第47話 武道大会と日傘の魔道士
黒龍の洞窟をあとにしてから、数日。
私たちは新しく仲間になったフランアーデルさんと一緒に、グライツ王国へ続く街道を歩いていた。
「フランアーデルさん。武道大会って、どれくらい大きい大会なんですか?」
「かなり大きいよ。世界中から腕自慢が集まってくる。剣士だけじゃなくて、魔道士や格闘家、それに珍しい武器を使う人もいるらしい」
「世界中から……!」
聞いているだけで胸が高鳴ってくる。
肩の上にいるメリーも、すっかり興奮した様子で身を乗り出した。
「強い人いっぱい?」
「たぶんね」
「戦いたい!」
「メリーは観客だからね!?」
隣を歩いていたオラクルが、煙草の煙を吐きながら笑う。
「どうせ大会が始まったら、お前まで出たがるんだろ」
「出ないよ!」
「本当か?」
「……たぶん」
「もう怪しいじゃねぇか」
そんな話をしながら街道を進んでいると、フランアーデルさんが前方を指差した。
「見えてきたよ」
「えっ?」
顔を上げた私は、思わず足を止めた。
「うわぁ……!」
遠くに見えたのは、圧倒されるほど巨大な城壁。その向こうには何本もの尖塔が空高く伸び、王国の威容を遠くからでもはっきりと感じられた。
――グライツ王国。
しかも、驚いたのは建物だけじゃない。
門の前には、すでにものすごい数の人が集まっていた。
身の丈ほどもある巨大な剣を背負った大男。全身を重そうな鎧で固めた騎士。何本もの杖を抱えた魔道士に、私の倍くらいはありそうな巨体の獣人までいる。
そして門の上には、巨大な垂れ幕が掲げられていた。
【グライツ王国武道大会】
【まもなく開催!】
「本当にお祭りみたい!」
「きゅーう!」
私たちは人の波に混ざり、そのまま王国へ入った。
◇ ◇ ◇
中は、門の外よりさらにすごかった。
大通りの両脇には露店がびっしりと並び、武器や防具はもちろん、食べ物に魔法道具まで、ありとあらゆる品が売られている。
しかも周囲から聞こえてくるのは、どれも武道大会の話ばかりだった。
「今年は北方の剣聖が来るらしいぞ!」
「いや、南の拳王が優勝だ!」
「魔道士部門に、とんでもない化け物が参加するって聞いたぜ!」
「賭けるなら今だ!」
その瞬間、オラクルの猫耳がぴくりと動く。
「賭け――」
「ダメ」
「まだ何も言ってねぇ!」
「カジノで十分!」
「お嬢。人生に十分なギャンブルなんて――」
「ないからね?」
言い終わる前に、私はオラクルの腕を引っ張った。
ゴブリン王国であれだけ大騒ぎしたばかりなのに、この猫は本当に懲りない。
するとフランアーデルさんが、少し先にある大会受付を指差した。
「僕は先に参加受付をしてくるよ。フールちゃんたちは、その間に街を見ていていいから」
「分かりました!」
「終わったら、ここで合流しよう」
「はい!」
その時、オラクルが真面目な顔で私を見る。
「変な奴について行くなよ」
「それ、オラクルが言う?」
「俺ほど世の中の悪党を知ってる奴はいねぇ」
「……それは確かに説得力あるかも」
「だろ?」
自慢するところじゃないと思う。
フランアーデルさんと別れた私たちは、そのままメリーとオラクルと三人で大通りを見て回ることにした。
◇ ◇ ◇
大会が近いからなのか、どの店もやたらと派手だった。
『大会限定!』
『勝利祈願!』
『これを食えば絶対優勝!』
そんな怪しい看板まで、そこら中に並んでいる。
「絶対って書いてある」
メリーが、一軒の屋台を指差した。
「買わないよ」
「なんで?」
「食べただけで絶対優勝できるなら、大会に出る人がみんな買ってるでしょ」
オラクルが感心したように頷く。
「賢くなったな、お嬢」
「今まで馬鹿だったみたいに言わないで!」
そう言い返しながら歩いていた、その時だった。
「……わぁ」
私は、一軒の露店の前で足を止めた。
そこは武器屋でも、魔法道具屋でもない。
小さな鏡や髪飾り、古い宝石箱なんかが並べられた、アンティーク雑貨のお店だった。
その中に一つだけ――妙に目を引く鏡がある。
手のひらほどの大きさで、銀色の縁には小さな花の模様が彫られている。光の当たり方によって、縁がほんのり虹色に輝いて見えた。
「これ……可愛い」
メリーも横から覗き込む。
「フールっぽい」
「本当?」
そう言われると、ますます欲しくなってしまう。
私は嬉しくなって鏡へ手を伸ばした。
「おじさん、これ――」
その瞬間。
すっ、と。
白い手が、私より先に鏡を持ち上げた。
「あ……」
顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
「これを頂けるかしら?」
静かで上品な声。
美しい長い髪に、華奢な身体。そして何より目を引いたのは――真っ白なレースの日傘だった。
両腕には長いアームウォーマーを着けていて、手首から先までほとんど肌が見えない。
綺麗な人だった。
これだけ人の多い賑やかな通りにいるのに、その女性の周囲だけ時間の流れが少し違うように感じる。
女性がお金を払い、鏡を受け取った。
「あら?」
そこで初めて、私が鏡を見ていたことに気づいたらしい。
「もしかして、お嬢ちゃんもこれが欲しかったの?」
「あっ……」
私は慌てて首を振った。
「大丈夫です! お姉さんの方が先だったから!」
「そう?」
女性は手にした鏡を見る。
次に、私の顔。
そしてもう一度、鏡へ目を落としたあと――。
「はい」
「え?」
買ったばかりの鏡を、私へ差し出した。
「どうぞ」
「ええっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「でも、お姉さんが今買ったばっかりなのに!」
「欲しくなったから買った。でもね」
女性は少し笑う。
「もっと似合いそうな子を見つけたから、あげたくなった。それだけよ」
「……」
どうしよう。
すごく嬉しい。
でも、本当に受け取っていいんだろうか。
「本当にいいんですか?」
「もちろん」
私はおそるおそる両手を伸ばし、鏡を受け取った。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
肩の上でメリーまで、ぺこりと頭を下げる。
「ありがと!」
女性はその姿を見て、クスッと笑った。
「可愛い精霊さんね」
「きゅーう!」
一方。
少し離れた場所にいるオラクルは、なぜか黙ったまま女性を見ていた。
「……」
「オラクル?」
声をかけると、ようやくこちらを見る。
「何でもねぇ」
「変な顔」
「生まれつきだ」
「自分で言うんだ……」
私は貰った鏡を傷つけないよう、大切に鞄へしまった。
◇ ◇ ◇
「お姉さん、この国の人なんですか?」
私が尋ねると、女性は日傘を少し傾けた。
「いいえ。私も旅人よ」
「じゃあ、武道大会を見に来たんですか?」
「いいえ」
女性の笑みが、ほんの少しだけ楽しそうに深くなる。
「出るの」
「ええっ!?」
また大声を出してしまった。
「お姉さんが!?」
「失礼ねぇ」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「ふふ。冗談よ」
女性は日傘をくるりと回した。
「これでも一応、魔道士なの」
「魔道士……」
私は、つい女性の全身を見てしまう。
細い腕。
優雅な服。
白い日傘。
どう見ても、戦う人には見えなかった。
「強いんですか?」
「どうかしら?」
女性は悪戯っぽくウインクする。
「大会で見ていれば、分かるんじゃない?」
「楽しみにしてます!」
そう答えたところで。
「フールちゃん!」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、大会の受付を終えたフランアーデルさんがこちらへ歩いてきている。
「お待たせ――」
そこまで言って。
女性を見た瞬間、フランアーデルさんの足が止まった。
「……」
女性も、フランアーデルさんを見る。
二人の視線が交わった。
「……?」
何だろう。
ほんの一瞬だけだったけれど、二人の間の空気が変わったような気がした。
けれど、その違和感はすぐに消えた。
女性が穏やかに笑う。
「貴方も大会参加者?」
「ええ」
フランアーデルさんも、いつもの落ち着いた調子で答えた。
「そうです」
「そう」
女性の視線が、フランアーデルさんの腰にある短剣へ落ちる。
ほんの一瞬だけ。
その目が細くなった。
「……面白そうね」
「?」
フランアーデルさんが首を傾げる。
「なんでもないわ」
女性は何事もなかったように私へ向き直った。
「それじゃあ、お嬢ちゃん」
「はい!」
「また会いましょう」
「大会、応援します!」
「ありがとう」
女性は優雅に微笑むと、真っ白な日傘を差したまま人混みの中へ消えていった。
◇ ◇ ◇
「綺麗な人だったね」
私は女性が消えた方を見ながら言った。
「鏡もくれた!」
「きゅーう!」
「優しそうな人だったな」
フランアーデルさんも、特に気にしている様子はない。
ただ。
オラクルだけは、まだ女性が消えた方向を見つめ続けていた。
「オラクル?」
「……妙な女だ」
「なんで?」
「分からねぇ」
「え?」
答えになってない。
けれどオラクルは煙草へ火をつけると、少しだけ目を細めた。
「分からねぇから妙なんだよ。あの女、気配が薄すぎる」
「気配?」
「ああ。戦える奴ってのは、どれだけ隠してても普通は何か出るもんだ」
殺気。
魔力。
圧。
オラクルは、そういうものを言っているらしい。
「でも、あの女からは何も感じねぇ」
「じゃあ、弱いんじゃない?」
「逆だ」
「え?」
煙を細く吐きながら、オラクルが言う。
「本当に強い奴は――隠すのも上手い」
さっきの女性の笑顔が、頭に浮かんだ。
上品で。
優しくて。
私が欲しがっていた鏡まで、買った直後に譲ってくれた。
「考えすぎだよ。鏡までくれたんだよ?」
「ならいいけどな」
オラクルは、それ以上何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
「そうだ。大会のことなんだけど」
フランアーデルさんが話を変えた。
「受付できたんですか?」
「ああ」
「やった!」
「それと、かなり重要な発表があった」
フランアーデルさんの表情が少しだけ真剣になる。
「重要な?」
「今回の武道大会、優勝賞品が決まったんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
私は、嫌な予感ではなく――ものすごく良い予感がした。
急いで《聖なるマップ》を取り出して広げる。
グライツ王国。
その中心部で、ずっと光り続けている☆4の反応。
「まさか……」
フランアーデルさんが頷いた。
「優勝者には、グライツ王国が保管している――」
《聖なるマップ》が光った。
【☆4《大魔道士の魔導書》】
「これが贈られる」
「やっぱり!」
メリーが勢いよく飛び上がる。
「取る!」
「フランアーデルさんがね!」
「僕にかかってるのか」
「頑張ってください!」
「急に重いなぁ」
みんなで笑った。
この時は。
まだ――誰も知らなかった。
さっき私へ鏡をくれた、優しくて綺麗で、少し不思議な日傘の魔道士。
その人が。
この武道大会でフランアーデルさんの人生を――。
そして。
私たちの旅そのものを、大きく揺るがすことになるなんて。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついにグライツ王国へ到着しました。
世界中の猛者が集まる武道大会。
さらに優勝賞品は、聖なるマップにも表示されている**☆4『大魔道士の魔導書』**。
そして今回登場したのが、日傘を差した謎の女性魔道士。
とても上品で優しく、フールが欲しがっていた鏡まで譲ってくれました。
しかしオラクルだけは、彼女から「何も感じない」ことに違和感を覚えています。
弱いから気配がないのか。
それとも――隠すのが上手すぎるのか。
次回、いよいよ武道大会開幕。
世界中から集まった100人の猛者たちが、一斉に激突します。




