⑨ 既読無視
パンフレットの評判が良かったので、打ち上げをすることになった。場所は部室、予算は部費から出ない菓子とジュース、監督は例によってるかである。
「乾杯の音頭、先生お願いします」
「なんで私が……はい、お疲れさまでした。乾杯」
「かんぱーい」
紙コップがぶつかって、まずあかりの会計報告があった。
「お菓子代、部費からは出てません。全部差し入れです」
「どうやったの」
「購買のおばちゃんと交渉しました。詳細は企業秘密です」
拍手が起きた。教師としては聞かなかったことにするべき報告な気がしたが、拍手の勢いに負けて、るかも二回だけ叩いた。
話題はすぐ学園祭に飛んだ。ステージ企画に出るか、出るなら何をやるか。あかりの進行表は、もう半分できていた。
「立ち位置どうします? 五人で横並びだと、照明的にセンター強いんですよね」
「センターはアタシがやるから」
のんは即答した。考える間がなかった。言いながら、胸元から出た細い鎖の先を、こつんと握った。何の飾りかまでは、るかの席からは見えなかった。
「まあ、フォロワー的にも正解」とあかりが進行表に書き込む。「じゃあ両サイドの振りを厚くして——」
異論は出ず、演目の候補が三つ挙がって、三つとも「衣装が間に合うか」で審議された。審議の基準が内容ではなく縫える量なのが、この部である。ミシンが一台しかない事実だけが、常に企画の上限だった。
話題は衣装の布の値段に流れ、三年の宮下さんが急に「あ」と声を上げてスマホを回した。宮下さんは何かというと家の姉の話をする人で、今日も姉の話だった。
「ねえこれ見て。姉ちゃんが最近ハマってるお店の人。芸能人みたいじゃない?」
回ってきた画面には、銀色の髪の男が写っていた。作り物みたいに整った顔で、写真の中から隙なく微笑んでいる。名前の欄に、桐生昴、とあった。よくある源氏名だと思って、るかはそれ以上、目を留めなかった。
「ホストってこと?」
「そう。指名、何ヶ月待ちとからしいよ」
「えー、加工でしょこれ」
「肌つるつるすぎ」
画面は一周して持ち主に返り、話題は次の菓子の袋と一緒に開いた。
話が一段落したところで、るかは思い出して手を叩いた。
「あ、そうだ。花村さん。地毛登録届の第一号、正式に受理されたそうです」
「はんこ、五個も押されてましたよ」
「制度っぽいでしょ」
「めんどくさかった」
「言い出したのはきみなんだが!?」
お開きの少し前、スマホを見ていたのんが、ふはっと笑った。
「なんか中学生からDM来てるんだけど。『のんさんみたいになりたいです』って」
「ファンじゃん。すご」
「フォロワー増えたもんねえ」
「返さないの?」
「中学生かあ」
のんは画面を伏せて、ポッキーの箱に手を伸ばした。返事を打つ気配は、そのままなかった。
「はい、六時。解散」とるかは手を叩いた。「ゴミは各自。机は元の位置」
紙コップが集められ、机が鳴り、部室は五分で元の形に戻った。開けっぱなしの窓から風が入って、机の上の紙ナプキンを一枚さらった。冷たい風だった。
「さむ」と誰かが言って、窓が閉まった。
生徒たちを廊下へ送り出し、るかは最後に電気を消して、部室の鍵を閉めた。




