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② 倒れたスタンド

十二月の、土曜だった。


スタジオの搬入で、業者の若い男がライトスタンドを倒した。金属の脚が床を打って、跳ねて、大きな音が二回鳴った。


気がついたら、のんは怒鳴っていた。


何と言ったのかは、言い終わってから分かった。何やってんの、という意味のことを、その三倍の長さで言っていた。現場が静かになった。着替え中の子がカーテンの隙間から顔を出し、客が椅子の上で固まっていた。倒したスタンドは、業者の男がもう起こしていた。壊れてもいなかった。


「……すみません。続けてください」


営業の声に戻るまでに、三秒かかった。三秒は、この仕事では長い。


撮影は、つつがなく終わった。つつがなく、の中身がいつもより薄いことは、部屋の全員が知っていて、誰も言わなかった。客は帰り際、いつも通りの礼を言った。いつも通りより、二割ほど丁寧だった。


片付けの間に、業者の男が謝りに来た。二十歳そこそこの、埃っぽい作業着の男だった。埃と汗の匂いに、古い柔軟剤の匂いが混ざった。混ざるはずのない場所で、混ざった。


男が詫びるために、一歩、距離を詰めた。その一歩の分だけ、のんの身体は勝手に半歩下がっていた。肩が上がり、息が止まる。悪意のない男だった。悪意がなくても、身体だけが、ずっと前に覚えさせられた手順で応えた。


「大丈夫です。こっちこそ、大きい声出して」


言った声が、自分の耳に、他人の声に聞こえた。


男が機材を運び出して、スタジオが空になった。のんは窓を開けた。十二月の空気が入ってきて、部屋の匂いが全部入れ替わるまで、窓際に立っていた。入れ替わったはずの部屋で、さっきの匂いを、鼻がまだ覚えていた。


帰りの電車で、次の予約の確認を三件やった。指は、普段の速さで動いた。動く指を、のんは窓の暗さの中で、しばらく見ていた。

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