第34話 大穴のヒヨコ
「……オラクル」
「何だ?」
「さっきよりチップ減ってない?」
「気のせいだ」
《真実のカード》が光った。
【FALSE】
「減ってるじゃん!」
《ROYAL JACKPOT》の第三ゲーム開始を待つ間。
私は、オラクルの前に積まれたチップを見ていた。
明らかに少ない。
ついさっきまで山のように積まれていたはずなのに、今では――。
「半分くらいしかないよね?」
「……」
「何したの?」
「ちょっと増やそうと思った」
「増えてないじゃん!」
「結果だけ見るな!」
「結果が全部でしょ!?」
どうやらオラクルは待ち時間の間に、近くのダイスやらカードやらへ少しずつ手を出したらしい。
そして。
見事に。
もらったコインを半分近くまで減らしていた。
即席の舎弟ゴブリンが頭を抱える。
「兄貴ぃ……」
「何だよ」
「俺の取り分まで減ってる気がするでぷ」
「まだ一枚もお前のじゃねぇ!」
メリーもチップの山を見つめる。
「パン減った」
「お前まで俺を責めるな!」
私はため息をついた。
「もう余計なことしないでよ?」
「分かってる」
【FALSE】
「全然分かってない!」
オラクルは真実のカードを睨んだ。
「フール。それ、カジノにいる間だけ封印しない?」
「嫌」
「即答かよ!」
その時。
オラクルが、ふと舎弟を見る。
「おい」
「はいでぷ、兄貴!」
「一応のためだ」
オラクルは残っていたチップの中から――。
かなりの量を両手ですくった。
「えっ」
さらに。
もう一掴み。
ジャラジャラジャラッ!
「ちょっと!」
私は止めようとする。
「また何するの!?」
オラクルは、山ほどのチップを舎弟へ渡した。
「情報取ってこい」
舎弟の腕がチップの重さで沈む。
「こ、こんなにでぷ!?」
「カジノ中を回れ」
オラクルの金色の瞳が鋭くなる。
「今動いてる勝負。変な倍率。急に増えた賭け。客が騒いでる場所。何でもいい」
「了解でぷ!」
「特に――」
オラクルが指を一本立てた。
「誰も気づいてねぇ情報を探せ」
舎弟が胸を張る。
「任せるでぷ!」
そして。
走っていった。
ダダダダダッ!
私はオラクルを見る。
「また逃げられたりしない?」
「布団置いてあるから戻ってくる」
「布団への信用すごいね」
五分。
十分。
その間にも、《ROYAL JACKPOT》の会場では準備が進んでいた。
透明箱の中。
巨大な黄金ガエルが鎮座している。
「ゲコ」
司会者が叫ぶ。
「次のゲームは、この黄金ガエルを最初に笑わせた者が勝者でぷ!」
「どうやって笑わせるの?」
「知らん」
オラクルが答える。
「モノマネとか?」
「フールやる?」
「絶対嫌!」
メリーが手を上げる。
「パン見せる」
「カエルがパンで笑うかな?」
「メリーは笑う」
「メリー基準なの!?」
そんな話をしていると。
遠くから。
「兄貴ぃぃぃぃぃ!!」
凄まじい声。
オラクルの耳が立った。
「来た」
人混みの向こう。
舎弟ゴブリンが走ってくる。
前回より。
明らかに慌てている。
他の客を何人も避け損ね。
樽にぶつかり。
椅子を飛び越え。
最後は滑り込みながら私たちの前で止まった。
「兄貴!」
「どうした」
「大変でぷ!」
肩で息をしている。
「とんでもない情報でぷ!」
オラクルの表情が変わった。
「言え」
「ヒヨコレースでぷ!」
「……」
私は首を傾げる。
メリーも。
「ヒヨコ?」
「そうでぷ!」
舎弟は必死に説明を始める。
「今から五分後に締め切りになるヒヨコレースがあるでぷ!」
オラクルは腕を組む。
「それの何がとんでもねぇ」
「一番人気と――」
舎弟が周囲を確認する。
声を落とす。
「大穴のヒヨコ」
「うん」
「色が変わってるでぷ」
一瞬。
オラクルの顔から表情が消えた。
「……何?」
私はよく分からない。
「色?」
舎弟が説明する。
「ヒヨコレースは、出走するヒヨコごとに色を付けて見分けるでぷ」
赤。
青。
緑。
黄色。
紫。
色によって番号と倍率が決まる。
「一番人気は?」
「赤でぷ」
「大穴は?」
「紫」
「それが?」
舎弟が言った。
「今、控室を見た奴の話だと――」
一拍。
「赤になるはずの一番人気が紫。紫になるはずの大穴が赤になってるでぷ」
私はまだ意味が分からなかった。
でも。
オラクルは違った。
金色の瞳が。
一気に輝いた。
「……本当か」
「かなり確かな筋でぷ!」
「締め切りまで?」
舎弟が時計を見る。
「あと――」
「四分四十秒でぷ!」
オラクルが立ち上がった。
「おい?」
司会者が叫ぶ。
「ROYAL JACKPOT第三ゲーム、まもなく開始でぷ!」
オラクルは。
黄金ガエルを見る。
次に。
舎弟を見る。
そして。
「やめた」
「え?」
私は耳を疑った。
「何を?」
「ROYAL JACKPOT」
「えええええ!?」
オラクルは手元のチップを全部抱えた。
「オラクル待って!」
「フール!」
「何!?」
「ここにいろ!」
「なんで!?」
オラクルはもう走り出していた。
「ちょっと!!」
「ヒヨコだぁぁぁぁぁ!!」
「戻ってきてえええええ!!」
金色の扉を飛び出す。
階段を駆け下りる。
他の客を飛び越える。
黒い尻尾が人混みの向こうへ消えていく。
メリーがぽかんと口を開けた。
「猫、逃げた」
「逃げたんじゃない!」
舎弟も走り出す。
「兄貴待つでぷぅぅぅ!」
「あなたまで行くの!?」
「舎弟でぷから!」
二人とも。
消えた。
私は。
《ROYAL JACKPOT》の会場に一人残された。
いや。
肩にはメリーがいる。
目の前。
黄金ガエル。
「ゲコ」
司会者が私を見る。
「参加者のお連れ様でぷ?」
「……はい」
「オラクル選手は?」
「ヒヨコ追いかけて行きました」
「……」
司会者まで黙った。
数秒後。
「失格でぷ」
「ですよね!!」
その頃。
オラクルは。
カジノ内を全力疾走していた。
「どこだ!」
「右でぷ!」
舎弟が後ろを走る。
「次左!」
「分かった!」
「その先の階段降りるでぷ!」
オラクルが飛び降りる。
階段を。
使わずに。
「兄貴ぃ!?」
着地。
そのまま走る。
そして。
見えた。
巨大な看板。
【第88回 超高速ヒヨコ杯】
【BET締切まで――03:21】
「間に合う」
オラクルが笑った。
その下。
倍率表。
一番人気。
【赤 1.4倍】
そして。
最下位人気。
【紫 128倍】
オラクルの足が止まった。
「……百二十八倍」
舎弟が追いつく。
「そうでぷ!」
オラクルは。
手元の大量のチップを見る。
そして。
紫。
大穴。
128倍。
「兄貴」
舎弟が恐る恐る聞く。
「まさか……」
オラクルが。
とんでもなく悪い笑顔をした。
「舎弟」
「はいでぷ」
「今日」
持っているチップを。
全部。
抱え上げる。
「俺たち――」
大穴【紫】の投票窓口へ歩く。
「金持ちになるぞ」
舎弟の目も輝いた。
「兄貴ぃぃぃ!!」
残り。
二分五十八秒。
大穴ヒヨコへの――。
全額勝負が始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は順調に増やしていたはずのチップを、オラクルがまた半分近く減らすところからスタートしました。
しかし、即席の舎弟へ大量の情報料を渡した結果、とんでもない情報を入手。
締め切り間近の《ヒヨコレース》。
一番人気と大穴のヒヨコの「色が入れ替わっている」という情報です。
その瞬間、オラクルは賞金50万チップの《ROYAL JACKPOT》すら即座に放棄。
フールたちを置いて、ヒヨコレースへ全力疾走しました。
大穴の倍率は――128倍。
果たして、この情報は本物なのか。
そしてオラクルは、本当に全額を突っ込んでしまうのか。
次話、ヒヨコレース開幕です。




