第46話 復讐の剣士フランアーデル
「僕は――フランアーデル」
青年がそう名乗った瞬間、手の中の《聖なるマップ》が淡い光を放った。
「……え?」
何か新しい文字でも現れたのかと思い、私は慌てて地図を開く。けれど変化していたのは文字ではなく、地図の上を動く一つの☆マークだった。
【☆2《黒龍王の爪》】
その光は、目の前に立つフランアーデルさんの位置とぴったり重なっている。
「そっか……」
名前に反応したんじゃない。
黒龍王を倒したフランアーデルさんが《黒龍王の爪》を手に入れたから、《聖なるマップ》がその位置を追っているんだ。
オラクルも横から地図を覗き込んだ。
「やっぱりこの地図、持ち主が変わっても追えるのか」
「みたいだね」
フランアーデルさんは、不思議そうに《聖なるマップ》を見つめる。
「ずいぶん変わった地図だね」
「おばあちゃんにもらった、大切な地図なんです」
「なるほど」
それ以上、無理に聞こうとはしなかった。
知りたいことがあったとしても、こちらが話すまで踏み込んでこない。その距離の取り方が、私は少しだけ嬉しかった。
でも――オラクルは違った。
「で?」
短くそう言って、フランアーデルさんを見る。
「お前もTIMEを追ってるって言ったな」
「うん」
「なんでだ?」
さっきまで穏やかだったフランアーデルさんの表情が、僅かに曇った。
黒龍王が消えたあとも、洞窟の中には小さな光の粒が漂っている。その光を眺めながら、彼はしばらく何も言わなかった。
やがて。
「……僕の故郷は、リザーメイト王国という小さな国だった」
静かな声で、話し始めた。
◇ ◇ ◇
「大きくもないし、有名でもない。でも……僕にとっては、世界で一番好きな場所だったよ」
一瞬だけ、フランアーデルさんの顔に優しい笑みが浮かぶ。
「父さんがいて、母さんがいて。それから妹もいた」
「妹さん……」
「うん。すごく元気な子だった」
家族のことを話している時の声は、驚くほど柔らかかった。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
「数年前――TIMEが来た」
洞窟の空気が、急に重くなったように感じた。
「何かを探していたのか、それとも別の目的があったのか……理由は今でも分からない。気づいた時には、街のあちこちで火が上がっていた」
私は息を呑む。
「その頃の僕は、まだ戦えるような歳じゃなかった。逃げることしかできなかったんだ」
フランアーデルさんの手が、静かに拳を作る。
「そして戻った時には――父さんも、母さんも……妹もいなかった」
その先を聞かなくても、分かってしまった。
胸の奥が痛くなる。
私も。
赤、緑、黄色の三匹を失った時。
何もできなかった。
守ってもらうことしかできなかった。
だから、その悔しさが少しだけ分かる気がした。
「……ごめんなさい」
「フールちゃんが謝ることじゃないよ」
フランアーデルさんは、寂しそうに笑う。
「僕はその日から、TIMEを追い続けている」
「復讐のため?」
そう尋ねると、すぐには答えが返ってこなかった。
「……最初は、そうだった」
「最初は?」
「TIMEを全員倒せば、この苦しさも消えると思っていたんだ」
彼は腰にある短剣へ視線を落とす。
「だから剣を覚えた。魔物を倒して、秘宝を集めて、ひたすら強くなった」
その結果が――さっきの戦い。
黒龍王さえ、一撃で倒してしまうほどの力。
それでも。
「でも、強くなればなるほど分からなくなってきた」
「何がですか?」
「TIMEが、何のために世界中の秘宝を集めているのか」
オラクルの耳が、ぴくりと動いた。
「……それは俺も気になるな」
「ただ壊すだけなら、ここまで執拗に☆付きの秘宝を集める必要はないはずだ」
確かにそうだ。
No.10は、グラティスで《古の目覚めの笛》を奪った。
No.4は、ゴブリン王国で☆5《幻獣種召喚の本》を狙った。
そして、カサンドラには数え切れないほどの☆反応が集まっている。
「だから僕は、復讐だけじゃなく――奴らが何をしようとしているのか、それも知りたい」
フランアーデルさんの目が鋭くなる。
その視線を見ながら、私は天空の国カサンドラを思い浮かべた。
もしかすると。
この人も。
私たちと同じ場所へ向かおうとしている。
◇ ◇ ◇
「フランアーデルさん」
「うん?」
「お兄さんとか……他の家族はいなかったんですか?」
その瞬間。
ほんの僅かに、フランアーデルさんの目が揺れた。
「……兄がいる」
「いるの?」
「正確には――いた、のかもしれない」
不思議な言い方だった。
「僕が物心つく前に、家を出たらしいんだ」
「どこへ?」
「修業へ行ったと聞かされていた」
「じゃあ、今は……」
「分からない」
フランアーデルさんは静かに笑った。
「顔も覚えてないんだ」
それ以上、私は聞かなかった。
本人にも分からないことを、無理に聞いても仕方がない。
それでも――なぜだろう。
胸のどこかに、小さな引っかかりだけが残った。
「話は分かった」
今度はオラクルが腕を組む。
「だがな」
「はい?」
「俺たちには今、お前が本当にTIMEと無関係なのか確かめる方法がねぇ」
「オラクル!」
思わず声を上げる。
でも、オラクルは私を見て首を横へ振った。
「大事なことだ。お嬢は人を信じるのが早すぎる」
「うっ……」
否定できない。
旅を始めてから、何度か同じことを言われている。
けれどフランアーデルさんは、怒らなかった。
「当然だと思うよ」
穏やかにそう答える。
「僕だって、立場が逆なら疑う」
そして、ゆっくり懐へ手を入れた。
その動きを見た瞬間、オラクルの手が短剣へ伸びる。
けれど。
フランアーデルさんが取り出したのは、武器じゃなかった。
黒い鉤爪。
【☆2《黒龍王の爪》】
「これ」
フランアーデルさんが、私へ差し出した。
「え?」
「持っていっていいよ」
「ええっ!?」
私の声と、メリーの「きゅうっ!?」が重なった。
「でも、これ……フランアーデルさんが黒龍王を倒して手に入れた物ですよね?」
「うん」
「じゃあ、どうして?」
「僕が欲しかったのは、これそのものじゃないから」
「じゃあ何のために、黒龍王と戦ったんですか?」
「力を試したかったんだ」
さらっと言った。
オラクルの顔が引きつる。
「黒龍王で腕試しする奴、初めて見たぞ」
「僕も初めてやったよ」
「普通、二度目もねぇよ」
フランアーデルさんが少しだけ笑った。
でも。
再び《黒龍王の爪》を私へ差し出した時、その目は真剣だった。
「それに、君はこれをTIMEへ立ち向かうために使うんだろう?」
「……はい」
「なら、君が持った方がいい」
「でも……」
「投資だと思って」
「投資?」
「そう」
フランアーデルさんは、静かに頷く。
「僕たちの共通の敵を倒すためのね」
私は黒い鉤爪を見つめた。
本当に受け取っていいのかな。
そう思ってオラクルを見ると、彼はあっさり言った。
「貰っとけ」
「いいの?」
「本人がくれるって言ってんだ」
「さっきまで疑ってたじゃん」
「疑うことと、貰える物を貰うことは別だ」
「オラクルらしい……」
私は両手を伸ばし、《黒龍王の爪》を受け取った。
その瞬間。
《聖なるマップ》が強く光る。
フランアーデルさんの位置に重なっていた☆2の光が、すーっと地図の上を移動し――私の現在地へ重なった。
【ITEM GET】
【☆2《黒龍王の爪》】
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
メリーが興味津々で爪へ触れる。
「黒い」
「見れば分かるよ」
「硬い」
「それは触らないと分からないね」
オラクルまで爪を覗き込んだ。
「で、何に使う?」
「……」
三人同時に。
私の鞄を見る。
その奥には――。
《合成の聖杯》。
「ダメだよ!?」
「俺は何も言ってねぇ」
「顔!」
フランアーデルさんが、不思議そうに首を傾げた。
「合成?」
「聞かない方がいいです!」
◇ ◇ ◇
私たちは洞窟の出口へ向かって歩き始めた。
先頭を歩くフランアーデルさん。
その後ろに私とメリー。
オラクルは少し離れて最後尾を歩いている。
しばらく進んだところで、フランアーデルさんが足を止めた。
「フールちゃん」
「はい?」
「一つお願いがあるんだけど」
振り返ったフランアーデルさんの表情は、さっきまでとは少し違っていた。
「何ですか?」
「僕も――」
少しだけ間を置く。
「君たちと一緒に旅をしてもいいかな」
「え?」
「僕もカサンドラへ行きたい」
フランアーデルさんは、真っ直ぐ私を見る。
「TIMEの本拠地が本当にそこなら、僕がずっと探していた答えがあるかもしれない」
「……」
「それに」
彼は少しだけ笑った。
「君たちを見ていると、放っておけない」
「どういう意味ですか!?」
「子供二人と――」
フランアーデルさんの視線が、オラクルへ移る。
「怪しい猫一匹」
「誰が怪しい猫だ」
「泥棒なんだろう?」
「……誰から聞いた」
「さっきフールちゃんが話してたよ」
オラクルが勢いよくこちらを見る。
「お嬢!」
「言ったっけ?」
メリーが頷く。
「言ってた」
「きゅーう」
「メリーまで証言しなくていいの!」
オラクルが頭を抱えた。
私は笑ってから、フランアーデルさんへ手を差し出した。
「じゃあ――一緒に行きましょう」
「いいの?」
「はい!」
メリーも嬉しそうに飛び上がる。
「きゅーう!」
「仲間が増えるね」
オラクルは少し考えたあと、肩をすくめた。
「まあ、黒龍王を一撃で倒せる奴が護衛になるなら悪くねぇ」
「護衛って言い方!」
フランアーデルさんも笑う。
そして。
私の手を握った。
「よろしく、フールちゃん」
「よろしくお願いします!」
こうして――。
新しい仲間。
フランアーデルさんが、私たちの旅へ加わった。
◇ ◇ ◇
洞窟を出ると、眩しい太陽の光が一気に降り注いだ。
「まぶしい……!」
地下に長くいたせいなのか、いつもと変わらないはずの青空が、今はすごく綺麗に見える。
「さて」
オラクルが口を開いた。
「カサンドラへ行く方法は?」
全員。
黙る。
「……分からない」
私が答える。
「僕も分からないな」
フランアーデルさんも答える。
メリーだけは元気よく、
「飛ぶ!」
と両手を上げた。
「だから、どうやって飛ぶの!」
あっという間に振り出しへ戻ってしまった。
そんな私たちを見ていたフランアーデルさんが、何かを思い出したように声を上げる。
「そうだ」
「何か知ってるんですか?」
「カサンドラへの行き方じゃないけど、ここから数日のところにかなり大きな国があるよ」
「大きな国?」
「グライツ王国」
私は《聖なるマップ》を広げた。
地図の上には、確かに大きな国の名前が刻まれている。
「今なら、世界中から人が集まっているはずだよ」
「どうして?」
「もうすぐ武道大会が開かれるんだ」
メリーの目が輝く。
「きゅーう!」
「戦う大会ですか?」
「そう。僕も元々、腕試しに出ようと思ってたんだ」
「黒龍王じゃ足りなかったんですか……?」
「対人戦は別物だからね」
……この人。
普段はすごく優しいけど、かなり戦うのが好きなのかもしれない。
「人が集まるなら、情報も集まる」
オラクルが頷いた。
「カサンドラの手がかりを探すには悪くねぇな」
「じゃあ決まり!」
私は《聖なるマップ》に記されたグライツ王国へ指を置いた。
その瞬間。
ピカッ――。
「え?」
国の中心部。
新しい光が浮かび上がる。
【☆4《大魔道士の魔導書》】
「☆4!?」
思わず声が大きくなる。
オラクルも、一瞬で地図へ食いついた。
「お宝!?」
「反応するところそこ!?」
フランアーデルさんも、表示を見て驚いている。
「《大魔道士の魔導書》……聞いたことがある」
「知ってるんですか?」
「グライツ王国に古くから伝わる、最高峰の魔導書だよ」
メリーが地図へ身を乗り出す。
「きゅーう!」
私も、同じ気持ちだった。
☆4。
No.10が持つ《幻神の剣オベリスク》と同じランク。
カサンドラへ行く前に。
もっと強くなる。
そのためにも――。
「行こう」
私は顔を上げた。
「グライツ王国へ!」
新しい仲間、フランアーデルさん。
世界中から強者が集まる武道大会。
そして、☆4《大魔道士の魔導書》。
新しい目的地が決まった。
けれど、この時の私たちはまだ知らなかった。
グライツ王国で待っているのが――ただの武道大会ではないことを。
そして。
フランアーデルさんの人生を大きく揺るがす人物が、すでにその国へ向かっていることを。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回、ついにフランアーデルが正式に仲間へ加わりました。
彼の故郷はTIMEの襲撃によって失われ、家族の多くを失っています。ただし、彼には幼い頃からほとんど記憶のない「兄」が存在します。
この兄については、まだフラン自身もほとんど何も知りません。
そして黒龍王を倒して手に入れた『☆2:黒龍王の爪』は、フランからフールへ。
一方、次なる目的地はグライツ王国。
世界中から強者が集う武道大会。
さらに聖なるマップには――**☆4『大魔道士の魔導書』**の反応。
フール、メリー、オラクル、そしてフランアーデル。
新しい四人旅が始まります。
次回、グライツ王国




