第47話 武道大会と日傘の魔道士
黒龍の洞窟をあとにしてから、数日。
私たちは新しい仲間――フランアーデルさんと一緒に、グライツ王国へ続く街道を歩いていた。
「フランアーデルさん、武道大会ってどれくらい大きい大会なんですか?」
「かなり大きいよ。世界中から腕自慢が集まってくる。剣士だけじゃなくて、魔道士や格闘家、珍しい武器を使う人もいるらしい」
「世界中から……!」
それを聞くだけで胸が高鳴る。
肩の上のメリーも楽しそうだ。
「強い人いっぱい?」
「たぶんね」
「戦いたい!」
「メリーは観客だからね!?」
隣を歩くオラクルが煙草の煙を吐きながら笑った。
「どうせ大会が始まったら、お前まで出たがるんだろ」
「出ないよ!」
「本当か?」
「……たぶん」
「もう怪しいじゃねぇか」
そんな話をしているうちに――。
「見えてきたよ」
フランアーデルさんが前方を指差した。
私は思わず足を止める。
「うわぁ……!」
巨大な城壁。
その向こうに、いくつもの尖塔が空高く伸びている。
グライツ王国。
門の前だけでも、ものすごい人の数だった。
巨大な剣を背負った大男。
全身を鎧で固めた騎士。
杖を何本も抱えた魔道士。
さらには、私の倍くらいある身体の獣人までいる。
門の上には、大きな垂れ幕。
【グライツ王国武道大会】
【まもなく開催!】
「本当にお祭りみたい!」
「きゅーう!」
王国へ入った瞬間。
さらにすごかった。
大通りには露店がずらり。
武器、防具、食べ物、魔法道具。
いたるところで大会の話が飛び交っている。
「今年は北方の剣聖が来るらしいぞ!」
「いや、南の拳王が優勝だ!」
「魔道士部門の化け物が参加するって聞いたぜ!」
「賭けるなら今だ!」
オラクルの耳がピクッと動いた。
「賭け――」
「ダメ」
「まだ何も言ってねぇ!」
「カジノで十分!」
「お嬢、人生に十分なギャンブルなんて――」
「ないからね?」
私はオラクルを引っ張って歩いた。
「まずは大会の参加受付をしてくるよ」
フランアーデルさんが言った。
「フールちゃんたちは街を見ていていいよ。終わったらここで合流しよう」
「分かりました!」
「変な奴について行くなよ」
オラクルが言う。
「それ、オラクルが言う?」
「俺ほど世の中の悪党を知ってる奴はいねぇ」
それは確かに説得力があった。
フランアーデルさんが受付へ向かい、私たちは大通りを散策することにした。
武道大会が近いせいか、どの店も普段より派手。
「大会限定!」
「勝利祈願!」
「これを食えば絶対優勝!」
そんな怪しい看板もいっぱいある。
「絶対って書いてある」
メリーが一つの屋台を指差した。
「買わないよ」
「なんで?」
「食べ物で優勝できたら、みんな買うでしょ」
「賢くなったな、お嬢」
「今まで馬鹿だったみたいに言わないで!」
その時。
「わぁ……」
私は一軒の露店の前で足を止めた。
武器屋でも。
魔法道具屋でもない。
小さな鏡や髪飾り、古い宝石箱などが並ぶ、アンティーク雑貨の店だった。
その中に。
一つだけ。
すごく可愛い鏡がある。
手のひらほどの大きさ。
銀色の縁には、小さな花の模様。
光に当てると、薄い虹色に輝く。
「これ……可愛い」
メリーも覗き込む。
「フールっぽい」
「本当?」
私は嬉しくなって、鏡へ手を伸ばした。
「おじさん、これ――」
その瞬間。
すっ。
白い手が。
私より先に鏡を持ち上げた。
「あ……」
顔を上げる。
そこに立っていたのは。
一人の女性だった。
「これを頂けるかしら?」
静かで上品な声。
美しい長い髪。
華奢な身体。
そして何より目を引いたのは――。
日傘。
真っ白なレースの日傘を差している。
日差しを避けるように、両腕には長いアームウォーマー。
手首から先まで、ほとんど肌が見えない。
綺麗な人だった。
まるで。
こんな賑やかな通りにいるのに。
その人の周りだけ、別の時間が流れているみたい。
女性がお金を払う。
「あら?」
そして。
私が鏡を見ていたことに気づいた。
「もしかして、お嬢ちゃんもこれが欲しかったの?」
「あっ……」
私は慌てて首を振る。
「大丈夫です! お姉さんの方が先だったから!」
「そう?」
女性は鏡を見る。
それから。
私の顔。
もう一度、鏡。
そして――。
「はい」
「え?」
買ったばかりの鏡を。
私へ差し出した。
「どうぞ」
「ええっ!?」
「お嬢ちゃんの方が似合うわ」
「でも、お姉さんが買ったばっかりなのに!」
「欲しくなったから買った。でも」
女性は少し笑った。
「もっと似合いそうな子を見つけたから、あげたくなった。それだけよ」
「……」
どうしよう。
すごく嬉しい。
「本当にいいんですか?」
「もちろん」
私は両手で鏡を受け取った。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
メリーも頭を下げる。
「ありがと!」
女性はクスッと笑った。
「可愛い精霊さんね」
一方。
オラクルは少し離れた場所から、女性をじっと見ていた。
「……」
「オラクル?」
「何でもねぇ」
「変な顔」
「生まれつきだ」
「自分で言うんだ」
私は鏡を大切にカバンへ仕舞った。
「お姉さん、この国の人なんですか?」
「いいえ」
女性が日傘を少し傾ける。
「私も旅人よ」
「じゃあ、武道大会を見に?」
「いいえ」
女性の笑みが。
ほんの少し。
楽しそうに深くなった。
「出るの」
「ええっ!?」
思わず大声が出た。
「お姉さんが!?」
「失礼ねぇ」
「あっ、ごめんなさい!」
「ふふ。冗談よ」
女性は日傘をくるりと回す。
「これでも一応、魔道士なの」
「魔道士……」
私は思わず全身を見る。
どう見ても。
戦う人には見えない。
細い腕。
優雅な服。
日傘。
「強いんですか?」
「どうかしら?」
女性は悪戯っぽくウインクした。
「大会で見ていれば分かるんじゃない?」
そこへ。
「フールちゃん!」
聞き慣れた声。
振り向くと。
大会受付を終えたフランアーデルさんが、こちらへ歩いてきた。
「お待たせ――」
そして。
女性を見た。
「……」
ほんの一瞬。
フランアーデルさんの足が止まった。
女性も。
フランアーデルさんを見る。
二人の視線が交わる。
「……?」
何だろう。
今。
ほんの少しだけ。
空気が変わった気がした。
でも。
すぐに女性が笑う。
「貴方も大会参加者?」
「ええ」
フランアーデルさんも穏やかに答えた。
「そうです」
「そう」
女性はフランアーデルさんの腰にある短剣を見る。
ほんの一瞬だけ。
目が細くなった。
「……面白そうね」
「?」
「なんでもないわ」
女性は再び私へ向き直る。
「それじゃあ、お嬢ちゃん」
「はい!」
「また会いましょう」
「大会、応援します!」
「ありがとう」
女性は笑い。
日傘を差したまま。
人混みの中へ消えていった。
「綺麗な人だったね」
私は言った。
「鏡もくれた!」
「きゅーう!」
「優しそうだったな」
フランアーデルさんも答える。
でも。
オラクルだけは。
まだ女性が消えた方向を見ていた。
「オラクル?」
「……妙な女だ」
「なんで?」
「分からねぇ」
「え?」
「分からねぇから妙なんだよ」
そう言って。
煙草へ火をつける。
「気配が薄すぎる」
「気配?」
「戦える奴ほど、無意識に何か出る」
殺気。
魔力。
圧。
「でも、あの女」
オラクルが煙を吐く。
「何も感じねぇ」
「じゃあ弱いんじゃない?」
「逆だ」
「え?」
オラクルは目を細めた。
「本当に強い奴は――隠すのも上手い」
一瞬。
あの女性の笑顔が頭に浮かんだ。
でも。
私はすぐに首を振る。
「考えすぎだよ。鏡までくれたんだよ?」
「ならいいけどな」
フランアーデルさんが話を変える。
「そうだ。大会のことなんだけど」
「受付できたんですか?」
「ああ」
「やった!」
「それと」
フランアーデルさんの表情が変わる。
「かなり重要な発表があった」
「重要な?」
「今回の武道大会」
少し間。
「優勝賞品が決まった」
私は。
嫌な予感じゃなく。
すごく良い予感がした。
急いで『聖なるマップ』を開く。
グライツ王国。
その中心。
☆4の光。
「まさか……」
フランアーデルさんが頷いた。
「優勝者には」
静かに言う。
「グライツ王国が保管している――」
【☆4 大魔道士の魔導書】
「これが贈られる」
「やっぱり!」
メリーが飛び上がる。
「取る!」
「フランアーデルさんがね!」
「僕にかかってるのか」
「頑張ってください!」
「急に重いなぁ」
笑っていた。
みんな。
この時は。
まだ。
私は知らなかった。
さっき鏡をくれた。
優しくて。
綺麗で。
少し不思議な日傘の魔道士。
その人が。
この大会で。
フランアーデルさんの人生を――。
そして。
私たちの旅を。
大きく揺るがすことになるなんて。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついにグライツ王国へ到着しました。
世界中の猛者が集まる武道大会。
さらに優勝賞品は、聖なるマップにも表示されている**☆4『大魔道士の魔導書』**。
そして今回登場したのが、日傘を差した謎の女性魔道士。
とても上品で優しく、フールが欲しがっていた鏡まで譲ってくれました。
しかしオラクルだけは、彼女から「何も感じない」ことに違和感を覚えています。
弱いから気配がないのか。
それとも――隠すのが上手すぎるのか。
次回、いよいよ武道大会開幕。
世界中から集まった100人の猛者たちが、一斉に激突します。




