6.一斉捜査
ダレンが屋敷へ戻ったのは、いつもと変わらぬ時間だった。
夕食も穏やかに終わり、食後の紅茶を飲みながら、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、今日は私の書斎へ入ったそうだね」
クリステアの鼓動が一瞬だけ速くなった。使用人の誰かがダレンに報告したのだ。けれど表情は変えず、静かに頷いた。
「ええ。商会のことで少し確認したいことがあって、以前あなたが読んでいた本を探していました」
「商業法の本かな」
「はい。でも見つかりませんでした」
ダレンは小さく笑う。
「あれなら商会へ持っていったままだったかもしれない」
「そうでしたか」
「書斎なら好きに使って構わないよ。夫婦なのだから遠慮はいらない」
「ありがとうございます」
会話はそれだけで終わった。だが、クリステアの胸に残った不安は消えなかった。書斎へ入ったことをダレンへ伝える者が、すでに屋敷の中にいる。
法廷で偽証した使用人たちの顔が脳裏をよぎる。あの未来では、何人もの使用人がダレンに買収されていた。今も同じとは限らない。だが、少なくとも一人は、すでにダレンへ報告している。
その夜、ダレンはクリステアが眠った頃を見計らって静かに寝室を出た。クリステアは目を閉じたまま、その足音を聞いていた。
翌朝、アーネストはクリステアの執務室へ現れた。
「昨夜、ご主人は書斎へ入り、金庫を確認していました」
父が眉をひそめる。
「やはり警戒し始めたか」
「確信まではしていないでしょう。しかし、金庫の番号は変更されています」
部屋の空気が張りつめた。
「こちらが書斎へ入ったことを疑っている可能性があります。このままでは証拠を処分される恐れがあります」
父は迷わなかった。
「これ以上待つべきではないな」
アーネストも頷く。
「情報局としても、本日中の一斉捜査を進言します」
「伯爵家として全面的に協力しよう」
その日の午後、王室情報局と近衛騎士団は同時に動いた。フェルマン商会の本店、地下倉庫、そして王都外れの倉庫へ一斉に踏み込んだ。
地下倉庫からは、隣国との通信記録や暗号表、借用証書などが押収され、借金で貴族や商人を取り込み、機密情報を流させる組織の実態が明らかになった。ダレンの借用証書も、その中に含まれていた。
初めは投機の失敗による借金だった。返済のためにさらに借り入れを重ね、愛人エミリアとの生活を維持するためにも金を使い続けた結果、自力では返済できない額へ膨れ上がっていた。
フェルマン商会は、その借金を利用した。返済を猶予する代わりに伯爵家の情報を要求し、やがてクリステアを国家反逆者へ仕立て、ダレンへ伯爵位を継がせる計画まで進めていたのだった。
商会の責任者たちは、その場で拘束された。
その報せを知らぬまま、ダレンが屋敷へ戻ったのは日が傾き始めた頃だった。




