① 六桁の朝
目が覚めて、のんはカーテンより先にスマホを開いた。フォロワーは夜のあいだに三百十二増えていた。六桁の数字は、もう眺めるものではなく、点検するものになっている。DMが六件。営業が二件、依頼が三件、無料で褒めてくれるのが一件。返信の順番は決まっている。依頼、営業。無料は既読だけつけて閉じた。
ゆうべの配信は、二時間で切り上げた。投げ銭の合計と、視聴の山がいちばん高くなった時刻を、手帳に控える。跳ねるのは、たいてい弱音を一つこぼした直後だった。理由は、考えないことにしている。短い動画の方は、寝ているあいだに一本、勝手に伸びていた。伸びた一本は、いちばん無防備に笑っている五秒だった。無防備がいちばん配られる。それだけは、覚えておく。
テーブルの上に、ゆうべ記帳してきたばかりの通帳がある。引き落としの行に六万八千。その下の入金の行を、のんは指の先でなぞって数えた。数え終わってから通帳を引き出しの奥に戻し、鍵のかかる段に入れて、小さい鍵を回した。
部屋は七階建ての三階、南向きのワンルーム。オートロック、モニター付きのインターホン、内鍵は二つ。内見は十五分で決めた。見たのは日当たりではなく、ドアだった。物は少ない。増やすと、動くときに重い。
鍵を閉め、ドアノブを引いた。三歩歩いて、戻って、もう一度引いた。動かない。それを指の付け根で確かめてから、階段を降りた。
一限は語学。九十分。同じ九十分あれば——換算は途中でやめた。講義には出る。大学の名前は商売道具の一部で、道具の手入れも仕事のうちに入る。
四月の構内は、砂糖を焦がしたような匂いがした。新入生を探すサークルの、張りついた笑顔の匂い。誰かに見つけてほしい一年生の、湿った匂い。少し前まで、その側に自分もいた。匂いの濃いところには近づかず、のんは、視線の集まる場所から半歩ずれたところを選んで歩いた。
アタシを見る目は、アタシが選ぶ。
信号待ちで、首元の鎖に指が触れた。触れただけで、降ろした。




