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『フールの大冒険 ~本の世界に消えた両親を探していたら、聖なるマップに選ばれました~』  作者: ☆☆アダム☆☆


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第21話 忘れないために

白い回収者たちが、一斉に襲いかかってきた。

「フール、走れ!」

オラクルが私の腕を引く。

白い手が、さっきまで私の頭があった場所を掠めた。

ゾワッ。

触れられても傷はつかない。

でも――。

「今、何か忘れた気がする……!」

「何を!?」

「それが分からないから怖いの!」

「最悪じゃねぇか!」

私たちは工房の棚を回り込みながら逃げる。

白い影は壁も机も関係なく、染み込むように通り抜けて追ってきた。

オラクルが短剣を振る。

ザンッ!

一体を真っ二つにした。

しかし。

「戻ってる!」

分かれた身体が白い霧になり、すぐに一つへ戻ってしまう。

「斬れねぇ!」

「じゃあどうするの!?」

「俺に聞くな!」

「戦闘担当でしょ!」

「いつ決まった!?」

こんな時なのに、いつものオラクルだった。

それだけで少しだけ怖さが薄れる。

だが――。

「……フールちゃん」

エレナさんの声がした。

紫色の頭巾の下。

しわの刻まれた顔を、涙が伝っている。

「帰っておくれ」

「嫌です」

「この村のことは忘れて――」

「それも嫌!」

私は《真実のカード》を掲げた。

白銀のカードに描かれた瞳が開く。

「エレナさんは、本当に村のみんなを守りたいと思っている!」

カードが輝いた。

【TRUE】

エレナさんの黒い瞳が揺れる。

「ほら」

私は続けた。

「あなたが全部、自分のためにやってるなんて思ってません」

老人がエレナさんを見つめていた。

「だけど――」

私はもう一つ問いかける。

「エレナさんは、自分自身が思い出すのを怖がっている!」

【TRUE】

「……やめな」

エレナさんの手が震えた。

「あなたが一番忘れたいのは、この村のことじゃない」

「やめておくれ」

「誰なんですか?」

「フール!」

老人が止める。

でも。

ここでやめたら。

またこの村は同じ一日を繰り返す。

私はエレナさんから目を逸らさなかった。

「誰のことを、忘れたいんですか?」

エレナさんの唇が震えた。

しばらくして。

掠れた声が零れた。

「……娘だよ」

白い回収者たちの動きが止まった。

「娘……?」

老人が目を閉じる。

エレナさんは杖を握り締めた。

「名前は、リーナ」

声だけが、工房に響く。

「金色の髪をした……よく笑う子だった」

その顔に。

一瞬だけ。

母親の笑顔が浮かんだ。

「この村の《記憶染め》を、一番好きだった」

昔。

メビウス村がまだ普通の彩色職人の村だった頃。

リーナは両親と一緒に、工房で絵の具を作っていたという。

人の大切な記憶から、ほんの少しだけ色を借りる。

死んだ家族の笑顔。

故郷の夕焼け。

子供の頃に見た海。

それを絵として残す。

「でも……欲を出した」

エレナさんの声が震える。

「もっと鮮やかな色を」

「もっと長く消えない記憶を」

「もっと、本物みたいな絵を」

老人が苦しそうに続けた。

「村中の職人が、核へ記憶を集め始めた」

「止められなかったんですか?」

「止めようとした」

老人が答える。

「最後に止めようとしたのが――リーナだった」

エレナさんの瞳から、涙が溢れた。

「核が暴走した夜……あの子は中へ入った」

「……」

「私たちを助けるために」

それ以上聞かなくても分かった。

リーナは。

戻らなかった。

「私は毎日思い出した」

エレナさんが胸を押さえる。

「最後にあの子へ言った言葉を」

『行かないで』

でも。

娘は笑った。

『大丈夫』

そして。

帰ってこなかった。

「だから……忘れたかった」

白い回収者たちが、静かに揺れている。

「リーナの死も」

「私が止められなかったことも」

「全部……」

エレナさんは顔を覆った。

「最初は、私一人だけのつもりだった」

しかし核は。

村全体へ広がった。

一人の記憶を消せば。

その記憶に関わる別の人間の記憶も矛盾する。

だからまた消す。

また。

また。

五十年。

気づけば村そのものが。

忘れ続けなければ成り立たない場所になっていた。

「……そんなの」

私は小さく言った。

「悲しすぎるよ」

エレナさんが私を見る。

「忘れなきゃ生きられないことだってあるんだよ」

その言葉に。

私はすぐには答えられなかった。

私はまだ。

両親がどうして自分の前にいないのかさえ知らない。

いつか。

本当に忘れたい真実を知るかもしれない。

だから簡単に。

「全部覚えていた方がいい」なんて言えない。

でも。

「それでも」

私は言った。

「嬉しかったことまで消えちゃう」

エレナさんが息を止めた。

「リーナさんの最後だけ消そうとして……」

私は胸に手を当てる。

「一緒に笑ったことまで、なくなっちゃう」

三匹のゴブリンを思い出した。

死んだ瞬間だけを考えれば。

苦しい。

今でも。

でも。

赤い子の骨付き肉。

緑の子の本。

黄色い子のお金袋。

「でぷ」って笑っていた声。

それまで消えてしまうなら――。

私は嫌だ。

「悲しいからって」

私は言った。

「その人が生きてたことまで消したくない」

長い沈黙。

やがて。

エレナさんの杖が。

ゆっくり下がった。

「方法はある」

老人が突然言った。

「え?」

「核を壊さずに、記憶を戻す方法だ」

オラクルが睨む。

「あるなら最初から言え!」

「簡単ではない」

老人は地下への扉を指差した。

「《記憶染め》には、本来二つの工程があった」

「吸い取るのと?」

「返すことだ」

私は目を見開いた。

「返せるの!?」

「ああ」

昔の技術では。

絵へ記憶を写したあと、持ち主が望めばその色を元へ戻すこともできた。

だが核が暴走した時。

「返すための仕組みだけが止められた」

「誰に?」

老人の目が。

エレナさんへ向く。

「……私だよ」

エレナさんが答えた。

自分の記憶が戻らないように。

鐘を。

回収だけを行う仕組みへ変えた。

オラクルが頭を掻く。

「じゃあ元に戻せばいいんじゃねぇか?」

「五十年分の記憶を一気に戻せば、人間の心が耐えられん」

老人が首を振る。

「少しずつ返す必要がある」

「どうやって?」

老人は工房の窓から見える鐘楼を指差した。

「鐘を元へ戻す」

工房を飛び出した。

カァン!

また鐘が鳴る。

白い回収者たちが追ってくる。

「走れ!」

「走ってる!」

村の中央。

古い鐘楼。

そこまで行けば、記憶の流れを逆転させられる。

らしい。

「『らしい』って怖いな!」

オラクルが叫ぶ。

「他に方法ないでしょ!」

「ある!」

「何!?」

「逃げる!」

「却下!」

「聞いた意味!」

白い腕が背後から伸びる。

オラクルが私の腰を抱えて横へ飛んだ。

「きゃっ!」

「軽いな、お前!」

「今それ言う!?」

地面を転がる。

その瞬間。

白い手がオラクルの頭へ触れた。

「オラクル!」

彼が固まった。

「……」

「大丈夫!?」

金色の瞳が、ぼんやり私を見る。

「お前……誰だ?」

心臓が止まりそうになった。

「え……?」

数秒。

オラクルの口元が。

ニヤッ。

「嘘だ」

「オラクルぅぅぅぅ!!」

私は思いきり肩を殴った。

「いてぇ!」

「こんな時にやる!?」

「緊張をほぐそうかと!」

「寿命縮んだよ!」

「悪かったって!」

本当に。

この猫。

いつか別の理由で殴る。

でも。

怖くて泣きそうだった気持ちが、少し戻った。

「行くよ!」

「おう!」

鐘楼へ駆け込む。

中には巨大な鐘。

そしてその下に。

四枚の色板がはめ込まれていた。

赤。

青。

黄。

白。

老人も追いついてくる。

「今は全部、回収側へ向いている!」

「どれをどうすれば!?」

「裏返せ!」

「簡単!」

オラクルが飛びつく。

赤。

ガコン!

「重っ!」

「頑張って!」

「手伝え!」

私も加わる。

二人で押す。

ガコン!

板が裏返った。

裏側には。

同じ色ではなく。

淡い光が描かれている。

「次!」

青。

黄色。

三枚。

しかし。

最後の白だけ。

動かない。

「何これ!」

老人の顔色が変わった。

「封印されている!」

「誰が!?」

全員。

同時にエレナさんを見る。

遅れて鐘楼へ入ってきた彼女が。

静かに杖を握っている。

「……最後の一枚は」

老人が言う。

「エレナにしか戻せん」

オラクルが白い影を短剣で牽制する。

「婆さん!」

「……」

「決めろ!」

エレナさんが白い板を見る。

手が震える。

これを戻せば。

娘の記憶も。

戻る。

最後の日も。

全部。

「エレナさん」

私は言った。

「怖くてもいいと思います」

彼女が私を見る。

「私も怖いです」

お父さんとお母さんの真実。

ずっと。

「でも――」

三匹を思い出す。

「大切だったことまで、なくしたくない」

エレナさんは長い間。

何も言わなかった。

そして。

「……リーナ」

小さく。

娘の名を呼んだ。

「母さん、逃げるのをやめるよ」

杖を上げる。

白い板へ触れる。

ガコン。

最後の一枚が裏返った。

その瞬間――。

ゴォォォォォォン!!

鐘が。

今までとは違う音を鳴らした。

光が村中へ広がった。

白い回収者たちが、動きを止める。

その身体へ。

色が生まれた。

赤。

青。

黄色。

緑。

無数の色となって。

空へ舞い上がる。

そして。

村人たち一人一人へ降り注いだ。

畑にいた老人が、手を止める。

「……俺は」

洗濯物を持った女性が涙を流す。

「そうだ……」

子供が母親を見る。

「昨日も、ここで……」

失われた記憶が。

少しずつ。

戻っていく。

全部ではない。

今日戻ったのは。

ほんの一部。

でも。

明日。

また少し。

明後日。

また少し。

これなら。

心を壊さずに帰ってこられる。

エレナさんの前にも。

小さな光が降りた。

その瞬間。

彼女の目に。

何かが映った。

私は見えない。

でも。

エレナさんは。

笑った。

涙を流しながら。

「……そうだった」

「?」

「あの子」

胸に両手を当てる。

「最後に笑ってたんだ」

忘れていた。

娘の死だけじゃない。

最後に。

母親を安心させようと。

リーナが笑っていたことも。

「忘れたくなかった……」

エレナさんが泣く。

「本当は……忘れたくなかったよ……」

老人が。

そっと彼女を抱いた。

私は二人から目を逸らした。

オラクルも。

珍しく何も言わなかった。

しばらくして。

「……フール」

「何?」

「俺にも戻ってきた記憶がある」

「何?」

「二回目に工房へ来た時、銀貨盗ろうとしたの俺だった」

「それもう知ってる!」

「しかも二枚だった」

「増えた!」

「返したぞ!」

「そこじゃない!」

いつものオラクル。

やっぱり。

これくらいがちょうどいい。

翌朝。

メビウス村の入口。

昨日まで無表情だった村人たちが、少しずつ会話をしていた。

笑う人。

泣く人。

喧嘩している人までいる。

「なんか……生きてるって感じするね」

「ああ」

オラクルが答える。

出発前。

工房の老人が、小さな瓶を私へ差し出した。

「これは?」

中には。

透き通った青い顔料。

海そのものを閉じ込めたみたいに輝いている。

「呪われた絵に使われていた絵の具の原料だ」

「え?」

「メビウスで作ったものではない」

瓶を裏返す。

底には、小さな紋章。

人魚の尾。

「昔、海の向こうから運ばれてきた」

「どこから?」

老人が答えた。

「海底都市――リーリエ」

その名前を聞いた瞬間。

聖なるマップが光った。

世界地図の海。

今まで何も表示されていなかった場所に。

青い光が生まれる。

【NEW AREA】

【海底都市 リーリエ】

「海底……」

私は地図を見る。

「海の底に街があるの!?」

オラクルが頭を抱えた。

「今度は海かよ……」

「泳げる?」

「猫に聞くな」

「泳げないの?」

「泳げる!」

「じゃあいいじゃん」

「好きかどうかは別だ!」

その時。

聖なるマップへ。

もう一つ。

新しい文字が浮かび上がった。

【特殊情報】

【人魚の旋律】

「……人魚?」

青い光が。

海の底で。

鼓動するように輝いていた。

次の目的地は――。

海底都市リーリエ。

そしてそこで。

私たちはまだ知らない。

小さくて。

少し生意気で。

でも誰より寂しがり屋な――。

一人の精霊へ続く物語が始まることを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回はメビウス村編の決着でした。

「忘れること」と「覚えていること」。

辛い記憶だけ消せれば楽なのかもしれません。

でも、大切な人との楽しかった思い出まで消えてしまったら――というところをフールなりに考える回になりました。

そして次の目的地は、ついに海底都市リーリエ。

さらに《人魚の旋律》という新しい言葉も登場しました。

次からは景色も大きく変わり、海の冒険へ入っていきます。

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