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『フールの大冒険 ~本の世界に消えた両親を探していたら、聖なるマップに選ばれました~』  作者: ☆☆アダム☆☆


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19/92

第19話 メビウス村

アルセウスを出て、半日ほど歩いた頃。

賑やかだった街道は次第に細くなり、左右には背の高い木々が増えていった。絡み合う枝葉が空を覆っているせいで、まだ昼間だというのに森の中は薄暗い。

私は歩きながら《聖なるマップ》を開いた。

【目的地:メビウス村】

地図に浮かんだ一本の細い道が、森のさらに奥へと続いている。

「もうすぐみたい」

「そうだな」

隣を歩くオラクルはそう答えたものの、アルセウスを出てから妙に周囲を警戒していた。黒い猫耳も時々ぴくりと動き、風で枝が揺れるたびに視線を向けている。

「そんなに危ない村なの?」

「危ないっていうより……気味が悪ぃんだよ」

「何が?」

オラクルは少し考えてから、前を向いたまま口を開いた。

「昔、アルセウスに来た旅人から聞いたことがある。そいつはメビウス村に入ったあと、三日経ってから戻ってきた」

「三日? それだけなら普通じゃない?」

「本人はな、『一時間しか村にいなかった』って言ったんだ」

思わず足が止まった。

「……え?」

「別の奴は一晩泊まっただけのつもりが、村の外じゃ十日経ってたらしい。それだけじゃねぇ。村を出ようと歩き続けたのに、気づいたらまた入口に立ってたって話もある」

「時間も、道もおかしいってこと?」

「噂が本当ならな」

私は嫌な予感を覚えながら、《聖なるマップ》へ視線を戻した。

すると、まるで今の会話を聞いていたかのように、新しい文字が浮かび上がる。

【警告】

【同じ場所を二度通った場合――】

【自分の記憶を疑ってください】

「……帰ろうかな」

「さっきまで行く気満々だっただろ」

「怖いものは怖いの! こんな警告見せられたら普通は怖くなるよ!」

「呪いの絵の中まで入った奴が、今さら何言ってんだ」

「そういうのって慣れるものだと思う!?」

言い合いながら歩いていると、やがて森の先が明るくなってきた。

木々の隙間から、小さな村が見えてくる。

「……あれ?」

石造りの家々に、よく手入れされた畑。村の中央には小さな井戸があり、その向こうでは古びた風車がゆっくり回っていた。

想像していたような不気味な場所ではない。

入口には、木製の看板まで立っている。

【ようこそ メビウス村へ】

「普通じゃん」

私が言うと、オラクルも村を眺めながら頷いた。

「そう見えるな」

「アルセウスより百倍まとも」

「比較対象が悪すぎんだろ」

少し安心しながら、私たちは村の中へ足を踏み入れた。

けれど。

数歩進んだところで、すぐに違和感を覚えた。

◇ ◇ ◇

静かすぎる。

人がいないわけではない。

畑では老人が鍬を振るい、家の前では女性が洗濯物を干している。子供たちも道を走り回っていた。

なのに、誰一人として喋っていない。

笑い声も。

呼びかける声も。

世間話さえ聞こえない。

「……なんか変だね」

私が声を出すと、それだけで妙に大きく響いた。

近くにいた村人たちが一度だけこちらを見る。しかし、すぐに何事もなかったように作業へ戻ってしまった。

「旅人に慣れてないのかな?」

「さぁな。ただ、歓迎されてる感じはしねぇ」

オラクルが小声で答える。

「とりあえず情報を集めるぞ。ナナから預かった荷札の出所が、この村なら何か知ってる奴がいるはずだ」

「うん」

私たちは村の中央にある井戸へ向かった。

そこに、小柄な老婆が一人立っている。

白髪を一本の長い三つ編みにまとめ、頭には深い紫色の頭巾。しわの刻まれた顔とは対照的に、瞳だけは妙に黒く澄んでいた。

「すみません」

声をかけると、老婆はゆっくりこちらへ顔を向けた。

「……旅人かい」

「はい。ちょっと聞きたいことがあって」

「なら、早く聞きな」

思ったより普通に返事をしてくれたので、少しだけ肩の力が抜けた。

私は鞄から、ナナさんに渡された古い荷札を取り出す。

「この村で、魔法の絵の具が作られてるって聞いたんです。この荷札にも《メビウス彩色工房》って書いてあって……」

その瞬間。

老婆の表情が変わった。

本当に一瞬だった。

けれど、確かに見えた。

「知らないね」

私は何も言わず、懐へ手を入れる。

☆3《真実のカード》が、淡い光を放っていた。

【FALSE】

「……」

私と老婆の視線が、同時にカードへ落ちる。

老婆が深いため息をついた。

「面倒なものを持ってるねぇ」

「やっぱり、知ってるんですね?」

「何をだい?」

再び。

【FALSE】

私は困ってカードを見る。

老婆も額を押さえた。

「……本当に嫌なカードだね、それは」

「すみません。でも、人が消えてるんです」

「……」

「この村から運ばれた魔法の絵の具が使われた絵に関わって、何人も姿を消したって聞きました。原因を調べたいんです」

老婆の黒い瞳が細くなる。

しばらく私を見つめたあと、諦めたように口を開いた。

「村の北に、古い工房がある」

「工房?」

「もう誰も使っちゃいないよ」

私の手の中で、《真実のカード》がまた光った。

【FALSE】

「……使われてるんですね」

老婆は、ものすごく嫌そうに私を見る。

「謝るくらいなら、そのカードをしまいな」

「ご、ごめんなさい」

言われた通り、私はカードを鞄へ戻した。

それでも、もう十分だった。

工房は今も使われている。

「北ですね?」

「行くなら勝手にしな」

老婆は私たちから視線を外し、井戸の方へ向き直った。

私は礼を言って離れようとした。

すると、背後から声が飛んでくる。

「ただし」

振り返る。

老婆は、こちらを見ていなかった。

「鐘が三回鳴ったら、どこにいても止まりな」

「止まる?」

「一歩も動いちゃいけない」

オラクルが眉をひそめる。

「何でだ?」

老婆は答えない。

代わりに、低い声で続けた。

「四回目が鳴るまでだよ」

◇ ◇ ◇

「絶対何かあるよね」

村の北へ向かいながら、私は言った。

「そりゃあるだろ」

「オラクル、もっと驚いてよ」

「俺はアルセウス育ちだぞ。怪しい婆さんに意味深なこと言われたくらいじゃ驚かねぇよ」

「それ、自慢になってないからね」

道の両側には、小さな石造りの家が並んでいた。

赤い屋根。

丸い窓。

玄関脇に置かれた植木鉢。

どれもよく似ている。

しばらく歩いたところで、私は一軒の家を見て足を緩めた。

「……ねえ」

「何だ?」

「さっき、この家通らなかった?」

「どれだ?」

「あれ」

玄関の横には青い花の鉢。

窓の下には、小さなひびが一本入っている。

オラクルは少し家を眺めた。

「似たような家が多いからな。別の家じゃねぇか?」

「そうかな……」

私は《聖なるマップ》を開いた。

現在地を示す光は、きちんと北へ進んでいる。

「地図は進んでる。じゃあ大丈夫かな」

私たちは再び歩き始めた。

そして十数分後。

私は立ち止まった。

道の脇に。

青い花の鉢。

窓の下には。

同じ場所に、同じ形のひび。

今度はオラクルも黙った。

「……さっきの家だよね?」

「ああ」

「でも、ずっと真っ直ぐ歩いてきたよ?」

「俺も一度も曲がった覚えはねぇ」

慌てて《聖なるマップ》を開く。

現在地を示す光は――。

さっきと同じ位置に戻っていた。

「地図まで……」

その瞬間。

村中に、大きな鐘の音が響いた。

カァン――。

私は顔を上げる。

老婆の言葉が頭をよぎった。

鐘が三回鳴ったら。

どこにいても止まれ。

カァン――。

二回目。

私とオラクルが顔を見合わせる。

カァン――。

三回目。

「止まれ!」

ほとんど同時に声を上げ、私たちはその場で足を止めた。

◇ ◇ ◇

静寂が訪れた。

村人たちも。

全員、止まっている。

畑で鍬を振り上げていた老人は、その姿勢のまま動かない。洗濯物を抱えた女性も、走っていた子供も、まるで彫像のように固まっていた。

風まで消えたように感じる。

「……何、これ」

私は口だけを動かして、小さく呟いた。

オラクルも身体を動かさず答える。

「分からん。とにかく婆さんの言う通りにしろ」

その時だった。

家と家の隙間を、何かが横切った。

白い影。

人間と同じくらいの大きさ。

でも。

歩いてはいない。

地面の上を、音もなく滑るように移動している。

一体だけではなかった。

二体。

三体。

いつの間にか村中の路地を、白い人影が行き交っている。

顔もない。

服もない。

ただ人の形だけをした、真っ白な何か。

そのうちの一体が。

こちらへ向きを変えた。

心臓が跳ねる。

影は音もなく近づいてくる。

私たちは動けない。

逃げた方がいいのかもしれない。

でも、老婆は言った。

三回目から四回目までは、一歩も動くな。

白い影が、私の目の前で止まった。

近い。

顔のない頭が、ゆっくり横へ傾く。

まるで。

私を観察しているみたいに。

「オラクル……」

「動くな」

白い腕が持ち上がった。

細い指先が、私の頬へ伸びてくる。

あと少し。

触れる。

そう思った瞬間。

カァン――。

四回目の鐘が鳴った。

白い影が、跡形もなく消えた。

◇ ◇ ◇

次の瞬間。

世界が動き出した。

止まっていた洗濯物が風に揺れ、子供たちが何事もなかったように走り始める。鳥の声まで一斉に戻ってきた。

本当に。

何も起きなかったみたいに。

「……今の、見た?」

「見た」

オラクルの尻尾が、普段の倍くらいに膨らんでいた。

私は思わず指差す。

「怖かったんでしょ」

「これは警戒だ」

「尻尾は正直だね」

「見るな!」

少しだけ笑った。

あまりにも怖かったから、笑えるだけで少し楽になった。

けれど。

すぐに、その笑いは消えた。

《聖なるマップ》の表示が変わっている。

【現在地:メビウス村】

その下。

【経過時間:3時間】

「……え?」

オラクルがこちらを見る。

「どうした?」

「鐘が鳴ってから……一分くらいしか経ってないよね?」

「ああ。長くてもそのくらいだ」

私は地図を見せた。

オラクルの表情から、完全に笑みが消える。

「三時間……?」

空を見上げた。

村へ入った時には高い位置にあった太陽が、いつの間にか西へ傾き始めていた。

「本当に、時間が飛んでる……」

メビウス村。

噂じゃなかった。

この場所では。

本当に何かがおかしい。

◇ ◇ ◇

それでも、工房へ行かないわけにはいかない。

今度は同じ道へ戻っても分かるよう、印を残しながら進むことにした。

オラクルが短剣を取り出し、道沿いの木へ一本ずつ傷をつけていく。

「これなら、同じ場所に戻ればすぐ分かる」

「頭いい」

「もっと褒めろ」

「盗賊じゃなかったらね」

「そこ関係ねぇだろ!」

一本。

二本。

三本。

何度も後ろを確認しながら、村の北端へ近づいていく。

そしてようやく。

木々の向こうに、一軒の古びた建物が見えてきた。

屋根は一部が崩れ、石壁には蔦が絡みついている。長い間放置されているように見えるのに、完全な廃墟という感じもしない。

扉の上には、色褪せた看板。

【メビウス彩色工房】

「ここだ」

オラクルが呟いた。

私は扉へ近づこうとして。

ふと。

振り返った。

さっきまで来た道。

木の幹。

「……オラクル」

返事はなかった。

でも。

オラクルも同じものを見ていた。

一本ずつ。

確かに付けてきたはずの傷が。

全部。

消えている。

「誰かが消したのかな……?」

「それだけじゃねぇ」

オラクルが地面を指差した。

私たちの足跡まで。

どこにもなかった。

まるで。

ここまで歩いてきたこと自体が――最初から存在しなかったみたいに。

「この村……何なの?」

その問いに、オラクルが答えることはなかった。

代わりに。

工房の中から。

老人の声が聞こえた。

「また来たのか」

私は身体を固くした。

「……また?」

ギィィ……。

古びた扉が、内側からゆっくり開いていく。

そこに立っていたのは、背の高い老人だった。

痩せた身体に、腰まで届く白い髭。右目には丸い片眼鏡をかけ、灰色の作業着には赤や青、黄色の絵の具が何層にもこびりついている。

老人は私の顔を見た。

そして。

まるで今日何度も交わした挨拶でもするように、平然と言った。

「今日はこれで――三回目だな、お嬢ちゃん」

指が三本立てられる。

私は言葉を失った。

「……え?」

この人に会った記憶なんてない。

一度も。

「初めまして……ですよね?」

老人は静かに笑った。

「それも」

少し間を置いて。

「三回目に聞いたよ」

その瞬間。

《聖なるマップ》が激しく光った。

【WARNING】

【記憶欠損を検知】

「……記憶?」

頭へ手を当てる。

私。

忘れてる?

この工房へ。

もう二回来ている?

老人の向こう。

工房の壁に、一枚の紙が貼られていた。

そこに書かれている字を見た瞬間。

背筋が冷たくなった。

見覚えがある。

私の字だった。

【次の私へ】

【オラクルを信用して】

【鐘が鳴っても――】

その先だけが。

真っ赤な絵の具で、完全に塗り潰されていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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