第43話 三つの秘宝より大切なもの
王宮の大扉が開いた瞬間。
「チェック!」
玉座にいた王様が、立ち上がった。
いつもの王としての威厳なんて忘れたように、深紅の絨毯を走ってくる。
「父上……」
チェックのお兄ちゃんが小さく笑った。
次の瞬間。
ぎゅっ。
王様は、チェックのお兄ちゃんを力いっぱい抱きしめていた。
「よかった……本当に、よかった……!」
「く、苦しいでぷ……」
「このくらい我慢せい!」
「さっき人質にされてた時より苦しいでぷ!」
「元気そうで何よりだ!」
私は思わず笑ってしまった。
ピンクのお兄ちゃんも、白銀のお兄ちゃんも笑っている。
オラクルは少し離れたところで腕を組みながら、その光景を眺めていた。
「ま、あれだけ喋れりゃ大丈夫そうだな」
「うん」
肩の上ではメリーが疲れきったように座り込んでいる。
「メリー、お腹すいた」
「あとでいっぱい食べようね」
「いっぱい」
「分かったから」
ひとしきり息子を抱きしめたあと。
王様が、私たちの前へ歩いてきた。
そして――。
深々と頭を下げた。
「フールちゃん。メリーちゃん。オラクル殿」
「えっ!?」
私は慌てた。
「王様、頭上げてください!」
「いや」
王様は頭を上げなかった。
「我が息子を。そして、この国の守護者を救ってくれた」
少しだけ声が震える。
「父として――心から感謝する」
私は何も言えなくなった。
王様がゆっくり顔を上げる。
「聞けば、TIMEの4番が現れたそうだな」
「はい」
「しかも狙いは……」
私はカバンへ手を置く。
「『☆5:幻獣種召喚の本』でした」
王様の表情が険しくなる。
「やはりか……」
「でも、取られてません」
「それどころじゃねぇぞ」
オラクルが口を挟んだ。
「その本、とうとう目ぇ覚ましやがった」
「何?」
私は召喚本を取り出した。
表紙。
そこには、戦う前まではなかった青い紋章が刻まれている。
【幻獣登録】
【シャイニー&アクア・リヴァイアス】
【1/6】
王様も三兄弟も目を見開いた。
「まさか……幻獣を?」
「うん。『人魚の旋律』と本が光って……シャイニーさんと水竜が助けてくれたの」
「きゅーう! 大きかった!」
メリーが両手を思い切り広げる。
「それじゃ全然伝わらないよ」
「すっごーく大きかった!」
「大きさ増やしただけ!」
王様は召喚本を見つめながら、感嘆の息を漏らした。
「伝承にしか残っていない幻獣種……。まさか本当に、その力を呼び覚ます者が現れるとは」
私は本を胸へ抱いた。
でも。
強くなったという嬉しさより。
シャイニーさんが残した言葉を思い出していた。
――旅の途中で差し伸べた手は、いつか別の形となって戻ってくる。
「私一人の力じゃないです」
「……うむ」
王様は静かに笑った。
「だからこそ、その本は君に応えたのかもしれんな」
その後。
王宮の治療師たちに傷を診てもらい、チェックと白銀のお兄ちゃんも無事だと分かった。
少し休んだあと。
三兄弟が、私の前へ並んだ。
ピンク。
チェック。
白銀。
「フールちゃん」
チェックのお兄ちゃんが一歩前へ出る。
手には――。
『☆2:知恵の駒』
「本当なら、次は俺の試練だったのでぷ」
「……うん」
「でも」
チェックは自分が人質にされていた時のことを思い出すように、少し目を伏せた。
「もう試す必要はないのでぷ」
「え?」
「4番はフールちゃんに、二つしか選択肢を与えなかったのでぷ」
仲間を助けるか。
☆5を渡さないか。
「でもフールちゃんは、どっちも選ばなかった」
「……」
「仲間も助ける。秘宝も守る。そのための別の手を、最後まで考えたのでぷ」
チェックが笑う。
「知恵っていうのは、用意された答えの中から一つを選ぶことじゃないのでぷ」
『知恵の駒』を持ち上げる。
「答えそのものを、自分で作ることなのでぷ」
胸に響いた。
「だから――俺の試練は合格でぷ」
「チェックのお兄ちゃん……」
「俺からもでぷ」
今度は白銀のお兄ちゃん。
両手には――。
『☆2:聖なる聖杯』
「本来なら、最後に俺の試練が待っていたのでぷ」
「でも、白銀のお兄ちゃんの試練はまだ何も――」
「受けたでぷよ」
「え?」
「傷だらけの俺を見ても、チェックが捕まったと聞いても……フールちゃんは一度も『秘宝が欲しいから助ける』なんて言わなかったのでぷ」
白銀が優しく笑う。
「試練なんてどうでもいい。チェックを助けるって、真っ先に言ってくれたのでぷ」
私は黙った。
だって。
そんなの。
当たり前だ。
「聖杯が認めるのは、力だけじゃないのでぷ」
白銀は胸へ聖杯を抱く。
「何の見返りもなく誰かのために立てる心。その答えも、もう見せてもらったのでぷ」
そして。
最後。
ピンクのお兄ちゃんが前へ出る。
その指には。
戦いの時に私が一度返した――。
『☆2:慈愛のリング』
「これは、元々フールちゃんが第一試練で勝ち取った物でぷ」
「……うん」
「だから返すのでぷ」
ピンクがリングを差し出した。
同時に。
チェックも『知恵の駒』を。
白銀も『聖なる聖杯』を。
三つの☆2が、私の目の前に並んだ。
「受け取ってほしいのでぷ」
「フールちゃんなら、絶対に正しく使えるのでぷ」
「弟たちも、きっとそう言うのでぷ」
聖なるマップが光った。
三つの☆2。
全部が目の前にある。
これを手に入れれば。
旅はもっと楽になる。
強くなれる。
両親へだって、もっと早く辿り着けるかもしれない。
私は。
三つの秘宝をじっと見た。
そして――。
「……いらない」
「でぷ?」
三匹同時に固まった。
「ええええええええっ!?」
「なんででぷか!?」
「☆2でぷよ!?」
「三つもでぷよ!?」
オラクルまで驚いている。
「おいお嬢。慈愛のリングは一回ちゃんと勝ち取ったんだぞ?」
「分かってる」
「なら貰っとけよ。売ったら――」
私は睨んだ。
「売らないよ?」
「冗談だ」
「目がお金だったよ」
オラクルが口笛を吹いて顔を逸らした。
私は三兄弟へ向き直る。
「本当にありがとう」
そして。
ピンクのお兄ちゃんが差し出していた『慈愛のリング』を、そっと押し返した。
「でも、これはみんなが持ってて」
「どうしてでぷ?」
「だって……」
私は三匹を見る。
赤。
緑。
黄色。
最初に出会った三匹の姿が重なる。
「あの子たちも守護者だったんだよね」
三匹の表情が変わった。
「赤の子も。緑の子も。黄色の子も」
私は笑った。
「最後まで、私を守ってくれた」
今でも寂しい。
会いたい。
だけど。
その想いは。
もう悲しみだけじゃない。
「だから、お兄ちゃんたちには……あの三人の分まで、この国を守ってほしい」
私は『知恵の駒』を見る。
『聖なる聖杯』を見る。
そして。
『慈愛のリング』。
「そのために手に入れた力なんでしょう?」
「……」
「私が持っていったら、ゴブリン王国を守る力が減っちゃう」
チェックのお兄ちゃんが俯いた。
白銀も。
ピンクも。
「私は大丈夫」
カバンを軽く叩く。
「☆5の本もある」
肩を見る。
「メリーもいる」
「いる!」
隣を見る。
「オラクルも」
「ついでみたいに言うな」
「それに」
私は胸へ手を当てた。
「これから先も、旅をしながら自分で力を見つけていく」
だから。
「三つの秘宝は、この国に残して」
しん。
玉座の間が静まり返った。
ピンクのお兄ちゃんの目から。
ぽろっ。
涙が落ちた。
「フールちゃん……」
「泣かないでよ!」
「だってぇ……!」
「うわっ!」
三匹が一斉に飛びついてきた。
「ありがとうでぷぅぅぅ!」
「フールちゃぁぁん!」
「絶対忘れないでぷぅぅぅ!」
「苦しい! 三人同時は苦しい!」
メリーまで飛び込んでくる。
「メリーも!」
「増えたぁ!」
少し離れたところでオラクルが笑っていた。
王様も。
目元を拭っていた。
「……素晴らしい」
やがて。
王様が静かに言った。
「本当に、心優しいお嬢さんだ」
「そんな……」
「いや。だからこそ」
王様は少し考えたあと。
「少し待っていなさい」
玉座の奥へ歩いていく。
壁に手を当てると。
ゴゴゴ……。
隠し扉が開いた。
「秘密の部屋!?」
オラクルの目が輝く。
「行くなよ」
「まだ何もしてねぇ!」
しばらくして。
王様が戻ってきた。
両手に。
一つの聖杯を持っている。
白銀のお兄ちゃんの物とは違う。
古びた銀色。
表面には、三つの円が重なった不思議な紋章。
「フールちゃん」
「はい」
王様が私へ差し出す。
「息子たちの秘宝を持ち去らず、この国へ残すと言ってくれた君へ」
聖杯が。
私の手へ渡された。
ずしり。
重い。
【ITEM GET】
【合成の聖杯】
「合成……?」
「その聖杯は、二つ、あるいは三つの品を一つへ融合させることができる」
「ええっ!?」
オラクルが食いついた。
「宝と宝を混ぜたら、もっと高い宝になるのか!?」
「お前に渡したのではない」
「分かってるよ!」
王様が笑う。
「ただし、万能ではないぞ」
聖杯の紋章を指差す。
「素材同士の相性。そして……運」
「運?」
嫌な予感。
「成功するとは限らない」
「えっ」
「むしろ失敗することの方が多い」
「ええっ!?」
王様は指を折りながら説明する。
「結果は、合成時に上がる煙で分かる」
私は真剣に聞いた。
黒――超失敗。
灰――大失敗。
青――失敗。
赤――成功。
金――大成功。
そして。
「虹色が出れば――『超成功』だ」
「虹色……!」
「滅多に見ることはできぬがな」
オラクルが聖杯を凝視している。
「お嬢」
「ダメだよ」
「まだ何も言ってねぇ!」
「絶対『試そうぜ』って言うと思った」
「……なんで分かった」
「顔」
王様が真剣な声になる。
「よいか、フールちゃん」
「はい」
「珍しい素材を、面白半分で入れてはならん」
「……はい」
「☆付きの秘宝など、なおさらだ」
「はい!」
「本当に分かったか?」
「分かりました!」
メリーが私を見る。
「絶対やる顔」
「やらないよ!」
「お嬢、俺もそう思う」
「オラクルまで!?」
王様の笑い声が、玉座の間に響いた。
私は『合成の聖杯』を大切にカバンへ仕舞う。
☆付きの三つの秘宝は。
手に入らなかった。
いや。
違う。
手に入れなかった。
だけど。
不思議と。
少しも惜しくなかった。
ピンク。
チェック。
白銀。
三匹があの秘宝を持って、この国を守ってくれる。
そう思うと。
その方がずっと嬉しかった。
そして。
ゴブリン王国で手に入れた一番大きなものは――。
きっと。
アイテムなんかじゃない。
私は三匹のお兄ちゃんたちを見た。
今度こそ。
笑顔で。
「また来るね」
「絶対でぷ!」
「次はちゃんと俺の試練をやるのでぷ!」
「その時までに、もっと難しくしておくでぷ!」
「難しくしなくていいよ!」
みんなが笑った。
赤。
緑。
黄色。
あなたたちのお兄ちゃんたちは。
今日も。
この国を守ってるよ。
私は心の中で。
三匹へ、そっとそう伝えた。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ゴブリン王国編で大切にしたかった「秘宝を集めることだけが冒険ではない」という回でした。
チェックは、フールがTIME No.4の用意した二択そのものを覆したことで『知恵』を認め、白銀もまた見返りを求めず救出へ向かった心を認めます。
その結果、三兄弟は『慈愛のリング』『知恵の駒』『聖なる聖杯』をフールへ託そうとします。
しかしフールは――受け取りませんでした。
亡くなった赤・緑・黄色の三兄弟の分まで、兄たちにゴブリン王国を守り続けてほしいから。
そして、その選択を見た王様から新しく託されたのが――『合成の聖杯』。
最大三つの素材を融合できますが、結果は成功だけではありません。
黒、灰、青、赤、金――そして最高の虹色。
かなり危険なアイテムを手に入れてしまいました。
……フール、本当に「面白半分では使わない」という約束を守れるのでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ゴブリン王国編で大切にしたかった「秘宝を集めることだけが冒険ではない」という回でした。
チェックは、フールがTIME No.4の用意した二択そのものを覆したことで『知恵』を認め、白銀もまた見返りを求めず救出へ向かった心を認めます。
その結果、三兄弟は『慈愛のリング』『知恵の駒』『聖なる聖杯』をフールへ託そうとします。
しかしフールは――受け取りませんでした。
亡くなった赤・緑・黄色の三兄弟の分まで、兄たちにゴブリン王国を守り続けてほしいから。
そして、その選択を見た王様から新しく託されたのが――『合成の聖杯』。
最大三つの素材を融合できますが、結果は成功だけではありません。
黒、灰、青、赤、金――そして最高の虹色。
かなり危険なアイテムを手に入れてしまいました。
……フール、本当に「面白半分では使わない」という約束を守れるのでしょうか。




