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『フールの大冒険 ~本の世界に消えた両親を探していたら、聖なるマップに選ばれました~』  作者: ☆☆アダム☆☆


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18/92

第18話 盗人の街アルセウス

第18話 盗人の街アルセウス

アデューを出てから半日ほど歩いた頃、遠くに巨大な城壁が見えてきた。

城壁そのものは立派なのに、その向こうから突き出している建物は高さも形もばらばらだった。屋根の上に別の家を継ぎ足したような建物まであり、遠目からでもアデューとはまるで雰囲気が違う。

オラクルは街が見えた途端、露骨に嫌そうな顔をした。

「……着いたぞ。盗人の街、アルセウスだ」

「ここがオラクルの故郷なんだ」

「でかい声で言うな」

「何で?」

「帰ってきたって知られたくねぇんだよ」

そう言って、オラクルは帽子を少し深く被った。

怪しい。

ものすごく怪しい。

「昔、何したの?」

「何もしてねぇ」

「今、目逸らしたよ」

「故郷ってのはな、色々あんだよ」

それ以上聞いても答えてくれそうにないので、私は一度諦めた。

代わりに鞄の中を確認する。

聖なるマップ。

王子から託された☆3《真実のカード》。

黄色い子が最後に残してくれた金貨袋。

そして私たちが追っているのは、アデュー王宮から盗まれた《王家の秘密の場所に入るカード》。

黒い鳥の入れ墨を持つ運び屋を追った結果、そのカードがアルセウスへ流れた可能性が高いところまで分かっている。

「確認したか?」

オラクルが聞いてくる。

「うん」

「財布は?」

「ある」

「金貨袋」

「鞄の一番奥」

「聖なるマップ」

「そのさらに奥」

「真実のカード」

「ちゃんと入ってる」

オラクルは満足そうに頷いた。

「よし。じゃあ最後に一つ。この街じゃ、知らねぇ奴を簡単に信用すんな」

「オラクルも?」

「俺は信用しろ」

「泥棒なのに?」

「俺だけ例外だ」

ものすごく信用しづらい理屈だった。

◇ ◇ ◇

城門をくぐった。

そして三秒後。

「どけどけどけぇぇぇ!」

「えっ!?」

一人の男が、ものすごい勢いで私たちの横を走り抜けていった。

その後ろから別の男が包丁を振り回しながら追いかけてくる。

「待ちやがれ! 俺の財布返せぇぇぇ!」

「いきなり泥棒!?」

走り去る二人を見送っていると、今度は反対側の露店から呼び止められた。

「そこのお嬢ちゃん! 王家の秘宝が、なんと今日だけ5金B!」

「王家の秘宝!?」

思わず振り向こうとした私の顔を、オラクルが両手で前へ戻した。

「見るな」

「でも王家の秘宝だって!」

「あの木箱見てみろ。『王家』って今書いたばっかりだ」

よく見ると、箱の文字から黒い塗料が垂れている。

「偽物じゃん!」

店主が胸を張った。

「騙される方にも見る目が必要なんだよ!」

「堂々と言わないでよ!」

さらにその隣からも声が飛んでくる。

「伝説の勇者が使った剣! 本日限定!」

すると向かいの店から、

「お前、昨日も本日限定って言ってただろ!」

「今日は今日の本日限定だ!」

と怒鳴り返された。

意味が分からない。

別の店には、

【身分証偽装】

【顔・名前変更】

【経歴作成】

【完璧なアリバイ――特急料金あり】

と書かれている。

「最後の店、絶対駄目なやつだよね?」

「だから見るなって」

盗賊、スリ、詐欺師、闇商人、偽装屋。

普通なら裏路地へ隠れていそうな人たちが、ここでは堂々と看板を出して商売している。

「……本当に盗人の街なんだ」

「だから言っただろ」

呆れている私とは反対に、オラクルは周囲を懐かしそうに見回していた。

帰ってきたくないと言っていたくせに、ほんの少しだけ嬉しそうにも見える。

◇ ◇ ◇

通りの中央まで来たところで、一人の男が道端に座り込んでいた。

ぼさぼさの髪に、半分閉じた目。片手には酒瓶、もう片方には細い木の棒を持っている。

私たちが前を通り過ぎようとした瞬間、男が勢いよく立ち上がった。

「そこの嬢ちゃん!」

「私?」

「そうだ!」

男は私を真っ直ぐ指差す。

「運命を感じる!」

「えっ?」

「俺の人生――お前に託す!」

「会ったばっかりなのに!?」

投げ渡された棒を、私は反射的に受け取った。

どう見ても。

「……割り箸?」

「神聖なる二択棒だ!」

「割り箸だよね?」

「俺の人生を馬鹿にするな!」

片側を見る。

【寝る】

裏返す。

【酒を呑む】

私はしばらく黙ってから、男を見る。

「人生の選択肢、これしかないの?」

「人間、最後は二つに一つだ!」

「絶対もっとあると思う」

隣では、オラクルが額を押さえていた。

「こいつ……まだいやがったのか」

「知り合い?」

「俺がガキの頃からずっとこれやってる」

「ずっと!?」

一体、何年間人生を迷っているんだろう。

「さあ、投げろ! 俺の運命を決めてくれ!」

仕方なく二択棒を放る。

くるくる回転し、地面へ落ちた。

【酒を呑む】

男が両腕を天へ掲げた。

「神はまだ俺に呑めと言っている!」

「選択肢を書いたの自分でしょ!」

私の言葉を聞くこともなく、男は嬉しそうに酒場へ走っていった。

「……すごい街だね」

「褒めてねぇよな?」

「半分くらい」

「半分も褒めるな」

変な人ばっかり。

でも。

ちょっと面白い。

◇ ◇ ◇

そのまま人混みの中を歩いていると、誰かと肩がぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

男は何も言わず、そのまま雑踏へ消えていく。

するとオラクルがすぐ私を見た。

「財布」

「え?」

「確認しろ」

慌てて腰へ手を伸ばす。

「……ない!」

「やっぱりな」

「さっきの人!?」

振り返った時には、もう誰が誰なのか分からない。

困っている私へ、オラクルが何かを放った。

「ほら」

受け取る。

私の財布だった。

「いつ取り返したの!?」

「お前が『ごめんなさい』って謝ってる間」

少し離れたところでは、さっきの男が自分のポケットを必死に探している。

「財布がねぇ!?」

「盗み返したんだ……」

「この街じゃ挨拶みたいなもんだ」

「嫌すぎる挨拶だよ!」

普段は適当なのに、この街へ入ってからのオラクルは別人みたいだった。

誰がこちらを狙っているのか。

どの店が危ないのか。

人混みのどこに逃げ道があるのか。

全部、最初から分かっているように動いている。

やっぱり。

ここが、オラクルの生まれ育った街なんだ。

◇ ◇ ◇

ところが。

今度はオラクル自身が捕まった。

もちろん兵士に、ではない。

遠くにいた老婆が、オラクルをじっと見ている。

一度通り過ぎたあと、もう一度振り返った。

「あんた……」

オラクルの耳がぴくりと動く。

「何だ」

「もしかして……オラクルかい?」

「人違いだ」

即答。

でも遅かった。

老婆の目が大きく開く。

「オラクルだぁぁぁぁ!!」

「ばあさん!」

とんでもなくよく通る声だった。

通り中の人が、一斉にこちらを向いた。

「オラクル!?」

「あの馬鹿猫が帰ってきたぞ!」

「まだ生きてやがったのか!」

「貸した金返せ!」

「俺の酒代もだ!」

「昔盗ったパン代、まだ返してねぇぞ!」

私はオラクルを見る。

「……何したの?」

「若気の至りだ!」

「多すぎない!?」

人がどんどん集まってくる。

けれど、不思議だった。

怒っている人ばかりじゃない。

「随分久しぶりじゃねぇか!」

「今までどこ行ってやがった!」

「元気そうじゃねぇか、この馬鹿猫!」

笑っている人。

手を振る人。

本気でオラクルが戻ってきたことを喜んでいる人までいた。

「その嬢ちゃんは誰だ!?」

「娘か!?」

「違ぇぇぇ!」

オラクルの叫びに、周囲から大笑いが起こった。

私も少しだけ笑う。

なんだ。

オラクル。

ちゃんと帰る場所があるんじゃん。

「フール!」

「何?」

「走れ!」

「え?」

後ろを見る。

一番前にいた大男が、棍棒を振り上げていた。

「感動の再会は後だ! まず借金返せぇぇぇ!」

「やっぱり逃げるやつじゃん!」

私たちは全速力で走り出した。

◇ ◇ ◇

右へ曲がり、狭い階段を駆け上がり、屋根の下をくぐって、また別の路地へ飛び込む。

オラクルはさすがに故郷だけあって、一度も迷わなかった。

「こっち!」

「待ってよ!」

「遅ぇぞ!」

「誰の借金のせいで走ってると思ってるの!?」

「昔の俺だ!」

「今のオラクルと同じでしょ!」

「細けぇこと言うな!」

「全然細かくないよ!」

何度も道を曲がったところで、ようやく追っ手の声が遠ざかった。

私は壁へ手をつき、大きく息を吐く。

「はぁ……はぁ……。アルセウスに着いて、まだ一時間くらいしか経ってないよ……」

「慣れりゃ楽しい街だ」

「慣れたくない」

オラクルは聞かなかったことにした。

それでも。

さっきまで故郷へ帰るのを嫌がっていた猫が、今は少し笑っている。

「……嬉しいんじゃん」

「何が?」

「帰ってきて」

オラクルの笑顔が一瞬だけ止まった。

すぐ煙草を取り出し、いつもの顔へ戻る。

「馬鹿言え」

「じゃあ何で笑ってたの?」

「見間違いだ」

分かりやすい。

でも、これ以上は言わないでおいた。

◇ ◇ ◇

「さて」

オラクルが煙を吐きながら、さっきまでとは違う細い裏路地へ入った。

「遊びは終わりだ。王子との約束を片づけるぞ」

「《王家の秘密の場所に入るカード》だね」

「ああ。黒鳥の運び屋がアルセウスへ流したんなら、売買記録を知ってる奴がいる」

「誰?」

オラクルは少し嫌そうな顔をした。

「情報屋のナナだ」

「知り合い?」

「この街じゃ、知り合いじゃない奴を探す方が難しい」

それはちょっと格好いいかも。

「じゃあ案内して!」

「ただし、余計な物には触るなよ」

「分かった」

「知らねぇ薬を飲むな」

「分かった」

「『無料』って書いてある物ほど疑え」

「分かったって!」

「あと――」

「オラクル、おばあちゃんみたい」

「誰がおばあちゃんだ!」

◇ ◇ ◇

情報屋ナナの店は、表通りから三本も路地を入った先にあった。

看板すらない。

オラクルが三回、二回、一回の順で扉を叩くと、小さな覗き窓が開いた。

「合言葉」

低い女性の声。

オラクルが答える。

「昨日の秘密は今日の商品」

少し間があって、扉が開いた。

「……本当に帰ってきたんだねぇ、馬鹿猫」

中にいたのは、赤茶色の髪を後ろで束ねた女性だった。年齢はよく分からないけれど、オラクルを見る顔はずいぶん昔から知っている人のものだった。

「ナナ。久しぶりだな」

「挨拶より先に借金返しな」

「お前もかよ!」

この街、本当に大丈夫なのかな。

◇ ◇ ◇

事情を聞いたナナさんは、笑わなかった。

「黒鳥の運び屋なら昨日来たよ」

「本当!?」

私が身を乗り出すと、ナナさんは机の下から一枚のカードを取り出した。

黒と金。

中央には王家の紋章。

見覚えがある。

王子から見せてもらった絵と同じだった。

【《王家の秘密の場所に入るカード》】

「これ……!」

「運び屋が、買い手が来るまで預かれって置いていった。王家の紋章が入った品なんざ、普通の闇商人は怖くて触れないよ」

「じゃあ、返してもらえますか?」

ナナさんは私を見る。

「王宮へ?」

「はい」

少しの沈黙。

やがて彼女はカードをこちらへ滑らせた。

「持っていきな」

「いいんですか?」

「盗品だと分かった物を売ったら、この店まで王国に潰される。そんな割に合わない商売はしないよ」

私は《真実のカード》へ目を落とした。

淡い光。

【TRUE】

「……ありがとうございます!」

ようやく。

王子との約束を果たせる。

◇ ◇ ◇

でも。

ナナさんの話には続きがあった。

「その代わりと言っちゃ何だけど、あんたたち、少し気になることを調べてくれないかい?」

「情報料か?」

オラクルが聞く。

「そんなところだね」

ナナさんは奥の棚から、厳重に布で包まれた一枚の絵を運んできた。

布の隙間から見えた色に、私は思わず息を止める。

赤。

青。

黄色。

どれも異様なくらい鮮やかだった。

なのに。

見ているだけで、胸の奥がざわつく。

「最近、アルセウスじゃ妙な絵が出回ってる」

ナナさんの声が低くなる。

「同じ顔料を使った絵に関わった奴が、何人も消えた」

「……消えた?」

「ああ。ある奴は絵を買った翌朝、家からいなくなった。別の奴は、家族の目の前で身体から色が抜けるみたいに薄くなって、そのまま姿を消した」

私は布に包まれた絵を見る。

「魔法の絵……?」

「おそらくね」

ナナさんは、小さな木札を私へ渡した。

荷物に付けるための古い荷札だった。

そこには、

【メビウス彩色工房】

という文字。

「この顔料が運ばれてきた場所だよ」

オラクルの耳が立つ。

「メビウス村……」

「知ってるの?」

「名前だけな。時間と道がおかしくなるって噂の村だ」

「待って。今また怖いこと言った?」

「だから俺も行きたくねぇ」

ナナさんが肩をすくめる。

「どうするかは好きにしな。ただ、このまま放っておけば消える奴は増えるだろうね」

私は荷札を握った。

迷う時間は、あまり必要なかった。

「行く」

オラクルがため息をつく。

「だと思ったよ」

「だって、原因が分かるかもしれないんでしょ?」

「ああ」

「だったら調べたい」

ナナさんは、ほんの少しだけ笑った。

「変わった子だね」

「よく言われます」

◇ ◇ ◇

その日のうちに、私たちは盗まれていたカードをアデュー王子へ返した。

長く追っていた王宮の事件は、これでひとまず決着。

そして再びアルセウスへ戻った翌朝。

鞄の中には、ナナさんから預かった荷札。

そして厳重に布で包まれた、色を奪うという不気味な絵。

聖なるマップには、新しい目的地が表示されていた。

【目的地:メビウス村】

「オラクル」

「何だ」

「今度は財布、盗られないようにするからね」

「そこから反省すんのかよ」

「大事でしょ!」

城門を出る前、私は一度だけ振り返った。

盗人の街アルセウス。

騒がしくて。

怪しくて。

油断すると財布まで消える。

でも。

オラクルが少しだけ嬉しそうに笑った理由は、何となく分かった気がした。

「また来ようね」

「しばらくはいい」

そう言いながら。

オラクルは振り返っていた。

次の目的地は――メビウス村。

そこで待っているのが。

ただの魔法の絵の具ではないことを。

この時の私は、まだ知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


続きもぜひ読んでください!

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