↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『フールの大冒険 ~本の世界に消えた両親を探していたら、聖なるマップに選ばれました~』  作者: ☆☆アダム☆☆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/69

第23話 人魚の旋律

巨大な触手が、頭上から振り下ろされた。

「フール、伏せろ!」

オラクルに肩を引かれ、私は石畳へ転がった。

直後。

ドゴォォン!!

さっきまで立っていた場所が、大きく抉れる。

砕けた石が雨みたいに降り注いだ。

「こんなの当たったら終わりじゃん!」

「だから当たるな!」

「簡単に言わないでよ!」

ネレウスが低く唸った。

魚のような巨大な胴体。その下には何十本もの黒い触手がうごめき、吸盤に埋め込まれた無数の目が、それぞれ別々にこちらを見ている。

そして何より異様なのは、身体の中だった。

半透明の皮膚の奥で、無数の小さな光がもがいている。

赤。

青。

緑。

黄色。

捕らえられた精霊たち。

『王女……』

ネレウスの巨大な口が開く。

『歌え……』

その視線が、ミレアだけを捉えた。

水色の長い髪を揺らしながら、ミレアが一歩後ずさる。

「……嫌」

『歌え』

「嫌よ!」

今まで静かだった彼女の声が、初めて強く響いた。

ネレウスが咆哮する。

『ならば――奪う!』

何本もの触手が一斉に伸びてきた。

「ミレア!」

私は彼女の腕を掴んで走った。

オラクルが二本の短剣を抜き、私たちの後ろへ回る。

「先行け!」

黒い毛並みをなびかせ、地面を蹴った。

一枚。

二枚。

三枚。

触手の吸盤へ短剣を叩き込む。

「こっち見ろ、タコ野郎!」

『猫……』

「誰が猫だ!」

私は走りながら振り返った。

「猫でしょ!」

「今そこ突っ込むな!」

ネレウスの触手がオラクルを追う。

速い。

けれどオラクルは、それ以上に素早かった。

柱を蹴り、建物の壁へ飛び移り、触手の隙間を縫うように走る。

アルセウスで屋根から屋根へ逃げ回っていた時以上だ。

「オラクル、すごい……!」

「見直したか!?」

「盗賊じゃなかったら!」

「まだ言うか!」

その瞬間。

横から伸びた触手がオラクルの腹へ直撃した。

「ぐっ!」

黒い身体が吹き飛ばされ、石壁へ叩きつけられる。

「オラクル!」

「……生きてる!」

身体を起こしながら叫んだ。

でも。

口元には血が滲んでいる。

笑ってる場合じゃない。

私は《真実のカード》を取り出した。

「ネレウスは、《人魚の旋律》を手に入れるために精霊を捕まえた!」

カードが光る。

【TRUE】

「やっぱり!」

ミレアが驚く。

「精霊を?」

「次!」

私はカードを握る。

「精霊たちは、《人魚の旋律》を使えば解放できる!」

眩しい光。

【TRUE】

「ミレア!」

私は彼女を見る。

「歌えば助けられる!」

「……できない」

「え?」

ミレアの手が震えていた。

「私には……歌えない」

ネレウスがゆっくり近づいてくる。

『歌え……』

「ミレア?」

彼女の青緑色の瞳が、苦しそうに伏せられた。

「《人魚の旋律》は、リーリエ王家に代々受け継がれる歌。でも……最後まで歌えるのは、王位を継ぐ者だけ」

「じゃあ第一王女のミレアなら――」

「私は逃げたの!」

声が震えた。

「三ヶ月前。ネレウスが現れた夜、私は……」

彼女は拳を握った。

「怖くなって、リーリエから逃げた」

風もない海底都市で、水色の髪だけが小さく揺れていた。

「お父様も、お母様も、みんな街に残ったのに。私は王女なのに……一人で地上へ逃げた」

「……」

「だから歌えない」

ミレアが自嘲するように笑う。

「王女失格だから」

私は何も言えなかった。

ネレウスが精霊たちを捕まえた理由。

ミレアが街へ戻りたがらなかった理由。

ようやく繋がった。

『お前の歌を――』

ネレウスが大きく口を開く。

『寄越せぇぇぇぇ!!』

黒い液体が口の中へ集まる。

「まずい!」

オラクルが駆けてくる。

「避けろ!」

黒い水が放たれた。

私はミレアを突き飛ばす。

バシャァァァン!!

黒い水が石畳へ広がった。

触れた部分が、みるみる腐っていく。

「うそ……!」

「あれ浴びたら骨まで溶けるぞ!」

「先に言って!」

「今分かったんだよ!」

逃げながら。

私はミレアを見る。

王女失格。

逃げた。

怖かった。

でも。

「ミレア!」

「何!?」

「怖かったんでしょ!」

「……!」

「だったら逃げるよ!」

ミレアが目を見開く。

「私だって逃げる!」

「フール?」

「怖いもの!」

TIMEのNo.1に殺されそうになった時。

三匹を失った時。

呪われた絵に吸い込まれた時。

メビウス村で記憶を奪われそうになった時。

何度も。

怖かった。

「逃げたことがあるから王女じゃないなんて、誰が決めたの?」

「でも私は――」

「今、戻ってきたじゃん!」

ミレアが黙った。

私は叫ぶ。

「精霊たちを助けたいから戻ってきたんでしょ!」

《真実のカード》が勝手に光った。

【TRUE】

ミレアの瞳が揺れる。

「ほら!」

「……そのカード、こういう時まで」

「便利だから!」

オラクルが触手を避けながら叫ぶ。

「感動してるところ悪いけど、早くしてくれぇぇぇ!」

「オラクルが死にそう!」

「ずっとそう言ってんだろ!」

ミレアが思わず笑った。

ほんの少し。

でも。

確かに笑った。

「……変な人たち」

「よく言われる」

「俺まで一緒にすんな!」

ミレアは胸へ手を当てた。

目を閉じる。

「私……歌えるかな」

私は答えた。

「歌ってみないと分からないよ」

静かな沈黙。

やがて。

ミレアが息を吸った。

――♪……

最初の声は。

とても小さかった。

でも。

海底都市全体が反応した。

道を照らしていた青い石が、一斉に輝く。

珊瑚の塔。

閉ざされた家々。

街を包む透明な膜。

全部が、ミレアの声に合わせて淡く光った。

「……すごい」

歌が続く。

言葉の意味は分からない。

けれど。

寂しい。

優しい。

ずっと誰かを待っていたような。

そんな歌だった。

ネレウスが苦しみ始める。

『やめろ……』

身体の中。

捕らえられていた精霊の光が激しく輝く。

一つ。

また一つ。

ネレウスの身体から飛び出した。

「出てきた!」

赤い小さな光。

青い光。

黄色。

緑。

何十もの精霊が、空へ舞い上がっていく。

『やめろぉぉぉ!!』

ネレウスが触手をミレアへ伸ばす。

「歌を止めるな!」

オラクルが間に飛び込んだ。

ザシュッ!

短剣で触手を切り裂く。

でも。

一本ではない。

次。

次。

次。

「多すぎる!」

「オラクル!」

私も何か。

何かできない?

武器もない。

魔法もない。

カードは真実を示すだけ。

その時だった。

小さな青い光が。

私の前で止まった。

「……?」

精霊。

手のひらくらいの大きさ。

ぼんやりとした人の形。

その子が私へ小さな手を伸ばした。

続いて。

別の精霊。

また一人。

また一人。

「みんな……?」

光が私の周りへ集まってくる。

聖なるマップが輝いた。

【精霊との共鳴を確認】

【一時接続】

「何これ……」

精霊たちの光が、私の両手へ集まる。

温かい。

頭の中へ。

声が聞こえた。

――助けてくれた。

――だから今度は。

――私たちが。

光が一つになる。

「フール!」

オラクルが叫ぶ。

私は両手を前へ突き出した。

「いっけえええええ!!」

光の奔流が放たれた。

ドオオオオオッ!!

触手をまとめて吹き飛ばす。

『グオオオオオオッ!!』

ネレウスが後退した。

「私、魔法使えた!?」

聖なるマップ。

【一時接続終了】

光が消えた。

「終わった!」

「喜ぶの早ぇよ!」

ネレウスはまだ生きている。

でも。

ミレアの歌は止まらない。

そして。

最後の精霊が。

ネレウスの胸から飛び出した。

その瞬間。

怪物の身体に大きな亀裂が走った。

「……弱くなった?」

真実のカードを掲げる。

「ネレウスは、捕まえた精霊の力で身体を維持していた!」

【TRUE】

オラクルがニヤリと笑う。

「なら」

短剣を逆手に持つ。

「今なら斬れる!」

ネレウスの胸。

精霊たちが抜けた場所に、一つだけ黒い結晶が露出していた。

「そこだ!」

オラクルが走る。

触手を一本。

二本。

三本。

かわす。

壁を蹴る。

空中へ。

金色の瞳が鋭く光った。

「終わりだ!」

短剣が。

黒い結晶へ突き刺さる。

パキン。

小さな音。

そして。

巨大な亀裂。

『――ッ!!』

ネレウスの身体が崩れ始めた。

「オラクル、離れて!」

「分かってる!」

飛び退く。

次の瞬間。

ドオオオオオオオン!!

巨大な身体が。

黒い水となって弾けた。

しばらく。

何も聞こえなかった。

やがて。

一つ。

二つ。

家の扉が開く。

「……終わったの?」

住民たち。

人魚族。

魚人。

海の獣人。

地下へ隠れていた人たちが、少しずつ街へ出てくる。

空には。

解放された精霊たちが無数に舞っていた。

まるで星みたいだった。

「ミレア様……」

誰かが呟いた。

ミレアの歌が終わる。

静寂。

その直後。

街中から歓声が上がった。

「王女様!」

「ミレア様が戻った!」

「精霊たちが!」

「助かったんだ!」

ミレアは。

泣いていた。

両手で口元を押さえながら。

「私……」

私は横へ並んだ。

「歌えたね」

「……うん」

その時。

一人の小さな精霊が。

私の頭へ落ちてきた。

「わっ!」

ぽすん。

柔らかい感触。

「何!?」

頭から下ろす。

手のひらより少し大きい。

人間の女の子みたいな姿。

淡い桜色の髪は綿毛のようにふわふわで、腰まで伸びている。瞳は大きな翠色。背中には、透明な花びらのような四枚の羽。

小さな白いワンピース。

裸足。

頬はぷっくり。

そして。

ものすごく眠そうな顔。

「……かわいい」

精霊が私を見る。

口を開く。

「おなか……すいた」

「第一声それ!?」

オラクルが笑う。

「お前と気が合いそうだな」

「なんで私!?」

小さな精霊は私の手のひらへ座る。

「パン」

「え?」

「パン食べたい」

「精霊ってパン食べるの!?」

「食べる」

「即答!」

ミレアが驚いた顔で近づいてきた。

「あなた……」

「知ってる精霊?」

「ええ。でも」

ミレアが小さな精霊を見る。

「この子は《精霊の塔》にいるはずなの」

「精霊の塔?」

その言葉に。

小さな精霊の笑顔が消えた。

翠色の瞳が。

少しだけ悲しそうになる。

「塔……」

そして。

私の指を。

ぎゅっと掴んだ。

「帰らなきゃ」

「……?」

「みんなが待ってる」

聖なるマップが光る。

海底都市リーリエの北。

今まで何もなかった場所に。

一本の塔が現れた。

【NEW AREA】

【精霊の塔】

その下に。

新しい表示。

【精霊異常を確認】

【原因:不明】

オラクルがため息をついた。

「……休めると思ったのに」

小さな精霊が彼を見る。

「猫」

「オラクルだ」

「黒猫」

「オラクル」

「泥棒猫」

「誰に教わった!?」

私は吹き出した。

この子。

結構好きかもしれない。

「名前は?」

精霊は私を見る。

少し考えて。

にこっと笑った。

「メリー!」

こうして。

海底都市リーリエで。

私たちは――。

後に旅を共にすることになる小さな精霊、メリーと出会った。

そして次の目的地は。

精霊たちの故郷――。

**《精霊の塔》**へ。

あとがき

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回はついに《人魚の旋律》が登場しました。

逃げてしまった自分を「王女失格」だと思っていたミレアですが、戻ってきたこと、そしてもう一度歌ったこと自体が彼女の答えになっています。

ネレウスに囚われていた精霊たちも無事解放。

そして最後には、新キャラの小さな精霊――メリーが登場しました。

ふわふわの桜色の髪、翠色の瞳、花びらのような羽。そして第一声は「おなかすいた」。

次の舞台は《精霊の塔》。

メリーがどうしてリーリエにいたのか、精霊の塔で何が起きているのか。次話からさらに精霊たちの物語へ入っていきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回はついに《人魚の旋律》が登場しました。

逃げてしまった自分を「王女失格」だと思っていたミレアですが、戻ってきたこと、そしてもう一度歌ったこと自体が彼女の答えになっています。

ネレウスに囚われていた精霊たちも無事解放。

そして最後には、新キャラの小さな精霊――メリーが登場しました。

ふわふわの桜色の髪、翠色の瞳、花びらのような羽。そして第一声は「おなかすいた」。

次の舞台は《精霊の塔》。

メリーがどうしてリーリエにいたのか、精霊の塔で何が起きているのか。次話からさらに精霊たちの物語へ入っていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。