第45話 黒龍王と、炎を喰らう剣士
洞窟へ足を踏み入れた瞬間。
空気が変わった。
「……寒い」
メリーが私の肩の上で、ぶるっと身体を震わせる。
外は暖かかったのに、洞窟の中は吐く息が白くなるほど冷たい。それなのに、奥へ進むほど肌はじりじりと焼けるように痛かった。
寒いのに、熱い。
なんだか変な感じだ。
「魔力だな」
オラクルが低い声で言った。
「かなり濃い。そこらの魔物が出すもんじゃねぇぞ」
私は『聖なるマップ』を開く。
青白い光が、真っ暗な洞窟の奥へ一本の道を描いていた。
その先にある文字。
【☆2 黒龍王の爪】
「ちゃんと奥にある」
「問題は」
オラクルが煙草をしまいながら言う。
「『黒龍王』って名前の方だな」
「……やっぱりいると思う?」
「黒龍王の爪って宝の隣に、親切なウサギが座ってるとは思えねぇ」
「それはそうだけど……」
メリーが両手に小さな炎を灯した。
「龍なら燃やす」
「龍って火に強そうじゃない?」
「もっと燃やす」
「力技だね」
頼もしいのか危ないのか分からない。
でも。
私は笑ってから、再び奥へ進んだ。
道は次第に狭くなっていった。
天井から長い鍾乳石が垂れ下がり、足元には深い裂け目。
ときどき。
ズン……。
洞窟の奥から、低い音が聞こえる。
最初は地鳴りだと思った。
でも。
一定の間隔で響いている。
ズン……。
ズン……。
「……これ」
私は足を止めた。
「心臓の音みたい」
オラクルも耳を立てる。
「俺も同じこと考えてたところだ」
「きゅ……」
珍しくメリーまで黙った。
さらに進む。
魔力が強くなる。
『聖なるマップ』の光まで、まるで怯えているみたいに揺れていた。
そして。
曲がりくねった通路の先。
青白い光が見えた。
「……あそこ」
☆2の反応。
近い。
私はカバンの紐を握り締める。
「行こう」
最後の細い通路を走り抜けた。
その瞬間。
視界が、一気に開けた。
「……!」
言葉が出なかった。
洞窟の中だというのに。
目の前には、天井さえ見えない巨大な地底空洞が広がっていた。
黒い岩柱。
地下を流れる赤い溶岩。
そして中央。
岩でできた巨大な台座の前に――。
「龍……」
いた。
真っ黒な龍。
私たちなんか、一口で飲み込めそうな巨体。
全身を覆う漆黒の鱗は金属みたいに光り、背中から伸びた巨大な翼が開くだけで、地底の風景そのものが暗くなる。
鋭い黄金の瞳。
頭には巨大な角。
あれが。
「黒龍王……」
私の声が震えた。
そのすぐ後ろ。
岩の台座の上には。
黒い光を放つ巨大な鉤爪。
【☆2 黒龍王の爪】
「本当にあった……!」
けれど。
オラクルが腕を伸ばして私を止めた。
「お嬢、待て」
「え?」
「龍を見ろ」
黒龍王は。
私たちを見ていなかった。
怒り狂った黄金の目は、別の方向へ向けられている。
「誰か……いる?」
黒龍王が大きく息を吸った。
胸元の鱗が赤く光る。
「まずい!」
オラクルが私とメリーを岩陰へ突き飛ばした。
次の瞬間。
ゴオオオオオオオオオッ!!
巨大な炎。
洞窟そのものを焼き尽くすような業火が、黒龍王の口から放たれた。
「きゃっ!」
熱風だけで、顔が焼けそうになる。
私は腕で目を覆った。
でも。
炎が飛んでいった方向は。
私たちじゃない。
「何を攻撃して……」
炎の向こう。
いた。
人。
一人の男が。
黒龍王の正面に立っていた。
「嘘……」
逃げていない。
あんな炎が真正面から来ているのに。
男は微動だにしない。
「死ぬぞ!」
オラクルが叫ぶ。
その時。
青年の右手が動いた。
握られていたのは。
小さな短剣。
それだけだった。
「……あんなので?」
青年が短剣を前へ突き出す。
次の瞬間。
ゴオオオオ――!
「えっ!?」
黒龍王の炎が。
曲がった。
まるで巨大な渦に呑み込まれるように。
すべての炎が、小さな短剣へ吸い込まれていく。
「炎を……吸ってる?」
メリーまで目を丸くする。
「きゅーう……」
何十メートルもあった業火が。
消えた。
青年の短剣だけが。
黒と紫の稲妻をまとって輝いている。
オラクルが呟く。
「……とんでもねぇ武器だな」
「違う」
私は青年を見る。
短剣は強い。
でも。
それ以上に。
使っている本人が。
恐ろしく強い。
黒龍王が怒りの咆哮を上げた。
「グオオオオオオオッ!!」
翼を広げ。
巨大な爪を振り下ろす。
青年は。
静かに顔を上げた。
若い。
思っていたよりずっと。
私が想像していた恐ろしい怪物みたいな人じゃない。
綺麗に整った顔。
落ち着いた目。
だけど今は。
敵を見る瞳だけが鋭く冷たい。
「――返すよ」
青年が短剣を構える。
黒紫の魔力が。
刃から溢れた。
「お前の炎を」
一歩。
踏み込む。
姿が消えた。
「え!?」
次に見えた時。
青年は。
黒龍王の目の前にいた。
「――《グランドバイツ》」
一閃。
ズガァァァァァァン!!
巨大な黒い牙。
そう見えた。
黒と紫の斬撃が空間を食い破りながら黒龍王へ直撃する。
「ギャオオオオオッ!!」
あの巨大な黒龍王が。
吹き飛んだ。
岩壁へ激突。
大空洞全体が揺れた。
ドドドドド……!
「一撃……?」
私は呆然としていた。
黒龍王が立ち上がろうとする。
でも。
身体に亀裂。
黒い鱗の隙間から光が漏れる。
そして。
パァァァ……。
巨体が。
無数の黒い光へ変わった。
消えていく。
残されたのは。
台座。
そして。
☆2。
『黒龍王の爪』。
「……」
誰も動けなかった。
青年だけが。
普通のことをしたみたいに短剣を鞘へ収める。
そして。
台座へ歩いていった。
「あっ!」
私は思わず声を漏らした。
青年の手が。
黒龍王の爪へ伸びる。
カッ。
☆2の光。
青年はそれを持ち上げると。
そのまま懐へ仕舞った。
「取られた……」
目的のお宝。
完全に先を越された。
メリーが肩を落とす。
「爪……」
オラクルは青年を見ながら言った。
「追いかけて『返せ』って言う相手じゃねぇぞ」
「分かってるよ……」
悔しいけど。
あんな黒龍王を一撃で倒す人。
戦ったら勝てるわけがない。
「今回は諦め――」
カツン。
青年の足音が止まった。
「……」
ぞくっ。
空気が。
一瞬で変わった。
背中に氷を入れられたような感覚。
青年が。
こちらを見ている。
「バレた」
メリーが小さく言った。
「静かに」
オラクルが短剣へ手を添える。
岩陰から。
青年の視線だけが。
真っ直ぐこちらを射抜いている。
黒龍王と戦っていた時と同じ目。
冷たい。
鋭い。
「そこにいるのは――」
青年の声が響く。
「誰だ」
逃げても無駄。
そう分かった。
私は唾を飲み込んだ。
「出よう」
「お嬢」
「大丈夫」
「根拠は?」
「……ない」
「おい」
でも。
ずっと隠れていても仕方ない。
私は岩陰から。
ゆっくり出た。
オラクルも続く。
メリーは私の肩。
青年の手が。
もう一度短剣へ伸びた。
その目が。
私。
メリー。
オラクル。
順番に見る。
そして。
「……え?」
表情が変わった。
あれだけ恐ろしかった殺気が。
一瞬で消えた。
「子供……?」
青年が短剣から手を離した。
「君たち、そこで何してるんだ!?」
今度は。
逆に慌てながら走ってきた。
「怪我は!? さっきの炎に巻き込まれてない?」
「え?」
私の方が困惑した。
青年はしゃがみ込み、私と目線を合わせる。
「こんな場所は危険だよ。黒龍王がいたんだ。もう倒したとはいえ、他の魔物が出るかもしれない」
さっきまで。
黒龍王を一撃で倒した人とは思えない。
声が。
優しい。
オラクルが疑うように青年を見る。
「ずいぶん変わるんだな、お前」
「……猫が喋った」
「そこに驚くのかよ」
青年が少し笑った。
「ごめん。てっきり黒龍王の仲間か、僕を狙っている誰かだと思ったんだ」
「私たちは……」
私は青年の懐を見る。
「その『黒龍王の爪』を探しに来たんです」
「これ?」
青年が取り出す。
黒い鉤爪。
☆2。
私は頷いた。
「はい」
青年は私。
メリー。
オラクル。
もう一度見る。
「どうして?」
「え?」
「君みたいな小さな子が、命を懸けてまでこの爪を欲しがる理由」
責めている感じじゃない。
純粋に。
知りたい。
そんな目だった。
私は少し迷ってから。
『聖なるマップ』を取り出した。
オラクルが横目で私を見る。
でも。
止めなかった。
「私……両親を探してるんです」
青年の表情が変わる。
私は話した。
おばあちゃんのこと。
本の世界へ来たこと。
TIME。
グラティスでNo.10に負けたこと。
古の目覚めの笛を奪われたこと。
そして。
天空の国カサンドラ。
「TIMEの本拠地が……カサンドラ?」
青年が静かに呟いた。
「はい」
私は頷く。
「でも、まだそこまで行く方法が分からなくて。それに……10番にもう一回会っても、今のままじゃ勝てない」
だから。
強くなりたい。
そのために。
『黒龍王の爪』を探していた。
話し終えるまで。
青年は。
一度も口を挟まなかった。
ただ。
静かに聞いていた。
そして。
「TIME……か」
その声だけ。
急に。
冷たくなった。
「……知ってるんですか?」
私は尋ねた。
青年は。
少しだけ目を伏せた。
「知ってるよ」
握った拳。
その指が。
微かに震えている。
「僕も、奴らを追っている」
オラクルの目が細くなる。
「何者だ、お前」
青年は顔を上げた。
そして。
初めて。
私たちへ穏やかに笑った。
「そういえば、まだ名乗ってなかったね」
胸へ手を当てる。
「僕は――」
少しだけ間を置いて。
「フランアーデル」
その名を聞いた瞬間。
なぜだろう。
聖なるマップが。
私の手の中で。
ほんの一瞬だけ――。
淡く光った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は『☆2:黒龍王の爪』が眠る洞窟で、ついに新キャラクターが登場しました。
黒龍王の業火を短剣へ吸収し、奥義で一撃撃破。
圧倒的な強さを見せた謎の青年でしたが、フールたちが子供だと分かった途端、心配して駆け寄ってくる意外な一面も。
そして、その名前は――フランアーデル。
さらに彼もまた『TIME』を追っていることが明らかになりました。
先に『黒龍王の爪』を手に入れたフランアーデル。
フールたちと同じ敵を追う彼が、なぜTIMEを憎んでいるのか。
そして最後に、彼の名前へ反応した『聖なるマップ』の意味とは――。
次回、フランアーデルの過去と、新たな旅の仲間が動き出します。




