3.家族会議
父と兄が屋敷へ来たのは、手紙を出した翌日の昼だった。応接室へ入るなり、父は椅子に腰を下ろすこともなく口を開いた。
「手紙を読んだ。詳しく話してくれ」
クリステアはヴィクトルから受け取った報告書を机に置いた。
ダレンがエミリアという若い女性と関係を持ち、彼女の生活費を負担していること。その額が、ダレンの自由にできる収入では到底賄えないこと。さらに、東門近くの酒場で、隣国の者らしき男たちと繰り返し会っていること。そして、書斎に隠された金庫のこと。父と兄は、最後まで口を挟まずに聞いていた。
すべて話し終えても、クリステアにはまだ伝えなければならないことが残っていた。報告書から分かるのは、不倫と不審な交友関係だけだ。それだけで、伯爵家の乗っ取りや国家反逆まで疑うのは不自然だった。
クリステアは膝の上で両手を握りしめた。
「お父様、お兄様。まだ、お話ししていないことがあります」
父の表情が引き締まる。
「何だ」
「信じていただけるか分かりません。でも、二人には話しておくべきだと思います」
兄が心配そうに身を乗り出した。
「何があったんだ?」
クリステアは一度目を閉じ、息を整えた。
「私は一度、死刑を宣告されました」
部屋が静まり返った。
兄は言葉の意味を理解できないという顔をした。父だけは何も言わず、続きを待っている。
「今から六か月後、私は国家反逆罪で裁かれます。隣国へ物資を横流しし、機密を漏らしたという、身に覚えのない罪で」
クリステアは、偽造された帳簿と、買収された使用人たちの証言によって有罪となったことを話した。傍聴席にはダレンがいた。悲しむ夫を演じながら、その瞳だけは冷え切っていた。
「判決は死刑でした。処刑は二日後と決まり、私は牢へ入れられました」
兄の顔から血の気が引いた。
「そんなことが……」
「牢の中で、スキルを使いました」
父の表情が強張った。
「運命改ざんを?」
「はい」
父はしばらく何も言わなかった。幼いクリステアへ、決して使ってはならないと言い聞かせた日の恐怖が、その顔に戻っていた。
「死ぬくらいなら、今使わずにいつ使うのだろうと思いました。私が死ななくてすむ運命に変えてほしいと願いました」
「それで、六か月前に戻ったのか?」
兄が尋ねた。
「時間だけが戻ったわけではないと思います」
クリステアは、帳簿の中に見つけた違いを説明した。干ばつだったはずの地方が、今の世界では長雨に見舞われていたこと。薬草の仕入れ先や価格まで変わっていたこと。
「過去に起きた出来事そのものが、少しずつ書き換わっています。違いを覚えているのは、私だけです」
父は深く息を吐いた。
「なぜ、すぐに話さなかった」
「私自身にも、何が起きたのか分からなかったからです。この世界では、私はまだスキルを使っていません。お父様たちにも、その記憶はないはずです」
「ない」
「法廷の記憶が本当に起きたことなのか、自信もありませんでした。でも、ダレンに愛人がいて、隣国の者らしき男たちと会っていることまでは分かりました」
クリステアは報告書へ目を落とした。
「もう、偶然とは思えません」
父は長い間、黙っていた。
「使えば、何を失うか分からないと教えたはずだ」
「はい」
「それでも使ったのだな」
「あのまま死ぬことは選べませんでした。何も分からないまま、家族にも迷惑をかけっぱなしで」
クリステアは父をまっすぐに見つめた。
「もう一度あの牢へ戻ったとしても、私は同じ選択をすると思います」
父の眉間に深い皺が刻まれた。けれど、責める言葉は続かなかった。
「私がお前の立場でも、使わなかったとは言い切れない」
兄も静かに頷いた。
「まずは、生きていてくれてよかった」
その言葉を聞いた瞬間、クリステアの胸に張りつめていたものが、わずかにほどけた。一人で抱えていた記憶を、ようやく家族と分かち合うことができた。
父は机の上の報告書を手に取った。
「ただし、運命改ざんのことは、ここにいる三人だけの秘密だ」
「王家にも伝えないのですか?」
兄の問いに、父は首を横に振った。
「知られれば、お前は保護という名目で王家の管理下に置かれるだろう」
強大すぎる力だ。利用しようとする者が現れる可能性もある。
「王家へ伝えるのは、確認できている事実だけにする」
父は報告書を指で軽く叩いた。
「隣国の者らしき男たちとの接触と、不審な金庫の存在だ。愛人の件は、資金の流れを調べる材料にはなる」
クリステアは頷いた。
「それで、王家は動いてくれるでしょうか」
「国家反逆の可能性がある以上、十分だ。むしろ伯爵家だけで抱え込めば、隠蔽を疑われる」
父の判断に迷いはなかった。
「早い段階で報告し、全面的に協力する。それが伯爵家の潔白を示すことにもなる」
兄も同意した。
「王室情報局なら、接触相手の身元も調べられる。ヴィクトルには、ここで手を引いてもらった方がいい」
「分かりました」
父はその日のうちに、極秘の書簡を王宮へ送った。ヴィクトルの報告書の写しを添え、エヴァンス伯爵家として調査へ全面的に協力することも記した。
翌日、一人の男が部下を伴って屋敷を訪れた。二人とも地味な服装で、商人や使用人の中に紛れれば、王家の人間だとは誰も気づかないだろう。
先に立つ男が一礼した。
「王室情報局のアーネストです」
「こちらは部下です。任務上、名は伏せさせていただきます」
父が二人へ視線を向けた。
「屋敷では、新しく雇った使用人として扱う。正体は誰にも明かさない」
アーネストはヴィクトルの報告書に目を通し、ダレンの外出や酒場へ向かう曜日について確認した。クリステアは、知っていることをすべて答えた。ただ一つ、運命改ざんについてだけは何も話さなかった。
アーネストにとって、クリステアは夫の不審な行動に気づいた若き伯爵にすぎない。
一度死刑を宣告され、運命そのものを書き換えたことを知る者は、この屋敷にいる三人だけだった。




