれていない。
でも。
すぐに気づいた。
おじいさんが見ているのは、私でもオラクルでもない。
テーブルの端に置いていた――☆5《幻獣種召喚の本》。
さっきまで楽しそうだった片目から、少しだけ笑いが消えた。
「……お嬢ちゃん」
「はい?」
「その本を、どこで手に入れた?」
反射的に《幻獣種召喚の本》を胸へ抱き寄せた。
同時に、オラクルも私とおじいさんの間へ入る。
「答える必要はねぇ」
「待ちなされ。奪う気などないわい」
おじいさんは鳥の杖を床へコトンと突くと、堂々と胸を張った。
「ワシはメロウ」
見えている片目を細める。
「世界中の誰も見向きもしない古い壁画、失われた神話、消えかけた古文書を追い続けてきた――考古学者じゃ」
「考古学者……?」
「そうじゃ」
メロウさんは、もう一度《幻獣種召喚の本》を見る。
「そして、その魔導書について――お前さんたちより少しだけ詳しい」
「本当に!?」
私は勢いよく立ち上がった。
「この本に、他にどんな幻獣種がいるか分かるの!?」
「お嬢」
オラクルが呆れたように私を見る。
「信用するの早すぎだろ」
「でも、知ってるって!」
「ついさっき怪しい宣教師へ銀B払った奴が言っても説得力ねぇぞ」
「うっ……」
何も言い返せない。
メロウさんが楽しそうに笑った。
「カカカッ! 泥棒猫の方が慎重とは面白い組み合わせじゃな」
「誰が泥棒猫だ」
「違うのか?」
「……そこは今いい」
認めた。
メロウさんは懐へ手を入れ、何冊ものぼろぼろな手帳を取り出した。
それをテーブルへ広げる。
ページいっぱいに描かれていたのは、壁画の写し。
見たこともない古代文字。
巨大な鳥。
炎を纏った獣。
長い蛇のような影。
そして、明らかに普通の魔物とは違う存在たち。
「これ……」
私は思わず身を乗り出した。
フランアーデルさんも一冊を手に取り、慎重にページを見る。
「かなり古い文字ですね」
「ほう。若いのに分かるか」
「読めませんけど」
「そこは読めんのかい!」
「雰囲気だけです」
「カカカッ!」
なんだろう。
変な人だけど。
嫌いじゃない。
メロウさんは《幻獣種召喚の本》へ顔を近づけると、今度は少し真面目な声になった。
「これは単なる召喚の道具ではない」
「……どういうこと?」
「古い記録では、失われた幻獣たちとの“縁”を繋ぎ直すための書とされておる」
「縁……」
シャイニーさんの言葉を思い出した。
海底都市リーリエで手に入れた《人魚の旋律》。
あれが固有の鍵となり、シャイニーさんとアクア・リヴァイアスへ繋がった。
偶然じゃなかったんだ。
「そしてワシが調べた限り、この本と深く結びついている幻獣種は――全部で六体じゃ」
「六体?」
メロウさんが六本の指を立てた、その瞬間。
カッ――!
私の腕の中で《幻獣種召喚の本》が強く光った。
「わっ!?」
誰も触れていないのに表紙が開き、ページがものすごい勢いでめくられていく。
やがて、シャイニーさんの姿が描かれたページで止まった。
その横へ、新しい文字が浮かび上がる。
【幻獣帰還数】
【1/6】
「一……六」
私は表示とメロウさんを交互に見る。
「本当に六体いる……!」
フランアーデルさんも驚いたようにページを覗き込んだ。
メリーは私の肩から身を乗り出し、翠色の瞳を輝かせている。
「きゅーーーう!」
その横で。
オラクルだけが、煙草を口から外してぼそっと言った。
「……地味に大仕事が増えたな」
「そういうこと言わないでよ!」
でも。
私の胸は、もう高鳴っていた。
あと五体。
まだ会ったことのない幻獣たちが、この世界のどこかにいる。
そして。
黄金のクジラを起こす石へ辿り着けない理由も――もしかしたら、この本と関係しているのかもしれない。
《幻獣種召喚の本》に浮かんだ【1/6】という文字を、私は何度も見返した。
「本当に……あと五体いるんだ」
「正確には、あと五体との縁を繋がねばならん、ということじゃな」
メロウさんが白い髭を撫でながら答える。
「縁を繋ぐ?」
「お前さんがすでに呼び出した幻獣も、ただ本を開いただけでは現れなかったじゃろう?」
「うん。《人魚の旋律》が光って……」
海底都市リーリエで手に入れた《人魚の旋律》。
あれが☆5《幻獣種召喚の本》と共鳴したことで、シャイニーさんとアクア・リヴァイアスが現れた。
メロウさんが頷く。
「古い文献では、それを『固有の鍵』と呼ぶ。幻獣種は力ずくで従える魔物ではない。それぞれに異なる縁があり、その縁を示す鍵がなければ、いくら本を持っていようと姿を現さん」
「じゃあ、残りの五体にも全部違う鍵があるの?」
「そのはずじゃ」
「どんな鍵?」
「知らん!」
「知らないの!?」
あまりにも堂々と言うから、思わず大きな声が出てしまった。
メロウさんは悪びれもせず、カカカッと笑う。
「何百年、何千年と失われてきた伝承じゃぞ? 全部分かっておったら、ワシはとっくに六体揃えておるわい」
「それはそうだけど……」
オラクルが煙草をくわえながら、メロウさんの手帳を一冊拾い上げた。
「で、じいさん。残り五体の場所くらいは分かるのか?」
「場所は分からん。ただし――手掛かりならある」
「本当!?」
「お嬢、近ぇって」
また勢いよく身を乗り出してしまい、オラクルに額を押し戻された。
メロウさんは手帳を開き、何枚かページをめくる。
そこには、古い壁画を写したらしい絵が描かれていた。
巨大な人魚。
炎を纏った獣。
地を這う長い影。
そして――。
空いっぱいに翼を広げる、巨大な鳥。
その身体の周囲には、無数の稲妻が描かれている。
「これ……」
「雷を司る幻獣について残された壁画じゃ」
メロウさんの指が、その巨大な鳥をなぞった。
「名は失われておる。じゃが、この幻獣と縁を結ぶための品については、別の遺跡にも似た記録が残されておった」
「どんな物?」
メロウさんが、ゆっくり答える。
「雷を纏う羽衣じゃ」
その瞬間だった。
テーブルの上に広げた《聖なるマップ》が、突然強い光を放った。
「わっ!?」
今度は反応した。
地図の一点へ、紫色の☆が浮かび上がる。
【☆3《雷鳴の羽衣》】
「出た!」
私は思わず立ち上がった。
さっきまで《いかなる眠りをも目覚めさせる石》には何一つ反応しなかった地図が、今度は迷うことなく新しい秘宝を表示している。
「☆3……!」
オラクルもすぐ地図へ顔を近づけた。
「場所は?」
「ここから北東。かなり遠いけど……ちゃんと映ってる!」
フランアーデルさんも地図を覗き込む。
「轟雷の荒野……」
地図には、紫色の☆と一緒に土地の名前まで表示されていた。
名前だけでも危なそうだ。
「ずっと雷が落ちてそう」
「たぶんな」
「行く?」
メリーが私の肩から尋ねる。
私は少し考えた。
本来、私たちが探しているのは黄金の雲海鯨を起こす石だ。
《雷鳴の羽衣》じゃない。
でも、その石は《聖なるマップ》に映らない。
今のまま世界中を当てもなく探しても、見つけられる可能性はほとんどない。
それなら。
「行ってみたい」
私は☆3《雷鳴の羽衣》の反応を見る。
「幻獣種と縁を結んでいけば、何か分かるかもしれない」
メロウさんが片目を細めた。
「ワシも同じ考えじゃ」
「え?」
「お前さんが探しておる目覚めの石と幻獣種に、直接関係があるとはまだ言えん。そこを決めつけるのは早い」
メロウさんの声から、さっきまでのふざけた調子が消える。
「じゃが、《聖なるマップ》に映らぬ物を追う以上、今は映っている手掛かりから世界の古い仕組みを知るしかない。幻獣種の伝承を辿ることは、無駄にはならんじゃろう」
「……うん」
何でも都合よく繋がっていると考えるのは危ない。
それでも、止まっているよりは進んだ方がいい。
その時。
メロウさんが自分の荷物を背負い始めた。
「よし。それでは出発じゃな」
「……え?」
私は瞬きをした。
オラクルもメロウさんを見る。
「待て、じいさん」
「なんじゃ?」
「なんで当然みてぇについてくる気なんだ?」
「ワシも行くからじゃ」
「聞いてねぇよ!」
「今言った」
「そういう意味じゃねぇ!」
メロウさんは鳥の頭を模した杖を肩へ担ぎ、堂々と胸を張った。
「ワシは何十年も幻獣種を追ってきた。しかし、その姿を実際に見たことは一度もない」
視線が《幻獣種召喚の本》へ向く。
「それが今、目の前に六体との縁を繋げる可能性を持つお嬢ちゃんが現れた。考古学者として、こんな面白い旅を見逃せるわけがなかろう!」
「面白いから!?」
「大事じゃぞ、好奇心は!」
フランアーデルさんが小さく笑う。
「僕はいいと思うよ。古代の伝承に詳しい人が一緒にいてくれるのは助かる」
「確かに……」
私はこれまでの旅を思い返す。
知らない文字。
知らない秘宝。
古い神話。
そのたびに、誰かから情報を集めなければならなかった。
メロウさんみたいな人が一緒なら、今まで分からなかったことも分かるかもしれない。
「オラクルは?」
「俺?」
「一緒に来てもらっていいと思う?」
オラクルはメロウさんを上から下まで見る。
「……怪しい」
「お前に言われたくないわい」
「うるせぇ」
「泥棒猫」
「誰が泥棒猫だ!」
「違うのか?」
「さっきもやっただろ、この流れ!」
思わず笑ってしまった。
メリーも楽しそうに笑っている。
「じゃあ――」
私はメロウさんへ手を差し出した。
「一緒に行きましょう」
「おお!」
メロウさんの片目が一気に輝いた。
「よろしくお願いします、メロウさん」
「堅苦しいのぅ。メロウでよい」
「じゃあ、メロウおじいちゃん?」
「急に孫になった!?」
「嫌?」
「……まあ、悪くない」
嬉しそうじゃん。
こうして。
私たちの旅に、片目の考古学者メロウおじいちゃんが加わることになった。
◇ ◇ ◇
「ところで」
出発の準備をしている途中。
メロウおじいちゃんが、私の鞄から少しだけ顔を出している《合成の聖杯》に気づいた。
「なんじゃ、それは?」
「あっ。ゴブリン王国の王様から貰った《合成の聖杯》です」
「ほう!」
嫌な予感がした。
メロウおじいちゃんの片目が、ものすごい勢いで輝き始める。
「二つか三つの品を入れると、別の物に合成できるんです。でも失敗することも多くて――」
「なんと面白い!」
「え?」
「ならばワシのこの杖と、古代遺跡で拾ったこの石と――」
メロウおじいちゃんが、鳥の杖を《合成の聖杯》へ突っ込もうとした。
「駄目ぇぇぇぇぇ!!」
私は全力で聖杯を抱えて逃げた。
「なぜじゃ!?」
「大事な物を入れちゃ駄目なんです!」
「試してみねば分からんではないか!」
「失敗したら消えるんですよ!」
「研究に犠牲はつきものじゃ!」
「自分の杖でやらないで!」
オラクルが腹を抱えて笑っている。
「お嬢、こいつお前と相性いいんじゃねぇか?」
「どこが!?」
「似てる」
メリーまで言った。
「似てないよ!」
でも。
少しだけ。
嫌な予感がした。
このおじいちゃんと一緒に旅をしたら。
たぶん。
今までよりずっと騒がしくなる。
◇ ◇ ◇
翌朝。
私たちはグライツ王国の城門前に立っていた。
私。
メリー。
オラクル。
フランアーデルさん。
そして、新しく加わったメロウおじいちゃん。
私は《聖なるマップ》を広げる。
紫色の☆は、今も遠く離れた荒野で輝いていた。
【☆3《雷鳴の羽衣》】
「まずはここだね」
「うむ」
メロウおじいちゃんが鳥の杖を掲げる。
「轟雷の荒野。古くから雷の魔物が棲む危険地帯じゃ」
「危険地帯……」
「ちなみに毎日のように雷が落ちる」
「やっぱり!」
「きゅーう!」
なぜかメリーは楽しそうだ。
オラクルが煙草へ火をつける。
「まあ、最近は黒龍だのTIMEだのと戦ってんだ。今さら雷くらいで驚かねぇよ」
フランアーデルさんも短剣を確かめながら笑った。
「行ってみよう」
「うん!」
私は地図を閉じた。
黄金の雲海鯨を目覚めさせる石は、まだ見つからない。
カサンドラへの道も、まだ完全には開いていない。
それでも。
止まっていた道に、新しい一歩が生まれた。
雷を司る幻獣。
その幻獣へ繋がるかもしれない――☆3《雷鳴の羽衣》。
そして。
新しい仲間、メロウおじいちゃん。
「行こう!」
私たちは五人で、グライツ王国をあとにした。
目指すは――轟雷の荒野。
その空ではすでに。
私たちを待つように、紫色の雷が何度も大地へ落ちていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は一回限りの登場キャラ――怪しすぎる宣教師でした。
挨拶は赤B。
情報は銀B。
一生の友達は金B。
……絶対に入りたくない教会です。
ですが、胡散臭さとは裏腹に、彼が残した情報は重要でした。
黄金の雲海鯨を目覚めさせる鍵――「いかなる眠りをも目覚めさせる石」。
ところが、その情報を得ても『聖なるマップ』には場所が表示されません。
世界中の秘宝を示してきた地図にすら映らない石とは、一体何なのか。
そして今回はカサンドラ側も描写。
リザベルは☆4『大魔道士の魔導書』をTIMEへ持ち帰り、No.12は残る『???』の探索を急がせています。
さらにNo.10へ、フランアーデルの存在を伝えたリザベル。
しかしNo.10が返した言葉は――。
「俺には、家族などいない」
次回。
地図にも映らない石。
そしてTIMEへ対抗するため、フールたちは自分たちの「今の弱さ」と向き合うことになります。




