第54話 挨拶は赤B、情報は銀B、友達は金B
グライツ王国へ戻った私たちは、その日のうちに黄金のクジラについて聞き込みを始めた。
酒場、宿屋、魔道具店、古道具屋。大図書館の受付にいたおじいさんにまで尋ねてみたけれど――。
「黄金のクジラ?」
「空を飛ぶ?」
「お嬢ちゃん、疲れてるんじゃないか?」
返ってくるのは、そんな言葉ばかりだった。
「うぅ……全然見つからない……」
私は広場の噴水へ腰かけ、がっくりと肩を落とした。
すると肩の上のメリーまで、私を真似するように小さな身体を沈ませる。
「見つからない……」
フランアーデルさんは困った様子で腕を組んだ。
「大図書館にも、あの生き物の詳しい生態までは残ってなかったね」
「存在そのものが伝説扱いだからな。普通の連中に聞いても無理だろ」
オラクルが煙草をふかしながら、当然のように言う。
「じゃあ、どうするの?」
「こういう時はな――普通じゃない奴を探す」
「普通じゃない人?」
オラクルが人差し指を立てた。
「胡散臭い奴、変人、裏事情に詳しい奴。まともな場所で見つからねぇ情報は、まともじゃねぇ場所に落ちてることがある」
「なるほど……」
なんとなく説得力がある。
泥棒だけど。
その時だった。
「――おやおやぁ?」
背後から、妙にねっとりした声が聞こえた。
「迷える子羊ちゃんたち。ずいぶんお困りのようだねぇ?」
私たちは揃って振り返った。
そして。
「……」
「……」
「……」
「……」
全員、黙った。
いた。
ものすごく怪しい人が。
全身を黒い法衣で包んだ男。胸元には、左右の皿が大きく傾いた天秤型のメダルが下がっている。
片手には、分厚い聖書みたいな本。
そして何より――ずっとニヤニヤしていた。
オラクルが小声で呟く。
「見つかったな」
「早すぎない?」
「こういう奴は向こうから来る」
怪しい宣教師は私たちの前まで来ると、芝居がかった仕草で胸へ手を当てた。
「ようこそ」
「ここ、広場ですけど」
「細かいことは気にしてはいけない」
「自分の教会みたいに言ったよ、この人」
でも男は、まったく聞いていない。
「我が教会には、とても分かりやすい料金制度がございます」
「もうお金の話!?」
宣教師は指を一本立てた。
「まず――挨拶」
ニコッ。
「赤B」
「挨拶でお金取るの!?」
二本目。
「有益な情報」
ニコニコッ。
「銀B」
「急に高くなった!」
そして三本目。
宣教師の笑顔が、今までで一番輝いた。
「そして――」
両腕を大きく広げる。
「私と一生の友達になれる権利」
「いらない」
オラクルが即答した。
宣教師が固まる。
「……まだ値段を言っていないが?」
「どうせ金Bだろ」
「金B」
「当たった!」
フランアーデルさんが額を押さえた。
「フールちゃん、行こう。関わらない方がいい」
「待ちたまえ!」
宣教師が素早く横へ回り込んでくる。
「この素晴らしい友情プラン! なんと一生涯――」
「結構です」
「誕生日には心の中で祝福!」
「何もしてないじゃん!」
「困った時には遠くから応援!」
「助けてよ!」
「死後には七日間だけ覚えている!」
「短い!」
隣では、オラクルがとうとう腹を抱えて笑い始めた。
「最高だな、こいつ」
「オラクルが気に入っちゃった!」
宣教師は満足そうに頷く。
「猫殿。友情プランはいかが?」
「二赤Bなら考える」
「値切るな!」
何なの、この二人。
「もう行こう」
フランアーデルさんが、本気で私の肩を押した。
その時だった。
「黄金のクジラ」
宣教師が、ぼそりと呟く。
私たち全員の足が止まった。
「……え?」
男はニヤニヤしている。
でも、それ以上は何も言わない。
「今、何て言ったの?」
ニヤニヤ。
「黄金のクジラって……知ってるの?」
ニヤニヤ。
「ねぇ!」
すると宣教師は、人差し指と親指で輪を作った。
「銀B」
「商売が上手い!」
オラクルが感心したように言った。
「感心するところ!?」
フランアーデルさんは、さっき以上に警戒を強めている。
「フールちゃん。信用できないよ」
「うん……」
どう見ても、信用できない。
でも。
私たちはこの人の前で、一度も黄金のクジラなんて言葉を口にしていない。
オラクルが私を見る。
「どうする、お嬢」
少し考えた。
昔の私なら、怖くて断っていたかもしれない。
でも。
旅をする中で、オラクルから学んだことがある。
情報には――価値がある。
「……払う」
「本気かい?」
フランアーデルさんが驚いたように私を見る。
「うん」
私は鞄から銀Bを一枚取り出した。
その瞬間。
宣教師の目が――ギラッ!!
明らかに光った。
「どうぞ」
チャリン。
銀Bを男の手へ載せる。
次の瞬間。
消えた。
「速っ!」
どこへ仕舞ったのか、まったく見えなかった。
オラクルが感心したように唸る。
「いい手してやがる……」
「盗賊目線で褒めないで!」
宣教師は何事もなかったように分厚い本を開いた。
「対価は支払われた」
さっきまでとは――少しだけ声が違った。
「では教えよう、迷える子羊ちゃん」
私は思わず息を呑む。
宣教師の指が、本の一ページで止まった。
「黄金の雲海鯨が目覚めない理由は――眠いからではない」
「え?」
「奴が眠っているのは、普通の眠りではない」
オラクルの表情が変わった。
フランアーデルさんも、ふざけた空気を消して宣教師を見る。
「大昔より続く――深すぎる眠り」
「じゃあ……どうやったら起こせるの?」
宣教師が、初めて笑うのをやめた。
「この世界のどこかに」
低い声。
「いかなる眠りをも目覚めさせる――一つの石がある」
「石……?」
「人の眠り」
ページをめくる。
「魔物の眠り」
さらに、もう一枚。
「呪いによる眠り」
そして最後に。
「時すら止まった眠り」
バタン。
本が閉じられた。
「すべてを――目覚めさせる」
私は息を呑んだ。
「それがあれば……クジラさんも?」
「さあねぇ?」
突然。
宣教師は、またいつもの胡散臭い笑顔へ戻った。
「そこまでが銀Bコースです」
「そこ一番大事でしょー!?」
「追加情報は――」
手を出してくる。
「銀B」
「また!?」
今度はオラクルが、すぐに私を止めた。
「払うな。キリがねぇ」
「さすが泥棒殿。よく分かっていらっしゃる」
「褒められてる?」
「たぶん馬鹿にされてる」
宣教師が踵を返した。
「待って!」
私は慌てて呼び止める。
「その石の名前は!?」
男は振り返らない。
ただ、片手だけを上げた。
「名など、いずれ君たちの方から辿り着くだろう」
「場所は!?」
「知らない」
「知らないの!?」
「知っていたら――」
宣教師が肩越しに笑った。
「銀B一枚で教えると思うかね?」
「それは確かに……」
「納得しちゃダメだよ、フールちゃん」
その時。
宣教師の身体の周りから、黒い煙が立ち始めた。
「え?」
オラクルが立ち上がる。
「魔法だ」
フランアーデルさんも、すぐに短剣へ手を伸ばした。
「待て。お前、何者だ?」
男は最後まで、ニヤニヤしていた。
「ただの善良な宣教師ですよ」
「絶対嘘!」
「それでは皆様」
両手を合わせる。
「よい旅を」
宣教師の姿が薄くなっていく。
「あっ! 待って!」
「そうそう」
消える直前。
宣教師の顔だけが、ひょこっと煙の中から出てきた。
「友達プランはいつでも金Bだからね」
「いらないよ!」
「残念」
ポンッ!
黒い煙が弾ける。
そして。
「……」
「……」
「……」
完全に消えた。
メリーは、しばらく男がいた場所を見つめたあと――。
「変な人」
と、一言だけ呟いた。
「今日一番正しいこと言ったね」
でも。
あの人が残していった情報は、間違いなく重要だった。
――いかなる眠りをも目覚めさせる石。
「名前じゃないけど……これだけ情報があれば」
私はすぐに《聖なるマップ》を広げた。
これまでだって。
《人魚の旋律》や幻獣。
たくさんの情報に、地図は反応してきた。
「お願い……」
羊皮紙へ手を置く。
「クジラさんを起こす石の場所を教えて」
直後。
青白い光が地図全体を駆け抜けた。
「光った!」
オラクルたちも集まり、地図を覗き込む。
文字。
線。
国。
森。
山。
海。
世界中が次々と淡く光る。
私は、新しい反応を必死に探した。
「……あれ?」
ない。
「どこ?」
もう一度。
端から端まで確認する。
「……ない」
「見落としてるんじゃねぇか?」
「ううん」
☆マーク。
カサンドラ。
《???》。
黄金の雲海鯨を示した足跡。
全部、いつも通り。
なのに。
目覚めの石だけが――どこにも表示されない。
「なんで……?」
フランアーデルさんも地図を覗き込む。
「名前が正確じゃないからかな」
「でも今までは、もっと曖昧でも反応したことあったよ」
オラクルが地図へ手を伸ばしかけて――やめた。
「壊れた?」
「縁起悪いこと言わないで!」
すると。
メリーが地図をじっと見つめた。
「隠れてる?」
「……隠れてる?」
その言葉が。
妙に胸に残った。
地図に載っていない――じゃなく。
地図から、隠されている。
「まさか……」
私は羊皮紙を見つめた。
世界中の秘宝を示してきた《聖なるマップ》。
その地図ですら――見つけられないもの。
いったい。
何なんだろう。
◇ ◇ ◇
――その頃。
遥か空の上。
雲海のさらに向こう。
太陽の光さえ届かない、黒鉄の城――カサンドラ。
巨大な時計盤を模した円卓。
その【12】の席で。
空間が、ぐにゃりと歪んだ。
一人の男が現れる。
TIME――No.12。
その瞬間。
円卓を囲んでいた者たちの空気が、一斉に変わった。
そして。
一人の女性が前へ出る。
閉じられた白い日傘。
左手の甲には――【8】。
リザベル。
その両手には、グライツ王国から奪った――。
☆4《大魔道士の魔導書》。
「リーダー」
リザベルが、魔導書を差し出した。
「ご命令の品ですわ」
No.12は静かに受け取る。
青紫色の魔力が、暗い円卓の中で不気味に揺れた。
「……よくやった」
その声には。
喜びも。
興奮もなかった。
「これでまた一つ、条件が揃った」
リザベルが、僅かに笑う。
「残りは?」
No.12が円卓を見渡した。
「《???》」
その言葉に、何人かのTIMEメンバーが顔を上げる。
「残された三つの所在を急げ」
静かな声だった。
それなのに。
誰も逆らえるような空気ではない。
「時間がない」
No.12は、それ以上何も言わず――闇へ消えた。
「相変わらず、忙しいお方」
リザベルが小さく笑う。
そして視線を、円卓の反対側へ向けた。
そこにいる、一人の男。
背中には――身の丈ほどもある巨大な剣。
左手の甲には。
【10】
「ねぇ」
リザベルが歩み寄る。
男は振り返らない。
「10番」
返事はない。
「地上でね」
リザベルの口元が、楽しそうに歪んだ。
「貴方の弟君に会ったわ」
男は動かない。
「フランアーデル」
その名前を――わざとゆっくり口にする。
「ずいぶん強くなっていたわよ」
沈黙。
「黒龍王を一撃で倒すほどに」
それでも。
返事はない。
「私にも本気で斬りかかってきた」
リザベルは男の顔を覗き込んだ。
「可愛い弟じゃない」
そこで。
No.10が、初めて口を開いた。
「……無意味な話をするな」
低い声。
「まあ」
「俺には――」
No.10が、ゆっくりリザベルを見る。
凍りついたような。
何の感情も読み取れない瞳。
「家族などいない」
それだけ言い残し。
男の姿は、闇へ溶けるように消えた。
一人残されたリザベルは。
しばらく、その場所を見つめたあと――。
小さく笑った。
「……本当に?」
誰にも届かない声だった。
◇ ◇ ◇
その頃。
地上にいる私は、まだ《聖なるマップ》と睨めっこしていた。
黄金の雲海鯨を目覚めさせる石。
やっぱり。
どこにもない。
でも。
私たちはまだ知らなかった。
カサンドラへ行くために探し始めた、その石が。
ただクジラを目覚めさせるだけの――。
単なる「目覚まし」なんかではないことを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は一回限りの登場キャラ――怪しすぎる宣教師でした。
挨拶は赤B。
情報は銀B。
一生の友達は金B。
……絶対に入りたくない教会です。
ですが、胡散臭さとは裏腹に、彼が残した情報は重要でした。
黄金の雲海鯨を目覚めさせる鍵――「いかなる眠りをも目覚めさせる石」。
ところが、その情報を得ても『聖なるマップ』には場所が表示されません。
世界中の秘宝を示してきた地図にすら映らない石とは、一体何なのか。
そして今回はカサンドラ側も描写。
リザベルは☆4『大魔道士の魔導書』をTIMEへ持ち帰り、No.12は残る『???』の探索を急がせています。
さらにNo.10へ、フランアーデルの存在を伝えたリザベル。
しかしNo.10が返した言葉は――。
「俺には、家族などいない」
次回。
地図にも映らない石。
そしてTIMEへ対抗するため、フールたちは自分たちの「今の弱さ」と向き合うことになります。




