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⑥ 換気扇

年の瀬に、母から電話が来た。二年ぶりだった。


「元気にしてるの」


「うん」


「お父さんがね、最近、腰が悪くて」


「そう」


換気扇の音が、電話の向こうでしていた。あの台所の換気扇は、冬でも回しっぱなしだった。音の記憶だけが、正確に戻ってきた。


「あんたも、いろいろあるだろうけど」


母は、何も知らずに言った。何も知らないことに、多分、努力は要らなかった。この人は知らないでいることを、呼吸と同じ速さでやる。


「あんたは強い子だから、大丈夫よね」


のんは、天井を見た。


昔なら、この一言で電話を切っていた。切って、三日は使いものにならなかった。強い子。免責の言葉。娘を強い子にしたのは誰の家か。


今夜は、切れなかった。


換気扇の音の向こうにいるのは、怪物ではなかった。回しっぱなしの換気扇と、腰の悪い夫と、二年かけた一本の電話の中に住んでいる、逃げ場の設計を一度も思いつかなかった人だった。


軽蔑は、長いあいだ、のんの燃料だった。燃料が、手の中で静かに湿っていくのが分かった。憎むより先に、見えてしまった。


「……うん。大丈夫」


用が済むと、電話は向こうから切れた。のんは部屋の鍵を見た。内鍵、二つ。

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