第4話 止まった時間
白い光が足元を覆った瞬間、身体の感覚が消えた。
「……え?」
逃げようとしたのに、足が動かない。
腕も。
指一本さえ。
声すら出せなかった。
目だけは動く。
だからこそ、私は見てしまった。
黒い服の男――TIMEのNo.1が、ゆっくりこちらへ歩いてくる姿を。
「三秒」
男が銀色の懐中時計を眺めながら呟いた。
「それだけあれば十分だ」
カチッ。
時計の針が動いた。
途端に身体の自由が戻る。
「ぷはっ……!」
私は前につんのめった。
「な、なに今の!?」
「時間を止められたでぷ!」
緑の子が叫ぶ。
「正確には、俺たちだけの時間を止めたみたいでぷ!」
「そんなの反則じゃない!?」
No.1は答えなかった。
私たちなど、どうでもいいらしい。
そのまま横を通り過ぎようとする。
街の奥。
北側に立つ、大きな石造りの建物へ視線を向けていた。
「待つでぷ!」
赤い子が叫んだ。
No.1の足が止まる。
「……何だ?」
「街で暴れるなでぷ!」
赤い子は骨付き肉を構えた。
さっきまで食べていたものとは思えないほど堂々とした構えだった。
No.1が初めて、少しだけ三匹へ興味を示す。
「ゴブリンが俺に命令するのか」
「ゴブリンを馬鹿にするなでぷ!」
黄色い子が前へ出た。
「それに、ここにはフールちゃんもいるでぷ!」
その名前を聞いても、No.1の表情は変わらなかった。
「フール?」
知らない名前を聞いた。
本当に、その程度の反応だった。
「誰だ、それは」
胸の奥が妙にざわつく。
どうしてかは分からない。
私はこの男と初めて会った。
向こうも私を知らない。
それなのに――TIMEという名前を聞いてから、ずっと嫌な感じが消えなかった。
「……私のこと」
私は三匹の後ろから一歩前へ出た。
「それより、あなたはここで何してるの?」
「フールちゃん!?」
三匹が一斉に振り返った。
No.1は私を見る。
「答える必要があるか?」
「あるよ。みんな怖がって逃げてる」
「なら逃げればいい」
冷たい。
怒っているわけでもない。
楽しんでいるわけでもない。
本当に、人のことなど何とも思っていない声だった。
「俺の目的は、この街の人間じゃない」
No.1は北側の建物を指差した。
「地下保管庫に眠っている物を回収する。それだけだ」
緑の子が本を開く。
「地下保管庫……?」
ページを素早くめくり、目を見開いた。
「まさか……星付きの秘宝でぷ?」
その言葉に、No.1の目がわずかに細くなった。
「ゴブリンのくせに物知りだな」
緑の子が本をぎゅっと抱える。
「この世界には、普通の道具とは違う特別な品があるでぷ。価値や力によって星が付けられるでぷよ」
「星……」
私は腰の羊皮紙を思い出した。
おばあちゃんから渡された、何も描かれていない紙。
その紙が――。
ふわっ。
また光った。
「え?」
羊皮紙を開く。
今まで真っ白だった表面に、一瞬だけ文字が走った。
【???】
それだけだった。
すぐに消える。
「今の何……?」
No.1がこちらを見る。
初めてだった。
男の無表情が、わずかに崩れたのは。
「その紙」
まずい。
直感だけで分かった。
私は羊皮紙を胸へ抱え込んだ。
「何でもない」
「見せろ」
「嫌」
No.1の声が低くなる。
「もう一度言う。見せろ」
「嫌だって言ってるでしょ」
三匹が私の前へ並んだ。
赤い子。
緑の子。
黄色い子。
三匹とも小さな身体だった。
それなのに、No.1を前にして逃げようとしない。
「フールちゃん」
赤い子が小声で言った。
「俺たちの後ろにいるでぷ」
「でも――」
「大丈夫でぷ」
黄色い子が笑った。
「三匹一緒なら強いでぷ」
緑の子も本を開く。
「それに……あいつの能力、たぶん弱点があるでぷ」
No.1の懐中時計が鳴った。
カチッ。
「話は終わりだ」
白い光が広がる。
「来るでぷ!」
緑の子が叫んだ。
再び身体が動かなくなる――。
と思った瞬間。
赤い子が私を突き飛ばした。
「わっ!」
私は地面へ転がる。
直後。
赤い子と緑の子の身体だけが完全に停止した。
黄色い子は動けている。
「やっぱりでぷ!」
緑の子は動けない。
だが、止まる直前に叫んだ言葉の意味を、黄色い子は理解したらしい。
一気にNo.1へ走った。
「止められる人数に限界があるでぷ!」
No.1の眉が動いた。
黄色い子が懐へ飛び込む。
小さな拳を振り抜いた。
しかし――。
バシッ!
簡単に受け止められた。
「正解だ」
No.1が黄色い子の腕を掴む。
「だが、分かったところで何になる?」
そのまま放り投げた。
「でぷっ!」
黄色い子の身体が店の壁へ叩きつけられる。
「黄色!」
私は駆け寄ろうとした。
「来ちゃダメでぷ!」
黄色い子が痛みに顔を歪めながら叫ぶ。
カチッ。
停止していた赤と緑が動き出した。
「三秒でぷ!」
緑の子が叫ぶ。
「一度に二人まで! 停止時間は三秒でぷ!」
「もう解析したのか」
No.1が初めて少し驚いた。
緑の子は本を広げる。
「本を読むのは得意でぷ!」
ページから魔法陣が浮かび上がった。
「ライト・ショットでぷ!」
光弾が飛ぶ。
No.1は首を傾けるだけで避けた。
しかし、その後ろには赤い子がいた。
「もらったでぷ!」
骨付き肉を両手で握り締める。
「必殺――骨付き肉ハンマーでぷ!」
「名前そのまま!?」
思わず叫んでしまった。
ゴンッ!!
骨の部分がNo.1の後頭部へ直撃した。
「……っ!」
初めて、No.1の身体がよろめく。
「当たった!」
「やったでぷ!」
三匹が喜ぶ。
でも――。
「下がって!」
私は叫んだ。
遅かった。
No.1がゆっくり振り返る。
さっきまでの無関心な顔ではない。
額に青筋が浮かんでいた。
「……ゴブリンごときが」
「効いたでぷ?」
赤い子が尋ねる。
「効いてない」
「じゃあ、なんで怒ってるでぷ?」
「黙れ」
赤い子の肩がびくっと跳ねた。
No.1が懐中時計を開く。
今度は白い光ではなかった。
時計の文字盤から、黒い光が漏れ出している。
緑の子の顔色が変わる。
「まずいでぷ!」
「何が!?」
「さっきまでと魔力の量が全然違うでぷ!」
No.1が時計の横にある小さな竜頭へ指を掛けた。
「三秒では足りないらしいな」
カチ。
一度。
カチ。
二度。
カチ。
三度。
時計の針が、逆向きに回り始めた。
周囲の景色が歪んでいく。
道を走っていた兵士。
空を飛んでいた鳥。
風に舞う埃。
全てが――止まった。
「うそ……」
今度は私も動けない。
三匹も同じ。
でも、それだけじゃない。
通り全体が静止していた。
No.1だけが動いている。
「範囲停止……五秒」
男はゆっくり歩きながら、腰から細身の剣を抜いた。
「本来、こんなものを雑魚相手に使うつもりはなかった」
No.1が向かった先は――。
私。
逃げられない。
叫べない。
三匹を見ることしかできない。
赤い子が必死に身体を動かそうとしている。
緑の子も。
黄色い子も。
動かない。
No.1が私の前に立った。
「紙を渡せ」
当然、答えられない。
「……まあいい」
剣先がゆっくり持ち上がる。
「死体から取る」
怖い。
その瞬間になって初めて、私は理解した。
私は冒険者じゃない。
剣も使えない。
魔法も使えない。
この世界へ来たばかりの、何も知らない女の子だ。
お父さん。
お母さん。
まだ会ってないのに。
こんなところで――。
No.1の剣が振り下ろされた。
その瞬間だった。
ガキンッ!!
金属のような音が響く。
「……何?」
No.1が目を見開いた。
剣が止まっている。
私の前に、小さな影が立っていた。
赤い子だった。
「なぜ動ける?」
No.1が初めて明確な驚きを見せる。
赤い子の身体は震えていた。
無理やり動いているのが分かる。
鼻から血が流れていた。
それでも、両手で骨付き肉を握り締め、その太い骨で剣を受け止めている。
「お前……時間停止を……」
「難しいことは……分からないでぷ」
赤い子の足元から血が滲む。
それでも退かない。
「でも――」
赤い子は振り返らずに言った。
「フールちゃんは、パパとママに会いに行くでぷ」
胸が締め付けられた。
「だから」
骨がミシッと軋む。
「ここで終わらせちゃ……ダメでぷ」
そして。
止まっていた世界の中で。
赤い子が、私に向かって笑った。
「絶対に守るでぷ」
その直後――。
骨付き肉の骨に、大きな亀裂が入った。
お読みいただきありがとうございます!
TIME No.1が持つ「時間」の力。
圧倒的な相手を前に、それでもフールを守ろうとする三匹を書きました。
赤、緑、黄色。
小さなゴブリンたちがどう戦うのか。
ぜひ続きを読んでもらえたら嬉しいです。




