⑦ カメラ越し
六月の中庭に、三脚が二本立っていた。部活紹介パンフの写真を、写真同好会——自称カメコ部——が撮る日である。るかは両方の顧問なので、逃げ場がなかった。
「レフ、あと十五度起こして。和真、影踏んでる」
普段は語尾が消える鈴木悠介の声が、カメラを構えた途端、別人のように通る。指示は的確で、素人のるかの目にも、モニターの中の構図は雑誌みたいに見えた。
「鈴木くんって、撮ってるときだけ声が大きいね」
「カメラ越しなら、大胆になれるんで」
悠介はファインダーから目を離さずにそう言った。カメラを持たない悠介は、廊下ですれ違っても気づかないほど静かで、手にカメラがあるかないかで、るかは悠介を見分けていた。
準備は、撮影より長い。レフ板の角度で五分、雲が動くたびにまた五分。その間、被写体の側は慣れたもので、あかりは自分の写りより進行表への書き込みを気にし、のんは頬に手の甲を当てて何かを確かめていた。何の確認なのか、るかには分からない。分からないが、本番でのんの頬はいちばんよく光った。
その五分のあいだに、るかは鞄から地毛登録届の校正紙を出した。刷る前の、最後の確認である。
欄が、一つ増えていた。「教務主任確認」。増やす相談をした覚えはない。誰が言い出したのかを三人まで遡って訊いたが、三人目が「前からあった方がいい、という話は出ていましたよね」と言ったので、るかは遡るのをやめた。
(増えるんだな、こういうのは)
四月に一枚だったものが、二枚になっていた。るかは校正紙の隅に丸をつけて、鞄に戻した。
待ち時間、機材談義はいつの間にか衣装談義になり、衣装談義は伊藤和真の手で議題ごと脱線した。
「いや、俺は言いたいんだけど。メイド服より魔法少女の方がシコい。これは真理」
「はい、そこ。校内でその単語が使えるか、まず審議しようか」
「先生、でも真理なんで」
「真理でもだ」
「わかってないなあ。メイドは属性だけど、魔法少女は生き様だから——」
「わかりたくもないが?」
和真は、旗色が悪くなると、決まってフォロワーの数の話に逃げた。
「まあ、俺くらいのフォロワーになると、発言にも責任が出るわけよ」
「和真くん、何人だっけ」
「十人。……先週、二人増えた」
悠介が、ファインダーから目を離さずに言った。
「俺、三十」
「撮る側は、ずるいんだよなあ」
(この会話に一つも拾うところがない)
るかは指導を放棄して、パイプ椅子で麦茶を飲んだ。当の被写体たちは慣れているのか、聞いてすらいない。のんは次の立ち位置に移って、もう顎の角度が決まっていた。
夕方のチャイムが鳴る前に、選定会があった。悠介のカメラをモニターに繋いで、全員で候補を絞る。和真が推した一枚は、構図は悪くないのに、和真自身の指がフレームの端に写り込んでいて落選した。
「俺の指が入ってる方が、ライブ感あるだろ」
「パンフにライブ感は要らないんだよなあ」
悠介が最後の一枚をモニターに出した。中庭の緑を背に、衣装の五人が笑っている。誰からともなく「おお」と声が出た。
「な? 俺、目利きだから」
「きみが推したの、さっき指で落ちたやつだが?」
三脚は二本とも、るかが畳んだ。




