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『フールの大冒険 ~本の世界に消えた両親を探していたら、聖なるマップに選ばれました~』  作者: ☆☆アダム☆☆


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第39話 慈愛のブースト

「助けに行くよ!」

私はハンドルを思いきり切った。

タイヤが砂を噛み、甲高い音を響かせる。赤いマシンは激しい砂煙を巻き上げながら大きく旋回し、ゴールとは正反対――さっき通り過ぎた事故現場へ向かって走り始めた。

「お嬢、サソリ来てるぞ!」

「見えてる!」

「見えてて戻るのかよ!」

「だって、中にまだ人がいるんでしょ!」

それ以上、迷う理由なんてなかった。

後部座席からメリーが勢いよく飛び出し、小さな羽を震わせながら事故車へ向かう。

「メリー、先に行く!」

「気をつけて!」

砂漠地帯を暴れ回る巨大魔獣デザートクラッシャーは、吹き飛ばされたマシンへゆっくりと向きを変えていた。

黒煙を上げる車体は大きく潰れ、運転席には一匹のゴブリンが取り残されている。足が挟まっているらしく、何度身体を引いても抜け出せない。

「くそっ……抜けないでぷ!」

その頭上で、巨大なハサミが持ち上がった。

「間に合って!」

私はアクセルを深く踏み込んだ。

ブオオオオオオンッ!!

赤いマシンが一気に加速する。

「お嬢、もっと右!」

「右!」

「そっちは左!」

「先に言って!」

「左右くらい覚えろ!」

「分かってるけど、今は焦ってるの!」

怒鳴り合っている間にも、メリーは事故車へ辿り着いていた。

「えいっ!」

小さな身体から緑色の光が広がり、運転席ごとゴブリンを包み込む。けれど、押し潰された車体そのものが足を挟み込んでいるせいで、回復魔法だけではどうにもならない。

「出せない!」

メリーが焦った声を上げた。

直後、《デザートクラッシャー》のハサミが振り下ろされる。

「メリー!!」

ドゴォォォン!!

砂が爆発するように舞い上がった。

その寸前、オラクルが助手席のドアを蹴り開ける。

「ハンドル頼んだ!」

「えっ!? どこ行くの!?」

「決まってんだろ!」

走行中のマシンから躊躇なく飛び降りた。

「オラクルーーー!?」

黒い身体が砂の上を何度も転がる。

それでもオラクルはすぐに起き上がり、そのまま事故車へ向かって駆け出した。

「メリー、そこどけ!」

「うん!」

オラクルは短剣を抜き、潰れたドアの僅かな隙間へ刃を差し込む。両腕に力を込めると、歪んだ金属が耳障りな音を立てて軋んだ。

「開けぇぇぇっ!」

ギギギギッ――!

やがて留め具が耐え切れなくなり、激しい音とともにドアが外れた。

「出ろ!」

「で、でも足が抜けないでぷ!」

「面倒くせぇ!」

オラクルはゴブリンの襟を掴むと、ほとんど力任せに身体を引き抜いた。

その直後。

《デザートクラッシャー》の巨大な尾が、二人へ向かって振り下ろされる。

「オラクル!」

私は反射的にアクセルを踏み抜いた。

赤いマシンが、巨大サソリへ向かって突進する。

「お嬢、何して――!」

ドゴンッ!!

車体の側面が、《デザートクラッシャー》の太い脚へ激突した。

「きゃあっ!」

「正気かお前ぇぇぇ!」

ものすごい衝撃で身体が横へ振られたものの、その一撃でサソリの狙いも僅かに逸れた。

巨大な尾が事故車へ突き刺さる。

今しかない。

オラクルは助け出したゴブリンを肩へ担ぎ、そのまま全力でこちらへ走った。

「乗れ!」

私は後部ドアを開く。

オラクル、メリー、そして救助したゴブリンが飛び込んだのを確認すると、もう一度アクセルを踏み込んだ。

「出すよ!」

「出せ!」

ブオオオオオオオン!!

赤いマシンは大量の砂煙を残し、《デザートクラッシャー》を置き去りにして再びゴール方向へ走り始めた。

◇ ◇ ◇

しばらくして。

助けたゴブリンが、後部座席から呆然と私を見つめた。

「……なんで戻ったのでぷ?」

「え?」

「今、最下位でぷよ……?」

巨大スクリーンへ視線を向ける。

【12位】

本当に最下位だった。

トップを走るピンクのお兄ちゃんとの差も、かなり開いている。

それでも。

後悔はなかった。

「だって、助けられるのに置いていけないでしょ」

「でも……試練が……」

「試練より命の方が大事だよ」

それだけは、迷わず言えた。

勝つために誰かを見捨てるくらいなら、負けた方がいい。

隣でオラクルが小さく笑う。

「お嬢らしいな」

その瞬間だった。

ピコン――。

車内に、今まで一度も聞いたことのない音が響いた。

「何?」

ダッシュボードの中央。

ずっと暗かったハート型の印が、淡い桃色へ変わっている。

【救助対象――2】

「二人……?」

崖で助けた一人。

そして、今助けた一人。

続いて巨大スクリーンにも変化が起こった。

【追加条件――???】

文字が激しく乱れる。

やがて。

【追加条件達成】

【守るべき者を見捨てない】

「……!」

私は思わず息を呑んだ。

やっぱり。

このレースで試されていたのは、一位になることじゃなかった。

勝つためなら何をしてもいいのか。

それとも、勝敗より大切なものを守れるのか。

それが――《慈愛のリング》の試練だったんだ。

さらに新しい表示が現れる。

【慈愛機関――解放】

「慈愛機関?」

オラクルも目を丸くした。

次の瞬間。

マシンの内部から、低い音が響いた。

ゴウン――。

もう一度。

ゴウン――。

まるで巨大な心臓が動き始めたような音だった。

車体を走る魔力回路へ、桃色の光が一気に広がっていく。

「何か始まったんだけど!?」

オラクルが計器を見て、顔を引きつらせた。

「お嬢」

「何?」

「アクセル……まだ踏んでるか?」

「踏んでるよ」

「一回離せ」

「なんで?」

「いいから!」

言われるまま、私はアクセルから足を離した。

でも。

マシンは減速しなかった。

それどころか――速度が上がっていく。

「……え?」

メリーの翠色の瞳が輝いた。

「速くなってる!」

「待って!」

ブオオオオオオオッ!!

メーターの針が一気に跳ね上がる。

【BOOST READY】

オラクルが表示を見て、乾いた笑いを漏らした。

「なるほどな。この車、俺たちが誰かを助けるたびに力を溜めてやがったんだ」

「それ最初に説明してよ、ピンクのお兄ちゃーーーん!」

◇ ◇ ◇

遥か先。

トップを走る桃色のマシン。

バックミラー越しに、後方で桃色の光が爆発したのを確認したピンクのお兄ちゃんは、楽しそうに口元を緩めた。

「ようやく気づいたでぷね」

次の瞬間。

赤いマシンが弾けた。

そう表現するしかないほどの加速だった。

ブオオオオオオオオオオン!!

「きゃああああああっ!!」

砂漠の景色が、全部一本の線へ変わった。

ハンドルから伝わる振動も、さっきまでとは比べものにならない。身体がシートへ押しつけられ、少しでも気を抜けば車ごとどこかへ飛んでいきそうだった。

十二位。

十一位。

十位。

前を走っていたマシンが、一台ずつ後ろへ消えていく。

「速すぎる!」

「ハンドル絶対離すな!」

「分かってる!」

九位。

八位。

七位。

「抜いた!」

六位。

五位。

「まだ上がる!」

四位。

そして――三位。

観客席が大騒ぎになっていた。

『な、なんということでぷぅぅぅ!!』

実況席から絶叫が響く。

『二度も救助のため順位を捨て、最下位まで落ちた挑戦者チームが、とんでもない速度で戻ってきたでぷ!!』

巨大スクリーンいっぱいに、桃色の光をまとって爆走する私たちのマシンが映し出された。

『これは――《慈愛ブースト》でぷ!!』

「名前そのまま!」

オラクルが笑った。

「分かりやすくていいだろ!」

そして。

二位。

残っているのは、たった一台。

「ピンク!」

遥か先。

桃色のマシン。

そのさらに向こうには、もうゴールラインが見えていた。

「追いつける?」

メリーが叫ぶ。

私はハンドルを強く握り直した。

「追いつく!」

アクセルを踏み込む。

怖くない。

……いや。

やっぱり怖い。

正直、かなり怖い。

でも。

今は、それ以上に前へ行きたかった。

「行くよ!」

「おう!」

「行けー!」

三人の声が重なり、赤いマシンが最後の直線へ飛び込んだ。

◇ ◇ ◇

ピンクのお兄ちゃんが、バックミラーを見る。

私たちの車が凄まじい速度で迫っている。

「そこまで来るとは思わなかったでぷ」

彼は楽しそうに笑う。

そして。

片手をハンドルから離した。

その指には――☆2《慈愛のリング》。

「でも」

指輪が淡い桃色に輝く。

「最後は守護者として、俺を越えてみるでぷ!」

次の瞬間。

リングの光が爆発した。

ドオオオオオオオン!!

桃色の衝撃波が、一瞬でコース全体へ広がった。

巨大な壁。

そうとしか見えなかった。

前方を完全に塞ぎ、左右にも逃げ道がない。

オラクルが叫ぶ。

「お嬢!」

「避けられない!」

「じゃあどうする!?」

ほんの一瞬だけ考えた。

でも。

答えなんて一つしかない。

私は笑った。

「突っ切る!」

オラクルも、にやりと笑い返す。

「そう来なくちゃな!」

メリーが両手を前へ伸ばした。

「行けー!」

私はハンドルを握り締めた。

「みんな、掴まって!」

【慈愛ブースト――MAX】

ブオオオオオオオオオオオン!!

赤いマシンが、桃色の衝撃波へ真正面から突っ込んだ。

「うわあああああっ!」

車体が激しく揺れる。

視界いっぱいに桃色の光が広がり、前が見えない。ハンドルが何度も持っていかれそうになり、腕が引きちぎられそうなほどの力がかかる。

「右!」

「今度こっち!?」

「そうだ!」

「分かった!」

メリーの光が車体を包み込む。

同時に、オラクルも助手席から手を伸ばし、ハンドルを支えた。

「行け、お嬢!」

「行くよ!」

桃色の壁へ。

一本の亀裂が入る。

さらに二本。

三本。

そして――。

バァァァン!!

「抜けた!」

衝撃波を突き破った。

目の前にいるのは、ピンクのお兄ちゃん。

その向こうにはゴールライン。

残り百メートル。

「そんな馬鹿な!?」

初めて、ピンクのお兄ちゃんが本気で驚いた。

二台が並ぶ。

五十メートル。

三十。

二十。

「フール!」

「うん!」

十。

五。

まだピンクのマシンが、ほんの少しだけ前にいる。

「届けえええええっ!!」

私は最後までアクセルを踏み抜いた。

慈愛機関が、最後の力を絞り出す。

赤いマシンが――前へ出た。

ほんの数センチ。

二台がチェッカーフラッグの下を駆け抜ける。

◇ ◇ ◇

静寂。

一瞬だけ。

巨大なサーキットから、すべての音が消えた。

私も。

オラクルも。

メリーも。

呼吸をすることさえ忘れて、巨大スクリーンを見る。

ゴールの瞬間が映し出された。

桃色。

赤。

映像が拡大される。

さらに拡大。

車体の先端。

そして――。

ほんの僅かに。

赤。

【WINNER】

【TEAM FOOL】

次の瞬間。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

大歓声が爆発した。

ドドドドドドンッ!!

夜空へ何百発もの花火が打ち上がる。

『決着でぷぅぅぅぅ!!』

実況も負けないほどの大声を張り上げた。

『崖で一人! 砂漠で一人! 命を救うため二度も順位を捨て、最下位からの大逆転でぷぅぅぅ!!』

私は、しばらく放心していた。

「……勝った?」

隣では、オラクルも息を切らしている。

「……らしいな」

次の瞬間、メリーが私の頭へ飛びついてきた。

「勝ったー!」

「わっ!」

「やった!」

ようやく実感が追いついてくる。

「うん……やった!」

私とメリーは手を合わせた。

パンッ!

オラクルも横から手を出す。

「俺も入れろ」

「オラクルも!」

今度は三人で。

パンッ!

ハイタッチの音が響いた。

直後。

赤いマシンは大量の煙を吐き始めた。

プスン……。

完全停止。

「……壊れた?」

「たぶんな」

「勝ったからいい!」

「借り物だけどな」

「……怒られるかな」

今になって、別の怖さが出てきた。

◇ ◇ ◇

少し遅れて。

ピンクのお兄ちゃんのマシンが隣へ停車した。

運転席から降りてきた彼は、負けたというのに悔しそうではなかった。

むしろ。

嬉しそうだった。

「フールちゃん」

「……はい」

ピンクのお兄ちゃんは私の前まで来ると、指にはめていた☆2《慈愛のリング》を静かに外した。

「第一試練」

少しだけ間を置く。

「合格でぷ」

「本当に!?」

「本当でぷ」

彼は《慈愛のリング》を私へ差し出した。

淡い桃色の光が、掌の上で優しく揺れている。

「速さだけなら、もっと強い奴はいくらでもいるのでぷ」

私は黙ってリングを見つめた。

「でも――最下位になってでも、知らない誰かを助けに戻れる奴は、そんなにいないのでぷ」

胸の奥が熱くなる。

「弟たちも」

ピンクのお兄ちゃんの声が、少しだけ柔らかくなった。

「きっと同じことをしたのでぷ」

赤。

緑。

黄色。

三匹の姿が、頭の中へ浮かんだ。

あの子たちも。

勝てるかどうかなんて考えず、私を守るために立ってくれた。

「……うん」

私は両手でリングを受け取った。

温かい。

本当に小さな指輪なのに、三匹から何かを受け取ったような気がした。

《聖なるマップ》が光る。

【ITEM GET】

【☆2《慈愛のリング》】

ゴブリン王国で反応していた三つの☆2。

その一つが、私たちの位置へ重なった。

残りは――二つ。

【☆2《知恵の駒》】

【☆2《聖なる聖杯》】

「あと二つ……」

オラクルが私の肩越しに地図を覗き込む。

「次はチェックか?」

「たぶんね」

その時だった。

観客席から、大勢の声が飛んできた。

「フールちゃーん!」

「メリーちゃーん!」

「黒猫ー!」

オラクルの耳が勢いよく立つ。

「なんで俺だけ黒猫なんだよ!」

大勢のゴブリンたちが、一斉にコースへ押し寄せてきた。

「うわっ!」

気づいた時には、身体が宙へ浮いていた。

何匹ものゴブリンたちに担ぎ上げられている。

「優勝者でぷー!」

「宴でぷー!」

「肉を持ってくるでぷ!」

「酒もでぷ!」

その言葉を聞いた瞬間、オラクルの金色の瞳が輝いた。

「酒?」

「反応早いよ!」

私たちはそのまま、大勢のゴブリンたちに担がれ、王国の広場へ運ばれていった。

夜空では。

まだ何発もの花火が咲き続けていた。

こうして――第一試練は突破。

☆2《慈愛のリング》も手に入れた。

残る守護者の秘宝は二つ。

でも。

この時の私たちはまだ知らなかった。

楽しい宴のあと。

次なる試練が始まるよりも先に――。

再び《TIME》の影が、ゴブリン王国へ迫っていることを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回は『慈愛のリング』を懸けた第一試練の決着でした。

フールたちは二度も順位を捨てて他の参加者を救出。その行動によって、隠されていた【追加条件】が達成され、《慈愛ブースト》が解放されました。

そこから最下位からの大逆転。

最後はピンクの『慈愛のリング』による衝撃波まで突破し、ゴール直前でわずかに先着!

そしてフールたちは、ついに**☆2『慈愛のリング』**を獲得。

残る秘宝は『知恵の駒』と『聖なる聖杯』。

次回はまず、ゴブリン王国総出の優勝宴から始まります!

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