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『フールの大冒険 ~本の世界に消えた両親を探していたら、聖なるマップに選ばれました~』  作者: ☆☆アダム☆☆


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第52話 炎の中で手を離さない

「フランアーデルさん!」


黒煙の中を走りながら、私は何度も名前を呼んだ。


ついさっきまで何万人もの歓声に包まれていたコロシアムは、見る影もなく崩れている。客席のあちこちから黒赤い炎が噴き上がり、天井から落ちてきた瓦礫が通路を塞いでいた。


「助けてくれ!」


「こっちに怪我人がいる!」


「出口はどこだ!?」


怒鳴り声と泣き声が入り混じり、どこから手をつければいいのか分からないほどだった。


それでも、立ち止まってはいられない。


「メリー! 右側に怪我してる人がいる!」


「分かった!」


メリーが私の肩から飛び立った。


小さな身体から柔らかな緑色の光が広がり、瓦礫の近くで倒れていた人たちを包み込む。


「《ヒーリング》!」


「オラクル!」


「あっちだ!」


オラクルはすでに煙の流れと崩れ方を見ながら、まだ使える避難通路を探していた。


「東側の出口は生きてる! 動ける奴はそっちへ行け! 押すんじゃねぇぞ!」


普段はお金や酒のことばかり言っているのに、こういう時の判断は本当に早い。


私は安心して闘技場の中央へ向かった。


そこに――フランアーデルさんがいる。


「フランアーデルさん!」


返事がない。


膝をついたまま、動こうとしない。


足元には、黒龍王を倒した短剣が転がっている。


「フランアーデルさん!」


ようやく近くまで辿り着き、肩へ手を置いた。


それでも。


反応がない。


「……兄さんが」


掠れた声が聞こえた。


「え?」


「兄さんが……TIMEの10番……?」


フランアーデルさんは、私を見ていなかった。


リザベルさんが消えていった空を、ただ呆然と見つめている。


「そんなわけ……ない」


握った拳が震えている。


「父さんも母さんも、兄さんは修業へ行ったって言ってた。いつか帰ってくるかもしれないって……だから僕は……」


声が途切れた。


私は何も言えなかった。


簡単に「大丈夫」なんて言える話じゃない。


TIMEはフランアーデルさんの故郷を襲った。


お父さんも、お母さんも、妹さんも、その時に亡くなった。


だから彼はずっとTIMEを憎み、復讐するために強くなってきた。


そのTIMEの一人が、自分のお兄さんだと言われた。


しかもNo.10。


グラティスで私たちを圧倒し、《古の目覚めの笛》を奪っていった男。


「嘘だ……」


フランアーデルさんが頭を抱えた。


「だったら僕は……何のために……」


その時。


ミシッ――。


嫌な音が頭上から聞こえた。


「フランアーデルさん!」


見上げる。


崩れかけた天井から、巨大な石材が落ちてきた。


「危ない!」


考えるより先に身体が動いた。


私はフランアーデルさんへ飛びつき、そのまま二人で床を転がる。


直後。


ドゴォォン!!


さっきまでいた場所へ巨大な瓦礫が落下した。


「痛たた……」


身体を起こす。


幸い、大きな怪我はない。


でも。


「フランアーデルさん!」


彼はまだ、ぼんやりしている。


「立って!」


「……」


「ここにいたら死んじゃうよ!」


「僕は……」


「フランアーデルさん!」


思わず大きな声が出た。


彼の肩を両手で掴み、無理やりこちらを向かせる。


「今は分からなくていい!」


フランアーデルさんの瞳が、初めて私を見る。


「お兄さんが本当にTIMEなのかも、どうしてTIMEにいるのかも、リザベルさんの話が全部本当なのかも……今は何も分からないよ!」


「でも、8番は――」


「だったら確かめよう!」


私は言った。


「自分で!」


フランアーデルさんが目を見開いた。


「カサンドラにいるんでしょう? だったら行って、本人に聞けばいい!」


「……本人に」


「うん」


私だって同じだ。


お父さんとお母さんについて、分からないことだらけのまま旅を始めた。


どうしていなくなったのか。


どうして私を残したのか。


この世界で何があったのか。


最初は何一つ知らなかった。


「私も、お父さんとお母さんのことを知りたくてここまで来たの」


誰かから聞いた話だけで終わりたくない。


自分で会って。


自分で聞いて。


自分で確かめたい。


「だからフランアーデルさんも、一緒に確かめようよ」


「フールちゃん……」


「お兄さんが何をしたのかも、どうしてTIMEにいるのかも、全部」


フランアーデルさんの表情が歪んだ。


怒っているのか。


悲しいのか。


自分でも分からないんだと思う。


それでいい。


今すぐ答えなんて出さなくていい。


「でも、そのためには生きてないと駄目だよ」


私は手を差し出した。


「だから、今はここから出よう」


しばらく。


フランアーデルさんは、その手を見つめていた。


やがて。


震えていた手が、私の手を掴んだ。


「……ありがとう」


「うん!」


私は力いっぱい引っ張った。


「短剣も忘れないで!」


「あ……」


足元へ落ちていた短剣を拾い、フランアーデルさんへ渡す。


彼はそれを受け取ると、少しだけ苦しそうに笑った。


「僕としたことが……武器まで落とすなんてね」


「今日は仕方ないよ」


「そうかな」


「そうだよ」


完全に立ち直ったわけじゃない。


それでも。


立ってくれた。


今はそれだけで十分だった。


◇ ◇ ◇


「お嬢!」


黒煙の向こうからオラクルが走ってきた。


「何してやがる! こっちはもう崩れるぞ!」


「ごめん!」


オラクルはフランアーデルさんを見る。


一瞬だけ何か言いたそうな顔をした。


でも。


「話は外でだ」


それだけだった。


フランアーデルさんも頷く。


「ああ」


「メリーは?」


「向こうで怪我人を治してる!」


「なら先に道を作るぞ。西側はもう駄目だ。東から抜ける」


「分かった!」


私たちは三人で走り出した。


途中。


倒れた柱の下から声が聞こえた。


「誰か……!」


足を止める。


一人の兵士が、巨大な石柱に脚を挟まれていた。


「オラクル!」


「分かってる!」


オラクルと私が柱へ手をかける。


「せーの!」


動かない。


重すぎる。


「もう一回!」


それでも、ほとんど持ち上がらない。


その時。


隣からフランアーデルさんが柱へ手を添えた。


「僕もやる」


「フランアーデルさん……」


「三人ならいける」


まだ目には苦しさが残っている。


それでも。


目の前の人を助けようとしている。


「うん!」


三人で力を込める。


「せーのっ!」


柱が僅かに浮いた。


「今だ! 這い出ろ!」


オラクルが叫ぶ。


兵士が必死に身体を引きずり、柱の下から抜け出した。


その瞬間、私たちは一斉に手を離す。


ドンッ!


「助かった……ありがとう……!」


「まだお礼はいいよ!」


私は兵士の腕を肩へ回した。


「一緒に外へ行こう!」


「僕が支える」


フランアーデルさんが反対側へ入る。


二人で兵士を支えながら、出口へ向かった。


◇ ◇ ◇


東側の通路へ近づくと、メリーが飛んできた。


「フール!」


「メリー!」


小さな身体は煤で少し黒くなっていた。


でも、怪我はない。


「みんな治した」


「すごい! ありがとう!」


「いっぱい魔法使った」


「外に出たらパン食べようね!」


「いっぱい?」


「いっぱい!」


メリーの目に少し元気が戻る。


こんな時でもパンなんだ。


でも。


それでいい。


いつものメリーがいてくれるだけで、少し安心する。


オラクルが先頭を走る。


「出口見えたぞ!」


煙の向こうに、外の光が見えた。


あと少し。


そう思った時。


後方から。


ゴゴゴゴゴゴゴ――。


今までとは比べものにならない音が響いた。


振り返る。


コロシアム中央の巨大な支柱が、ゆっくり傾き始めていた。


「まずい!」


オラクルの顔色が変わる。


「あれが倒れたら、ここも全部潰れる!」


「走って!」


私たちは兵士を支えたまま、出口へ向かって一気に駆け出した。


背後では次々と柱が崩れ、瓦礫が通路へ落ちてくる。


外の光が、どんどん近づいてくる。


「もう少し!」


そして。


最後の一歩を踏み出した直後。


背後でコロシアムの一部が――轟音とともに崩れ落ちた。


コロシアムの外へ出ても、まだ安心できる状況ではなかった。


背後では黒煙が空高く立ち上り、崩れかけた建物の中から次々と人が運び出されている。兵士たちは声を張り上げて避難者を誘導し、治療師たちは広場へ急ごしらえの救護所を作って、怪我人の手当てを始めていた。


「フール!」


聞き慣れた声に振り返る。


「メリー!」


小さな身体が、ふらふらとこちらへ飛んできた。


私は慌てて両手を伸ばし、落ちてきそうになったメリーを受け止める。服も髪も煤で汚れ、さっきまで水魔法を使い続けていたせいか、いつもの元気はほとんど残っていなかった。


「疲れた……」


「うん。いっぱい頑張ったもんね」


私はメリーの頭を優しく撫でた。


最初に黒い炎へ水をぶつけたのはメリーだった。


一人では消し切れなかった。それでもメリーが諦めずに水を放ち続けたからこそ、周囲の魔道士たちも次々と立ち上がった。


水術師や氷の魔道士たちが加わり、最後には何十、何百という魔法が一つの巨大な奔流となって黒炎へ叩きつけられた。


それだけじゃない。


ついさっきまで武道大会で互いに勝つため戦っていた人たちまで、今度は人を助けるために力を合わせていた。


豪腕のバルガスさんは巨大な瓦礫を持ち上げ、その下に取り残された人たちの逃げ道を作った。銀槍のセレナさんは崩れかけた柱を槍と自分の身体で支え続け、影潜りのクロウさんは濃い煙の中へ何度も消えては、逃げ遅れた子供や負傷者を抱えて戻ってきた。


大会では敵同士だった人たちが、今は誰が勝ったとか負けたとか、そんなことを全部忘れて動いている。


その光景が、私は嬉しかった。


「メリーが最初に頑張ったから、みんなも手伝ってくれたんだよ」


「メリー、えらい?」


「すっごくえらい」


「もっと」


「え?」


メリーが私の腕の中から、じっと見上げてくる。


「もっと褒めて」


こんな時でも、そこはいつものメリーだった。


思わず笑ってしまう。


「世界一頑張った!」


「えへへ」


ようやく満足したらしく、メリーは私の胸へ身体を預けると、そのまま小さな寝息を立て始めた。


「寝ちゃった……」


それだけ疲れていたんだ。


私は起こさないよう、そっと抱き直した。


◇ ◇ ◇


少しして、オラクルも避難口から姿を現した。


「オラクル!」


私は思わず声を上げた。


全身が煤だらけだった。


自慢のヒゲの先まで少し焦げ、服もところどころ黒く汚れている。


「大丈夫!?」


「……最悪だ」


「怪我したの!?」


「煙草が全部濡れた」


「そっち!?」


心配して損した。


「命より煙草なの!?」


「命があっても煙草がなきゃ落ち着かねぇんだよ」


「知らないよ!」


こんな状況なのに、思わず笑ってしまった。


オラクルも小さく鼻を鳴らす。


いつものやり取りができることに、少しだけ安心した。


でも。


そのすぐ後ろ。


フランアーデルさんだけは笑っていなかった。


少し離れた場所へ腰を下ろし、崩れたコロシアムから立ち上る黒煙を、何も言わずに見つめている。


さっき私の手を取って、自分の足で立ち上がってくれた。


それでも。


心の中まで立ち直ったわけじゃない。


当然だ。


ほんの少し前まで、TIMEは家族の仇だった。


そのTIMEのNo.10が、会ったことすらない自分のお兄さんだと突然知らされたんだから。


◇ ◇ ◇


その日の夜。


グライツ王国から、祭りの音は完全に消えていた。


昨日まで大通りを埋め尽くしていた歓声も音楽もなく、代わりに聞こえてくるのは、瓦礫を運ぶ兵士たちの声や治療師たちが行き交う足音ばかりだった。


武道大会は当然中止。


幸いにも、メリーをはじめとした魔道士たちによる共同消火と、兵士や大会参加者たちの避難誘導が間に合ったことで、被害が際限なく広がることだけは防げた。


それでも、リザベルが残した傷跡は大きい。


そして。


奪われたものもある。


私は《聖なるマップ》を広げた。


【☆4《大魔道士の魔導書》】


リザベルに奪われた☆4の反応は、もうグライツ王国にはなかった。


「動いてる……」


地図の上で青紫色の光が移動している。


北でも南でもない。


地上を移動しているわけでもない。


世界地図の端へ向かい、さらに――空の上へ。


やがて、その光は一つの場所で止まった。


大量の☆反応が集中している天空の国。


「……カサンドラ」


やっぱり。


リザベルは☆4《大魔道士の魔導書》を、TIMEの本拠地へ持ち帰ったんだ。


オラクルも横から地図を覗き込んだ。


「これでまた一つ、奴らのところへ☆付きが増えたってわけか」


「……取り返す」


私は《聖なるマップ》を握り締めた。


「いつか絶対に」


「焦るなよ」


オラクルがすぐに釘を刺した。


「今カサンドラへ行っても勝てねぇ」


「分かってる」


悔しいけど。


それだけは、嫌というほど分かっている。


TIME No.8のリザベル。


フランアーデルさんが全力で放った《グランドバイツ》でさえ、《アブソリュート・シールド》には傷一つつけられなかった。


そして、彼女よりさらに上の番号にはNo.10がいる。


グラティスで私たちを圧倒した男。


フランアーデルさんのお兄さん。


「もっと強くならなきゃ」


次に会った時も、何もできずに奪われるだけなんて嫌だ。


でも。


強くなるだけでも駄目だ。


「カサンドラへ行く方法も探さないと」


「そっちが先だな」


オラクルが頷く。


場所は分かっている。


それなのに、行き方が分からない。


普通の飛行魔法では届かないという天空の国へ、どうすれば辿り着けるのか。


その答えも探さなければならない。


私は地図を閉じた。


その時。


少し離れたベンチに、一人で座っているフランアーデルさんが目に入った。


ずっと空を見ている。


オラクルも私の視線を追い、すぐに気づいたらしい。


「行ってこい」


「え?」


「今は俺より、お前の方がいいだろ」


「オラクルは?」


「チビを見てる」


私の腕の中で眠っているメリーを指差す。


少し迷ったけれど。


「……うん」


私は眠っているメリーをオラクルへ預け、フランアーデルさんのところへ向かった。


◇ ◇ ◇


隣へ腰を下ろす。


フランアーデルさんは何も言わなかった。


私も、すぐには話しかけなかった。


何を言えばいいのか分からなかったから。


「元気出して」なんて言っても、今すぐ元気になれるはずがない。


「お兄さんは悪くないよ」とも言えない。


No.10が何をしてきたのか。


どうしてTIMEにいるのか。


私にはまだ何も分からない。


だから。


ただ一緒に夜空を見上げた。


昼間の騒ぎが嘘だったみたいに、空には静かに星が輝いている。


長い沈黙が続いた。


でも、不思議と居心地は悪くなかった。


やがて。


フランアーデルさんが、ぽつりと口を開いた。


「フールちゃん」


「うん」


「僕ね……」


声が、少し震えていた。


「兄さんに――会ったことがないんだ」


「……え?」


思わず隣を見る。


フランアーデルさんは夜空を見上げたまま、苦しそうに笑っていた。


「本当に一度も」


少しだけ息を詰まらせる。


「顔すら――覚えていないんだよ」


私は何も言えなかった。


TIME No.10。


フランアーデルさんがずっと憎み続けてきた組織の上位メンバー。


でも、その男は彼にとって「裏切った兄」ですらなかった。


会った記憶も。


声を聞いた記憶も。


一緒に過ごした思い出さえない。


それなのに今日突然――。


自分の人生を壊したTIMEの中に、その兄がいると知らされたんだ。


フランアーデルさんは膝の上で両手を組み、夜空から目を離さない。


「僕が知ってる兄さんは……ずっと、父さんと母さんから聞かされた話の中にしかいなかったんだ」


その言葉を聞いた瞬間。


私はようやく分かった。


フランアーデルさんが今、確かめなければならないのは。


兄が敵なのか味方なのか。


そんな単純なことだけじゃない。


そもそも――。


自分のお兄さんが、一体どんな人間なのか。


そこからだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回はTIME No.8・リザベル襲撃後の救出回でした。

リザベルの《カタストロフ・フレア》によって炎上したコロシアム。

メリーが水魔法で消火を始め、それを見たグライツ王国の魔道士たちも次々と参加しました。

大会では敵同士だったセレナ、クロウ、バルガスたちも、今度は人命救助のために共闘。

そしてフールは、兄=TIME No.10という事実を突きつけられて動けなくなったフランアーデルを、炎の中から連れ出します。

ただ「大丈夫」と励ますのではなく――今は分からないなら、一緒に考える。

フランにとって、ここからが本当の兄探しの始まりです。

次回。

フランアーデルが語る――一度も会ったことのない兄と、両親が隠していた秘密。

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