第18話 盗人の街アルセウス
第18話 盗人の街アルセウス
アデューを出てから半日ほど歩いた頃、遠くに巨大な城壁が見えてきた。
城壁そのものは立派なのに、その向こうから突き出している建物は高さも形もばらばらだった。屋根の上に別の家を継ぎ足したような建物まであり、遠目からでもアデューとはまるで雰囲気が違う。
オラクルは街が見えた途端、露骨に嫌そうな顔をした。
「……着いたぞ。盗人の街、アルセウスだ」
「ここがオラクルの故郷なんだ」
「でかい声で言うな」
「何で?」
「帰ってきたって知られたくねぇんだよ」
そう言って、オラクルは帽子を少し深く被った。
怪しい。
ものすごく怪しい。
「昔、何したの?」
「何もしてねぇ」
「今、目逸らしたよ」
「故郷ってのはな、色々あんだよ」
それ以上聞いても答えてくれそうにないので、私は一度諦めた。
代わりに鞄の中を確認する。
聖なるマップ。
王子から託された☆3《真実のカード》。
黄色い子が最後に残してくれた金貨袋。
そして私たちが追っているのは、アデュー王宮から盗まれた《王家の秘密の場所に入るカード》。
黒い鳥の入れ墨を持つ運び屋を追った結果、そのカードがアルセウスへ流れた可能性が高いところまで分かっている。
「確認したか?」
オラクルが聞いてくる。
「うん」
「財布は?」
「ある」
「金貨袋」
「鞄の一番奥」
「聖なるマップ」
「そのさらに奥」
「真実のカード」
「ちゃんと入ってる」
オラクルは満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ最後に一つ。この街じゃ、知らねぇ奴を簡単に信用すんな」
「オラクルも?」
「俺は信用しろ」
「泥棒なのに?」
「俺だけ例外だ」
ものすごく信用しづらい理屈だった。
◇ ◇ ◇
城門をくぐった。
そして三秒後。
「どけどけどけぇぇぇ!」
「えっ!?」
一人の男が、ものすごい勢いで私たちの横を走り抜けていった。
その後ろから別の男が包丁を振り回しながら追いかけてくる。
「待ちやがれ! 俺の財布返せぇぇぇ!」
「いきなり泥棒!?」
走り去る二人を見送っていると、今度は反対側の露店から呼び止められた。
「そこのお嬢ちゃん! 王家の秘宝が、なんと今日だけ5金B!」
「王家の秘宝!?」
思わず振り向こうとした私の顔を、オラクルが両手で前へ戻した。
「見るな」
「でも王家の秘宝だって!」
「あの木箱見てみろ。『王家』って今書いたばっかりだ」
よく見ると、箱の文字から黒い塗料が垂れている。
「偽物じゃん!」
店主が胸を張った。
「騙される方にも見る目が必要なんだよ!」
「堂々と言わないでよ!」
さらにその隣からも声が飛んでくる。
「伝説の勇者が使った剣! 本日限定!」
すると向かいの店から、
「お前、昨日も本日限定って言ってただろ!」
「今日は今日の本日限定だ!」
と怒鳴り返された。
意味が分からない。
別の店には、
【身分証偽装】
【顔・名前変更】
【経歴作成】
【完璧なアリバイ――特急料金あり】
と書かれている。
「最後の店、絶対駄目なやつだよね?」
「だから見るなって」
盗賊、スリ、詐欺師、闇商人、偽装屋。
普通なら裏路地へ隠れていそうな人たちが、ここでは堂々と看板を出して商売している。
「……本当に盗人の街なんだ」
「だから言っただろ」
呆れている私とは反対に、オラクルは周囲を懐かしそうに見回していた。
帰ってきたくないと言っていたくせに、ほんの少しだけ嬉しそうにも見える。
◇ ◇ ◇
通りの中央まで来たところで、一人の男が道端に座り込んでいた。
ぼさぼさの髪に、半分閉じた目。片手には酒瓶、もう片方には細い木の棒を持っている。
私たちが前を通り過ぎようとした瞬間、男が勢いよく立ち上がった。
「そこの嬢ちゃん!」
「私?」
「そうだ!」
男は私を真っ直ぐ指差す。
「運命を感じる!」
「えっ?」
「俺の人生――お前に託す!」
「会ったばっかりなのに!?」
投げ渡された棒を、私は反射的に受け取った。
どう見ても。
「……割り箸?」
「神聖なる二択棒だ!」
「割り箸だよね?」
「俺の人生を馬鹿にするな!」
片側を見る。
【寝る】
裏返す。
【酒を呑む】
私はしばらく黙ってから、男を見る。
「人生の選択肢、これしかないの?」
「人間、最後は二つに一つだ!」
「絶対もっとあると思う」
隣では、オラクルが額を押さえていた。
「こいつ……まだいやがったのか」
「知り合い?」
「俺がガキの頃からずっとこれやってる」
「ずっと!?」
一体、何年間人生を迷っているんだろう。
「さあ、投げろ! 俺の運命を決めてくれ!」
仕方なく二択棒を放る。
くるくる回転し、地面へ落ちた。
【酒を呑む】
男が両腕を天へ掲げた。
「神はまだ俺に呑めと言っている!」
「選択肢を書いたの自分でしょ!」
私の言葉を聞くこともなく、男は嬉しそうに酒場へ走っていった。
「……すごい街だね」
「褒めてねぇよな?」
「半分くらい」
「半分も褒めるな」
変な人ばっかり。
でも。
ちょっと面白い。
◇ ◇ ◇
そのまま人混みの中を歩いていると、誰かと肩がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
男は何も言わず、そのまま雑踏へ消えていく。
するとオラクルがすぐ私を見た。
「財布」
「え?」
「確認しろ」
慌てて腰へ手を伸ばす。
「……ない!」
「やっぱりな」
「さっきの人!?」
振り返った時には、もう誰が誰なのか分からない。
困っている私へ、オラクルが何かを放った。
「ほら」
受け取る。
私の財布だった。
「いつ取り返したの!?」
「お前が『ごめんなさい』って謝ってる間」
少し離れたところでは、さっきの男が自分のポケットを必死に探している。
「財布がねぇ!?」
「盗み返したんだ……」
「この街じゃ挨拶みたいなもんだ」
「嫌すぎる挨拶だよ!」
普段は適当なのに、この街へ入ってからのオラクルは別人みたいだった。
誰がこちらを狙っているのか。
どの店が危ないのか。
人混みのどこに逃げ道があるのか。
全部、最初から分かっているように動いている。
やっぱり。
ここが、オラクルの生まれ育った街なんだ。
◇ ◇ ◇
ところが。
今度はオラクル自身が捕まった。
もちろん兵士に、ではない。
遠くにいた老婆が、オラクルをじっと見ている。
一度通り過ぎたあと、もう一度振り返った。
「あんた……」
オラクルの耳がぴくりと動く。
「何だ」
「もしかして……オラクルかい?」
「人違いだ」
即答。
でも遅かった。
老婆の目が大きく開く。
「オラクルだぁぁぁぁ!!」
「ばあさん!」
とんでもなくよく通る声だった。
通り中の人が、一斉にこちらを向いた。
「オラクル!?」
「あの馬鹿猫が帰ってきたぞ!」
「まだ生きてやがったのか!」
「貸した金返せ!」
「俺の酒代もだ!」
「昔盗ったパン代、まだ返してねぇぞ!」
私はオラクルを見る。
「……何したの?」
「若気の至りだ!」
「多すぎない!?」
人がどんどん集まってくる。
けれど、不思議だった。
怒っている人ばかりじゃない。
「随分久しぶりじゃねぇか!」
「今までどこ行ってやがった!」
「元気そうじゃねぇか、この馬鹿猫!」
笑っている人。
手を振る人。
本気でオラクルが戻ってきたことを喜んでいる人までいた。
「その嬢ちゃんは誰だ!?」
「娘か!?」
「違ぇぇぇ!」
オラクルの叫びに、周囲から大笑いが起こった。
私も少しだけ笑う。
なんだ。
オラクル。
ちゃんと帰る場所があるんじゃん。
「フール!」
「何?」
「走れ!」
「え?」
後ろを見る。
一番前にいた大男が、棍棒を振り上げていた。
「感動の再会は後だ! まず借金返せぇぇぇ!」
「やっぱり逃げるやつじゃん!」
私たちは全速力で走り出した。
◇ ◇ ◇
右へ曲がり、狭い階段を駆け上がり、屋根の下をくぐって、また別の路地へ飛び込む。
オラクルはさすがに故郷だけあって、一度も迷わなかった。
「こっち!」
「待ってよ!」
「遅ぇぞ!」
「誰の借金のせいで走ってると思ってるの!?」
「昔の俺だ!」
「今のオラクルと同じでしょ!」
「細けぇこと言うな!」
「全然細かくないよ!」
何度も道を曲がったところで、ようやく追っ手の声が遠ざかった。
私は壁へ手をつき、大きく息を吐く。
「はぁ……はぁ……。アルセウスに着いて、まだ一時間くらいしか経ってないよ……」
「慣れりゃ楽しい街だ」
「慣れたくない」
オラクルは聞かなかったことにした。
それでも。
さっきまで故郷へ帰るのを嫌がっていた猫が、今は少し笑っている。
「……嬉しいんじゃん」
「何が?」
「帰ってきて」
オラクルの笑顔が一瞬だけ止まった。
すぐ煙草を取り出し、いつもの顔へ戻る。
「馬鹿言え」
「じゃあ何で笑ってたの?」
「見間違いだ」
分かりやすい。
でも、これ以上は言わないでおいた。
◇ ◇ ◇
「さて」
オラクルが煙を吐きながら、さっきまでとは違う細い裏路地へ入った。
「遊びは終わりだ。王子との約束を片づけるぞ」
「《王家の秘密の場所に入るカード》だね」
「ああ。黒鳥の運び屋がアルセウスへ流したんなら、売買記録を知ってる奴がいる」
「誰?」
オラクルは少し嫌そうな顔をした。
「情報屋のナナだ」
「知り合い?」
「この街じゃ、知り合いじゃない奴を探す方が難しい」
それはちょっと格好いいかも。
「じゃあ案内して!」
「ただし、余計な物には触るなよ」
「分かった」
「知らねぇ薬を飲むな」
「分かった」
「『無料』って書いてある物ほど疑え」
「分かったって!」
「あと――」
「オラクル、おばあちゃんみたい」
「誰がおばあちゃんだ!」
◇ ◇ ◇
情報屋ナナの店は、表通りから三本も路地を入った先にあった。
看板すらない。
オラクルが三回、二回、一回の順で扉を叩くと、小さな覗き窓が開いた。
「合言葉」
低い女性の声。
オラクルが答える。
「昨日の秘密は今日の商品」
少し間があって、扉が開いた。
「……本当に帰ってきたんだねぇ、馬鹿猫」
中にいたのは、赤茶色の髪を後ろで束ねた女性だった。年齢はよく分からないけれど、オラクルを見る顔はずいぶん昔から知っている人のものだった。
「ナナ。久しぶりだな」
「挨拶より先に借金返しな」
「お前もかよ!」
この街、本当に大丈夫なのかな。
◇ ◇ ◇
事情を聞いたナナさんは、笑わなかった。
「黒鳥の運び屋なら昨日来たよ」
「本当!?」
私が身を乗り出すと、ナナさんは机の下から一枚のカードを取り出した。
黒と金。
中央には王家の紋章。
見覚えがある。
王子から見せてもらった絵と同じだった。
【《王家の秘密の場所に入るカード》】
「これ……!」
「運び屋が、買い手が来るまで預かれって置いていった。王家の紋章が入った品なんざ、普通の闇商人は怖くて触れないよ」
「じゃあ、返してもらえますか?」
ナナさんは私を見る。
「王宮へ?」
「はい」
少しの沈黙。
やがて彼女はカードをこちらへ滑らせた。
「持っていきな」
「いいんですか?」
「盗品だと分かった物を売ったら、この店まで王国に潰される。そんな割に合わない商売はしないよ」
私は《真実のカード》へ目を落とした。
淡い光。
【TRUE】
「……ありがとうございます!」
ようやく。
王子との約束を果たせる。
◇ ◇ ◇
でも。
ナナさんの話には続きがあった。
「その代わりと言っちゃ何だけど、あんたたち、少し気になることを調べてくれないかい?」
「情報料か?」
オラクルが聞く。
「そんなところだね」
ナナさんは奥の棚から、厳重に布で包まれた一枚の絵を運んできた。
布の隙間から見えた色に、私は思わず息を止める。
赤。
青。
黄色。
どれも異様なくらい鮮やかだった。
なのに。
見ているだけで、胸の奥がざわつく。
「最近、アルセウスじゃ妙な絵が出回ってる」
ナナさんの声が低くなる。
「同じ顔料を使った絵に関わった奴が、何人も消えた」
「……消えた?」
「ああ。ある奴は絵を買った翌朝、家からいなくなった。別の奴は、家族の目の前で身体から色が抜けるみたいに薄くなって、そのまま姿を消した」
私は布に包まれた絵を見る。
「魔法の絵……?」
「おそらくね」
ナナさんは、小さな木札を私へ渡した。
荷物に付けるための古い荷札だった。
そこには、
【メビウス彩色工房】
という文字。
「この顔料が運ばれてきた場所だよ」
オラクルの耳が立つ。
「メビウス村……」
「知ってるの?」
「名前だけな。時間と道がおかしくなるって噂の村だ」
「待って。今また怖いこと言った?」
「だから俺も行きたくねぇ」
ナナさんが肩をすくめる。
「どうするかは好きにしな。ただ、このまま放っておけば消える奴は増えるだろうね」
私は荷札を握った。
迷う時間は、あまり必要なかった。
「行く」
オラクルがため息をつく。
「だと思ったよ」
「だって、原因が分かるかもしれないんでしょ?」
「ああ」
「だったら調べたい」
ナナさんは、ほんの少しだけ笑った。
「変わった子だね」
「よく言われます」
◇ ◇ ◇
その日のうちに、私たちは盗まれていたカードをアデュー王子へ返した。
長く追っていた王宮の事件は、これでひとまず決着。
そして再びアルセウスへ戻った翌朝。
鞄の中には、ナナさんから預かった荷札。
そして厳重に布で包まれた、色を奪うという不気味な絵。
聖なるマップには、新しい目的地が表示されていた。
【目的地:メビウス村】
「オラクル」
「何だ」
「今度は財布、盗られないようにするからね」
「そこから反省すんのかよ」
「大事でしょ!」
城門を出る前、私は一度だけ振り返った。
盗人の街アルセウス。
騒がしくて。
怪しくて。
油断すると財布まで消える。
でも。
オラクルが少しだけ嬉しそうに笑った理由は、何となく分かった気がした。
「また来ようね」
「しばらくはいい」
そう言いながら。
オラクルは振り返っていた。
次の目的地は――メビウス村。
そこで待っているのが。
ただの魔法の絵の具ではないことを。
この時の私は、まだ知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
続きもぜひ読んでください!




