↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖陽学園コスプレ部のひにちじょう  作者: 沓沢 朱理
序章 にちじょう
6/55

⑥ 計画性の問題

地毛登録届の様式案は、教務から三度、戻ってきた。


一度目は、備考欄の枠線が上の枠と〇・五ミリずれているという理由だった。二度目は項目の並びで、上から二番目と三番目を入れ替えてほしいと言われた。理由は、他の様式がそうなっているから、である。三度目は、用紙の下端の余白だった。


「中身は、どうですか」


「中身は、体裁が通ってから」


順番が決まっているらしかった。るかは席に戻って、余白を直した。


放課後の生徒会室は、職員室よりよほど片付いていた。月影るかはドアを開けた一秒でそれを認め、二秒目に自分の机の上の書類の山を思い出し、三秒目に、何も思い出さなかったことにした。


「失礼します。コスプレ部顧問の月影です。部費増額の申請書をお持ちしま——」


「あ、それアタシが出すんで。先生は荷物持ちです」


「荷物持ちって言った? いま先生のこと荷物持ちって言った?」


のんは、るかの手から書類をひょいと抜き取り、まっすぐ会長席へ進んだ。窓からの西日で金髪がちかちか光る。歩き方まであざとい。あざとさに歩き方という部門があることを、るかはこの春に初めて知った。


会長席の鳳ゆずきは、読んでいた書類を最後まで目で追ってから顔を上げた。順番が几帳面である。


「コスプレ部。先月もスチーマーとかいう備品の申請が出ていたはずだけど」


「あれはウィッグ用です。今回は衣装代です。まったくの別件です」


「内訳のこの行は何。『布、いろいろ』」


「布は……いろいろ、あるので」


「いろいろで予算が下りる組織があったら教えて」


(ないです)とるかは内心だけで答えた。教師として口を挟むべき局面を探したが、見つかる前に交渉が進んだ。


「却下。内訳を書き直すこと。それと前年度の会計報告が添付されていない」


「えーっ。センパイ、うちが学園祭で表彰されたら、生徒会の実績にもなるんですよ?」


「実績のために会計を曖昧にする組織から潰れるのよ」


「手厳しい〜〜」


言葉ほど堪えていない声だった。のんは机に身を乗り出し、上目遣いの角度を〇・五度ほど調整した。るかの位置からは、調整したのが分かった。会長の位置から分かったかどうかは、分からない。


そのとき、ノックの音より先にドアが開いた。


「ゆず——会長、差し入れ。四つ買ったら一個おまけしてくれた」


高槻颯太だった。掲げた紙袋から、甘い匂いがふわりと部屋に広がる。たい焼きだ。焼きたてらしい。袋の口から湯気が出ている。


鳳の視線が、書類から袋へ、一瞬だけ滑った。


るかは見た。のんも見た、と思う。


「……いま業務中です」


「たい焼きは温かいうちが業務だろ」


「その理屈はおかしい」


言いながら、鳳の手はもう袋を受け取っている。五つのたい焼きは、会長、颯太、のん、るか、と配られて一つ余った。


「先生もどうぞ」


「あ、どうも……」


(もらってしまった。指導に来て、たい焼きをもらってしまった)


会長は書類を脇に寄せ、両手でたい焼きを持ち、頭からかじった。


「センパイ、頭から食べる派なんですね」


「……何か問題が?」


「あんこは尻尾に溜まってるのに、もったいなくないですか」


「頭から食べれば、最後にあんこが待っている。計画性の問題よ」


「それ、いま考えましたよね」


鳳は答えず、二口目をかじった。かじって、少しだけ笑った。笑うと、威厳が音もなく崩れた。生徒会長でも三年生でもない、甘いものが好きなだけの人が、そこに座っていた。


(この顔、うちの部員たちに見せてやりたい)


「五個目、半分こする?」


「するわけないでしょう。……半分、ちょうだい」


颯太が几帳面に割って、尻尾の側を会長に渡した。


るかは突き返された申請書を回収して立ち上がった。申請は却下、収穫はたい焼き一個。教師生活一年目、交渉の勝率は、いまのところ零である。


「花村さん、帰るよ。書き直し、手伝うから」


「先生って、けっこう暇なんですね」


「暇じゃないが? 主にきみたちのせいで忙しいんだが?」


ドアを閉める間際、るかはもう一度だけ室内を振り返った。会長はもう書類に戻っていて、その横で颯太——三年B組、高槻颯太。名前は今日覚えた——が、空になった紙袋を小さく畳んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。