第35話 世紀のヒヨコレース
【BET締切まで――02:41】
「全部だ」
オラクルが、抱えてきたチップを投票台へ置いた。
ジャララララララッ!!
受付のゴブリンが固まる。
「……全部でぷ?」
「ああ」
「大穴の紫に、全部でぷ?」
「ああ」
「百二十八倍でぷよ?」
「知ってる」
受付のゴブリンは、チップの山とオラクルを交互に見た。
「お兄さん……悪いこと言わないから、半分くらい残した方がいいでぷ」
「カジノの受付に心配された!」
後ろから追いついた舎弟ゴブリンが叫んだ。
「兄貴! 今ならまだ間に合うでぷ!」
オラクルが振り返る。
「お前、自分で持ってきた情報に自信ねぇのか?」
「あるでぷ!」
「じゃあ黙って見てろ」
金色の瞳が鋭くなる。
「カジノは情報が命――そうだろ?」
舎弟ゴブリンの目が潤んだ。
「兄貴……格好いいでぷ!」
受付のゴブリンだけは首を振っている。
「負けたあとも同じ顔できたら本物でぷ」
「縁起でもねぇこと言うな!」
その頃。
「オラクルどこおおおおおっ!」
私はメリーを肩に乗せ、巨大カジノの中を走り回っていた。
《ROYAL JACKPOT》は当然失格。
せっかく勝ち進んでいたのに、オラクルは突然「やめた」と言ってヒヨコを追いかけて消えたのだ。
「いた」
メリーが小さな指を伸ばす。
前方には巨大な看板。
【第88回 超高速ヒヨコ杯】
「本当にヒヨコのところにいた!」
人混みをかき分ける。
投票所の前。
オラクルと舎弟を発見した。
「オラクル!」
「お、来たか」
「『お』じゃないよ!」
私は詰め寄った。
「ROYAL JACKPOT失格になったんだけど!」
「知ってる」
「知ってるの!?」
「こっちの方が儲かる」
「またお金!」
舎弟ゴブリンが私へ近づいた。
「フールの姐さん」
「今度は私が姐さん!?」
「大丈夫でぷ」
「何が?」
舎弟が震える指で投票券を見せた。
「兄貴、持ってたチップを――」
一拍。
「全部入れたでぷ」
「……全部?」
私はオラクルを見る。
「全部」
爽やかな顔。
私は《真実のカード》を出した。
【TRUE】
「本当に全部入れたの!?」
「だから最初からそう言ってんだろ!」
「負けたらどうするの!?」
「ゼロからやり直す」
「絶対嫌!」
メリーも投票券を覗く。
「パンは?」
「勝ったら山ほど買える」
「負けたら?」
「……」
メリーの翠色の瞳が冷たくなる。
「猫」
「何だ」
「負けたら嫌い」
「お前の圧が一番怖ぇよ!」
ファンファーレが鳴った。
パパパパーン!
観客席から大歓声。
「始まるでぷー!」
「赤で決まりでぷ!」
「紫なんか来るわけないでぷ!」
「俺、家まで赤に賭けたでぷぅぅぅ!」
「家は賭けちゃダメでしょ!」
私は思わず知らないゴブリンへ叫んだ。
レース場には、六羽のヒヨコが並んでいた。
小さい。
丸い。
ふわふわ。
どこからどう見ても普通のヒヨコ。
首にはそれぞれ色の違う布。
赤。
青。
緑。
黄。
白。
紫。
一番人気は赤。
倍率一・四倍。
大穴の紫は――百二十八倍。
私は紫ヒヨコを見る。
「……寝てない?」
座ったまま目を閉じている。
「オラクル」
「何だ」
「本当にあれ?」
「情報が本当ならな」
「さっきまで絶対みたいな顔してたじゃん!」
「うるせぇ、集中させろ!」
舎弟ゴブリンが身を乗り出した。
「姐さん、よく見るでぷ!」
「え?」
「赤と紫の足でぷ!」
見る。
一番人気の赤。
落ち着きがなく、隣のヒヨコをつついて遊んでいる。
対して紫。
眠っているように見える。
けれど――。
「足、太くない?」
小さな身体に似合わず、脚だけ妙にしっかりしている。
オラクルがニヤリ。
「間違いねぇ」
本来、一番人気になるはずだったヒヨコに紫。
本来、大穴になるはずだったヒヨコに赤。
色だけが入れ替わった。
でも。
倍率は変更されていない。
「じゃあ紫が勝ったら……」
「百二十八倍」
メリーが両手を上げた。
「パン!」
「まだ勝ってない!」
「出走ヒヨコ、ゲートへ入るでぷ!」
係員が一羽ずつ入れていく。
そして紫。
「……」
動かない。
係員が押す。
動かない。
もう一人来る。
二人で押す。
ようやく。
紫ヒヨコが、嫌そうに一歩進んだ。
私は不安になった。
「本当に速い子なの?」
オラクルの額にも汗が浮かぶ。
「……たぶん」
「たぶんになった!」
ゲートが閉じる。
観客たちが立ち上がる。
「位置について――」
静寂。
「スタートでぷ!!」
パァン!
五羽のヒヨコが一斉に飛び出した。
「……え?」
五羽。
紫だけ。
動かない。
「オラクル?」
「待て」
紫はスタート地点で地面をつついている。
赤はもう先頭。
青、緑、黄、白も続く。
「オラクル」
「待て」
「もうみんな第一コーナー行ったよ!?」
「待て!」
舎弟ゴブリンが膝から崩れ落ちる。
「終わったでぷ……」
「終わってねぇ!」
オラクルの額から汗が流れる。
「走れ……」
ピヨ。
紫。
地面をつつく。
「走れ……!」
赤は第二コーナー。
「走れええええええっ!!」
オラクルの叫び。
紫ヒヨコが。
顔を上げた。
ピヨ?
まるで今初めてレースが始まっていることに気づいたような顔。
そして。
一歩踏み込んだ。
ドンッ!!
「……え?」
土煙。
紫が――消えた。
次の瞬間。
最後尾の白の横。
さらに。
黄。
緑。
青。
「速っ!?」
小さな身体が、紫色の残像を残しながら爆走する。
「来たああああああっ!」
オラクルが飛び上がる。
「兄貴ぃぃぃぃ!」
舎弟も復活。
第三コーナー。
紫。
二位。
先頭は赤。
でも。
一気に差が縮む。
「行け!」
「紫!」
「走れー!」
「パン!」
「メリー、それ応援になってる!?」
最後の直線。
赤。
紫。
並ぶ。
観客席の大半は赤へ絶叫している。
「赤でぷぅぅぅ!」
「逃げ切るでぷ!」
「俺の家がかかってるでぷぅぅぅ!!」
「だから家を賭けちゃダメだって!」
残り二十メートル。
十。
五。
「紫いいいいいいいいっ!!」
オラクル。
舎弟。
そして。
気づけば私まで叫んでいた。
二羽が同時にゴール。
静まり返る会場。
「……どっち?」
巨大な魔法スクリーンに、ゴールの瞬間が映し出される。
赤。
紫。
鼻先。
ほんの少し。
紫。
【WINNER】
【紫】
一秒。
静寂。
そして。
「うおおおおおおおおおおお!!」
オラクルが舎弟を抱き上げた。
「やったぞおおお!」
「兄貴ぃぃぃぃ! 勝ったでぷぅぅぅ!」
二人でぐるぐる回る。
「俺たち金持ちだ!」
「俺の情報のおかげでぷ!」
「俺の判断だ!」
「俺が走って情報取ったでぷ!」
「元金は俺だ!」
「俺にもいっぱいくれる約束でぷ!」
「分かってる!」
私は笑いが止まらなかった。
メリーは胸を張る。
「パン」
「はいはい、買おうね」
配当所。
投票券が機械へ入る。
受付ゴブリンの顔が。
だんだん青ざめていった。
「……確認するでぷ」
「どうぞ」
「もう一回確認するでぷ」
「好きなだけ」
「機械が壊れてないか調べるでぷ」
「壊れてねぇ!」
やがて。
魔法表示に数字が浮かんだ。
【払戻額】
ゼロが多すぎる。
「……これ、いくら?」
私には数え切れない。
舎弟ゴブリンが指を使って数える。
一。
二。
三。
「兄貴……」
「何だ」
舎弟の身体が震える。
「百万……余裕で超えてるでぷ」
次の瞬間。
ジャララララララララララッ!!
大量のチップが出てきた。
山。
本当に山だった。
周囲のゴブリンたちまで集まってくる。
「何でぷ、これ!」
「紫に全額入れた奴でぷ!」
「頭おかしいでぷ!」
「でも勝ってるでぷ!」
オラクルは。
チップの山を見上げる。
そして。
ニヤッ。
「よし」
両腕いっぱいにチップを抱えた。
「オラクル?」
次の瞬間。
バラララララッ!!
周囲へ。
思いきりばら撒いた。
「持ってけえええええっ!!」
「ええええっ!?」
一瞬。
ゴブリンたちが固まった。
そして。
「うおおおおおお!!」
全員がチップへ飛びついた。
「本物でぷ!」
「いっぱいあるでぷ!」
「こっちにもくれでぷ!」
オラクルはさらに掴む。
バララララッ!
「百万ありゃ本は取れる!」
もう一掴み。
「余った分は祭りだ!」
「急に豪快すぎるよ!」
すると。
一匹のゴブリンが泣きながら飛びついてきた。
「兄貴でぷぅぅぅぅ!!」
「誰だお前!?」
私には見覚えがあった。
「この人……」
赤ヒヨコを応援していた。
家まで賭けていたゴブリン。
オラクルにもらったチップを胸いっぱいに抱えている。
「助かったでぷぅぅぅ!」
「何がだ?」
「赤に家まで賭けたでぷ!」
「やっぱり本当に賭けてたの!?」
「全部なくなるところだったでぷ!」
ゴブリンの目から涙が滝のように流れる。
「これで借金を払えるでぷ!」
「お、おう……」
「外で寝ることにならなくて済んだでぷぅぅぅ!」
私は頭を抱えた。
「次から家だけは絶対賭けないで!」
「分かったでぷ!」
ものすごく信用できない返事。
すると。
別のゴブリンがオラクルを指差した。
「俺にもチップくれたでぷ!」
「こっちにもくれたでぷ!」
「太っ腹でぷ!」
そして。
誰かが拳を上げた。
「兄貴でぷ!」
隣も。
「兄貴でぷ!」
次も。
「兄貴でぷ!」
「兄貴でぷ!」
「兄貴でぷ!」
どんどん増えていく。
やがて。
カジノ中から――。
「兄貴でぷ! 兄貴でぷ! 兄貴でぷ!」
大合唱。
オラクルが完全に固まった。
「……何だこれ」
舎弟ゴブリンは号泣している。
「兄貴が……みんなの兄貴になったでぷぅぅ!」
「俺はそんなもんになった覚えねぇ!」
メリーまで。
小さな拳を上げる。
「兄貴でぷ」
「お前、語尾まで移ってるぞ!」
私はもう我慢できなかった。
「ふふっ……あはははは!」
「フール! 笑ってねぇで止めろ!」
「人気者だね、兄貴」
「お前まで言うな!」
《真実のカード》が光る。
【FALSE】
「……ちょっと嬉しいんだ」
「しまえええええっ!」
「兄貴でぷ!」
「兄貴でぷ!」
「兄貴でぷ!」
ゴブリンたちの兄貴コールは。
しばらく止まらなかった。
そのあと。
必要な百万チップを持って、私たちはカジノ最奥のガラスケースへ向かった。
【必要チップ 1,000,000】
係員が私たちを見る。
そして。
後ろからまだ聞こえてくる。
「兄貴でぷー!」
係員までオラクルを見る。
「兄貴でぷ?」
「違う!」
「有名人になってる……」
私は笑いながら、百万チップを差し出した。
「交換をお願いします」
「本当にこれにするでぷ?」
「はい」
ゴゴゴゴゴ……。
ガラスケースが開く。
中から。
一冊の巨大な本が運び出された。
濃紺の表紙。
中央には金色の紋章。
その周囲に描かれた、六つの異なる獣。
そして。
五つの星。
【☆5】
【幻獣種召喚の本】
私は両手で受け取った。
ずっしりと重い。
次の瞬間。
聖なるマップが激しく光った。
【☆5秘宝を取得】
【幻獣種召喚の本】
「……やった」
ついに。
手に入れた。
表紙に触れる。
ドクン。
本が鼓動した。
「え?」
六つの獣の紋章は。
まだすべて暗い。
聖なるマップへ、新しい文字。
【幻獣種:未覚醒】
【覚醒条件:不明】
「すぐには使えないみたい」
オラクルが本を覗く。
「開くか?」
引く。
開かない。
メリーも引く。
「固い」
舎弟まで手伝う。
「俺もやるでぷ!」
「力ずくで開ける本じゃないと思う!」
とにかく。
☆5《幻獣種召喚の本》は。
確かに私たちのものになった。
カジノを出る頃には。
空が夕焼け色になっていた。
オラクルの舎弟は、もらった大量のチップを大事そうに抱えている。
「兄貴」
「何だ」
「俺、一生ついていくでぷ」
「今日までだ!」
「嫌でぷ!」
「なんでだよ!」
私は笑いながら、聖なるマップを確認した。
☆5の反応は。
私たちの位置と重なっている。
そして。
王国内に残る星付き反応。
【☆2】
【☆2】
【☆2】
三つ。
全部。
ゆっくりと移動している。
「今度はこの三つかな」
その時。
大通りの向こうが騒がしくなった。
「守護者様でぷ!」
「道を開けるでぷ!」
ゴブリンたちが左右へ分かれる。
その中央を。
三人のゴブリンが歩いてくる。
一人目。
鮮やかなピンク。
二人目。
特徴的なチェック柄。
三人目。
光を反射する白銀。
そして。
聖なるマップにある三つの☆2が。
ぴたり。
三人の位置へ重なった。
「……あの三人」
オラクルも気づく。
「☆2を一個ずつ持ってる」
でも。
私は。
それ以上に。
三人の顔から目を離せなかった。
「……」
似ている。
どこか。
すごく。
赤。
緑。
黄色。
最初に出会った三匹の顔が。
頭の中へ蘇る。
その瞬間。
ピンクのゴブリンが。
こちらを向いた。
そして。
私の持つ。
黄色のゴブリンから託された――。
古いお金袋を見た。
ピンクのゴブリンの表情が。
変わった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回はヒヨコレースの決着でした。
大穴128倍の紫ヒヨコへ全額勝負。
スタートしてもまったく走らないという最悪の展開から、最後は一番人気をギリギリで追い抜いて大勝利!
そして大量のチップを手にしたオラクルは、なぜか周囲のゴブリンたちへ気前よく配り始めます。
その結果――。
「兄貴でぷ!」
まさかの兄貴コール。
家まで賭けていたゴブリンも、何とか外で寝ずに済みました。
そしてついに、**☆5《幻獣種召喚の本》**を入手。
残る王国内の三つの☆2反応は、三人の守護者――ピンク、チェック、白銀に重なっています。
次話、フールが最初に出会った三匹との繋がりが明らかになっていきます。




