第51話 炎の中で手を離さない
第50話 炎の中で、手を離さない
ドゴォォォォォン!!
天井の一部が崩れ落ちた。
「きゃあああっ!」
「出口だ! 出口へ急げ!」
観客席は一瞬で大混乱に陥った。
黒い炎が壁を這い、折れた柱へ燃え移っていく。煙が視界を塞ぎ、何万人もの人たちが一斉に出口へ殺到していた。
「フランアーデルさん!」
私は闘技場へ駆け下りた。
その中央。
フランアーデルさんは膝をついたまま動いていなかった。
「兄さんが……」
足元には、落とした《グランドバイツ》。
「TIMEの……10番……?」
「フランアーデルさん、立って!」
返事がない。
「お嬢、上だ!」
オラクルの叫び。
私は反射的に顔を上げた。
燃えた巨大な梁が、真上から落ちてくる。
「危ない!」
オラクルが飛び込んだ。
ガァァン!!
短剣で軌道を逸らした梁が、すぐ横の床へ激突する。
「ぼーっとすんな!」
「ご、ごめん!」
「俺はこいつを見る! お前は周りを見ろ!」
オラクルはフランアーデルさんの腕を掴んだ。
けれど。
「……」
動かない。
「おい、フラン!」
初めてオラクルが、さん付けも何もなく名前を呼んだ。
「死にてぇのか!」
「……僕は」
フランアーデルさんの唇が震える。
「何のために……強くなったんだ……」
「今考える話じゃねぇ!」
オラクルが怒鳴った。
「生き残ってから考えろ!」
その時。
「フール!」
メリーの声。
振り返る。
観客席。
炎が出口の一つを塞いでいた。
向こう側には、逃げ遅れた人たち。
子供を抱えた母親。
倒れた老人。
負傷した大会参加者。
「助けなきゃ!」
私は走ろうとした。
だけど。
メリーが先に飛び上がった。
「メリーがやる!」
「え?」
小さな両手が、炎へ向けられる。
いつもの赤い炎じゃない。
青い光。
「シャイニー……」
メリーが目を閉じる。
「お水……いっぱい……!」
空中に。
ぽちゃん。
一滴の水が生まれた。
次。
二滴。
十。
百。
それが渦を巻く。
「きゅうううううっ!」
ザァァァァァン!!
巨大な水流が炎へ叩きつけられた。
ジュウウウウウッ!!
白い蒸気。
黒炎が少しだけ弱まる。
「すごい!」
でも。
消えない。
リザベルの炎。
普通の火とは明らかに違う。
「まだ……!」
メリーが歯を食いしばる。
「メリー、無理しないで!」
「できる!」
もう一度。
水。
だけど。
小さな身体が震え始めた。
「チビ一匹にやらせるな!」
声が飛んだ。
見る。
予選で敗れた魔道士の一人が、杖を掲げていた。
「水術師は前へ出ろ!」
「氷系もだ!」
「炎を押さえるぞ!」
次々と。
観客席から。
選手控室から。
魔道士たちが立ち上がる。
「《アクア・ストリーム》!」
「《フロスト・レイン》!」
「《水壁陣》!」
青。
白。
何十もの魔法。
それらがメリーの水流へ合流していく。
「メリー!」
私は叫んだ。
「みんなが手伝ってくれてる!」
「……うん!」
メリーが目を見開く。
さらに。
何百人もの魔道士が杖を掲げた。
巨大な水の奔流が、コロシアムを包み込む。
ジュウウウウウウウッ!!
炎。
水。
蒸気。
激しい音。
でも。
少しずつ。
確実に。
黒い火柱が小さくなっていく。
「道が開いたぞ!」
「今だ、逃げろ!」
兵士たちが避難者を誘導する。
大会で敵同士だった人たちまで。
怪我人を背負っている。
バルガスが巨大な瓦礫を持ち上げ。
「こっちを通れ!」
セレナが崩れかけた柱を槍で支える。
クロウは煙の中を走り、逃げ遅れた子供を連れ出している。
さっきまで。
勝つために戦っていた人たちが。
今は。
同じ目的で戦っていた。
――誰かを助けるために。
「……すごい」
私は一瞬。
見入ってしまった。
でも。
「お嬢!」
オラクルの声。
「フランを頼む!」
「うん!」
私は走った。
「フランアーデルさん!」
膝をつく。
「立とう!」
「……フールちゃん」
やっと。
私を見る。
でも。
瞳から光が消えている。
「兄さんが……10番だった」
「うん」
「TIMEは……僕の故郷を……」
声が途切れる。
「僕はずっと……あいつらを倒すために……」
握った拳が震える。
「なのに……」
私は。
何て言えばいいのか分からなかった。
「そんなはずないよ」
なんて。
簡単には言えない。
「きっと何か理由がある」
それだって。
今は根拠がない。
だから。
私は。
フランアーデルさんの手を握った。
冷たい。
「……行こう」
「え?」
「ここから出よう」
「でも僕は……」
「お兄さんのことは」
私は手を強く握る。
「あとで、一緒に考えよう」
フランアーデルさんの目が少し動いた。
「一人で考えなくていいよ」
「……」
「私もいる」
肩越し。
水魔法を必死に撃っているメリー。
その向こうにはオラクル。
「メリーも」
「オラクルもいる」
「……」
「だから今は、生きて外へ出よう」
天井。
ミシッ。
「フール!」
オラクルが叫ぶ。
「走れ!」
ドガァン!!
すぐ後ろへ瓦礫が落ちる。
「立って!」
私はありったけの力でフランアーデルさんを引っ張った。
少し。
身体が動く。
「もう一回!」
「……」
「フランアーデルさん!」
彼が。
自分の足で。
立った。
「……ごめん」
「謝らないで!」
足元。
《グランドバイツ》。
私は拾い上げ、フランアーデルさんへ渡す。
彼は。
ほんの少し迷ってから。
握った。
「行こう」
「……うん」
私たちは走り出した。
コロシアムの外へ出た頃には。
空は赤く染まり始めていた。
私はそのまま地面へ座り込んだ。
「はぁ……はぁ……」
メリーも。
ふらふらと飛んできて。
「フール……」
「メリー!」
小さな身体を受け止める。
「疲れた……」
「頑張ったね」
「いっぱい水出した」
「うん」
頭を撫でる。
「すっごく頑張った」
「もっと」
「世界一頑張った!」
「えへへ」
そのまま。
私の膝の上で眠り始めた。
オラクルも外へ出てきた。
煤だらけ。
ヒゲまで少し焦げている。
「オラクル!」
「……最悪だ」
「大丈夫!?」
「煙草が全部濡れた」
「そっち!?」
思わず笑ってしまった。
でも。
その後ろ。
フランアーデルさんだけは。
笑っていない。
少し離れた場所へ座り。
燃え跡から上る煙を。
ずっと見ていた。
その日の夜。
グライツ王国は。
いつもの祭りの音を失っていた。
大会は当然中止。
街には怪我人を治療する人たち。
崩れたコロシアムを片づける兵士。
幸い。
魔道士たちの共同消火と避難誘導が間に合ったおかげで、最悪の被害は避けられた。
でも。
奪われた。
【☆4 大魔道士の魔導書】
その反応を。
『聖なるマップ』で見る。
光が。
動いていた。
北でも。
南でもない。
世界の端へ。
空の上へ。
「……カサンドラ」
やがて。
☆4の反応が。
そこで止まる。
大量の星が集まる場所。
TIME本拠地。
「やっぱり……持ち帰ったんだ」
オラクルが地図を見る。
「これでまた一つ、奴らの宝が増えたってわけか」
「……取り返す」
私は地図を握った。
「いつか絶対」
「焦るなよ」
オラクルが言う。
「今行っても勝てねぇ」
「分かってる」
悔しいけど。
分かっている。
No.8。
フランアーデルさんの全力。
グランドバイツ。
傷一つつかなかった。
そして。
そのNo.8より上に。
No.10がいる。
「……強くならなきゃ」
私は呟いた。
その時。
少し離れたベンチ。
フランアーデルさんが。
一人で座っているのが見えた。
「行ってこい」
オラクルが言った。
「え?」
「今はお前の方がいい」
「オラクルは?」
「俺はチビ見てる」
膝で眠るメリーを指差す。
私は少し迷って。
「……うん」
立ち上がった。
フランアーデルさんの隣へ。
静かに座る。
「……」
話しかけない。
すぐには。
何を言えばいいのか分からないから。
しばらく。
二人で夜空を見る。
長い沈黙。
そして。
フランアーデルさんが。
ぽつりと呟いた。
「フールちゃん」
「うん」
「僕ね」
声が。
少し震えていた。
「兄さんに……会ったことがないんだ」
「……え?」
私は。
思わず彼の顔を見た。
フランアーデルさんは。
夜空を見たまま。
苦しそうに笑った。
「本当に一度も――顔すら、覚えていないんだよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回はTIME No.8・リザベル襲撃後の救出回でした。
リザベルの《カタストロフ・フレア》によって炎上したコロシアム。
メリーが水魔法で消火を始め、それを見たグライツ王国の魔道士たちも次々と参加しました。
大会では敵同士だったセレナ、クロウ、バルガスたちも、今度は人命救助のために共闘。
そしてフールは、兄=TIME No.10という事実を突きつけられて動けなくなったフランアーデルを、炎の中から連れ出します。
ただ「大丈夫」と励ますのではなく――今は分からないなら、一緒に考える。
フランにとって、ここからが本当の兄探しの始まりです。
次回。
フランアーデルが語る――一度も会ったことのない兄と、両親が隠していた秘密。




